◆BL研究所トップページ◆
◆7号食についてのQ&A等はコチラ◆
※水素風呂についてはこちら※
◆梅ごぼうの作り方◆
◆商品案内はこちらです◆

2018年02月16日

なぜ変化を拒むのか 2 単に神経が鈍いだけ

社会が安定期になるとその体制を維持するために価値観の固定化が始まります。

尖った思想は害になりバランスが必要必要とされます。

芸術もこじんまりします。

安定期の芸術は民衆を動揺させないものになります。

こういうときには時々天才が出現しますが理解されません。

あまりにも時代を先取りしているからです。

激動期にはダイナミックな芸術が出現して
時代の変化を促します。

ですから尖っています。バランスを崩す任務になっています。

現代は激動期ですから不調和なアートがこれから出るでしょう。

さて ミクロに見ます。

変わりたくない人は主観的に今で安定と感じているからです。

現状で安定している企業やお店は新しいことをしたくないのです。

本当は安定期にこそ次の手を打っておかねばなりません。

本当の意味で安定など無いのです。

どこかに問題があって現状安定を崩す原因が潜んでいるものです。

市場は常に変化しているので、ソレに適応できる柔軟な姿勢のない会社は崩れます。

現状の小さなアンバランスに気づくセンサーを失っている会社が
変化を拒むわけです。

個人においても全く同じです。

変化を拒んでいるわけでなく
ただ単に神経が鈍いのです。

頑固な人々とは、神経が鈍っているのです。



posted by 変才冨田 at 10:14| Comment(0) | わたしの哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月15日

エゴギョウ中級講座 人はなぜ変化を拒むのか

その解答は、「社会とは人がお互いに変化をしないでおきましょう」という暗黙のルールがあるからです。

社会が複雑化するほど、そのルールが強化されます。

この人間社会が約束で、つまり契約社会だからです。

昨日お金を貸した相手が「借りたのは昨日の私であって、今日の私とは違う!」

これでは社会が崩れます。

名とは人の固定化のためにもあるのです。

社会とは役割をお互いに演じてお互いに相手の役割を承認しています。

固定化された人格や思想の持ち主ほど信用されますし、信用もされませんr

信用するとか信用しないに値するためにも固定化が必要です。

くるくる思想や性格が変わるようでは信用不信用以前なのです。

ところがその固定化がガッシリ揺るぎもしないと困ります。

頑固と言われる人々です。

面白いもので変化と固定は順送りで繰り返しているのが社会です。

社会には激動期があり大きく価値観も変化します。

社会環境が変化して価値観も変化しているのに激動前の価値観をもったままの人々がいます。

頑固ものは化石です。

石に成り果てたわけです。

さて
時代とはソレを支える価値体系で支えられるものです。

時代が次の時代に変化するまでの間はその価値観で固定されるものです。

人が変化を拒む原因はここにあるのです。

むしろ、問題は変化を拒む人がいて困るなあと感じている人たちです。

彼らは時代の先駆者です。

次の時代のあり方を敏感なセンサーで感じわけて新しい時代の価値観を保有しています。

変化を拒む人がいると感じているのです。

全員がその時代に完全適応していたとしたら

変化を拒む人がいるということも感じないし問題にもならないわけです。

これがマクロに見た場合です。

次はミクロな視点です。

続く
posted by 変才冨田 at 23:57| Comment(0) | わたしの哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

実は、信仰とは欲望が生みの親である

こういうことを書くと
何かを信仰されておられる方には怒られますか。

僕は、「欲望」は否定するものではないし、むしろ肯定しています。

ありえないことが起こって欲しい、ありえないからこそソレが起きて欲しい。

そういう欲望が信仰の元だと考えています。

神様を信じればきっと救われる(救われたい)。

あり得ることは信じないものです。

その場合は私は知っているというものです。

1➕1=2

これを信じているとは言いませんね。

1➕1=3

人はこれを期待します。

「信じたい」という渇望を起こします。

きっと神様なら私を助けてくれる。

「助かりたい」のです。

欲望が信じるという意識を生むのです。

周辺の人間が信じられず孤独な時には

私に繋がる過去世の人々や神様を信じようとします。

人々を信じない人々によって信仰が生み出されます。

唯一信じられるのは神だけということに信念を持っているのです。

人間嫌いが信仰を促進します。


さて、日本の土俗信仰である神々はどうか。

八百万の神々は人間味があります。

なんでもありです。

トイレにも神様がいます。

日常の中に神様は居ますので繋がり感が半端ではないです。

砂と石という風土から生まれたキリスト教世界。
土と水の温帯モンスーンという風土から生まれた日本の神々。

風土の違いが神の違いです。

けれど、私を守って欲しいという欲望が元になっています。





posted by 変才冨田 at 22:06| Comment(0) | わたしの哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

3月10日 11日 東京セミナーのご案内

午前中は初めての人のためのセミナーです。

10日 10時開始 ツンツンセラピー入門編

参加費 3,000円


13時 エゴギョウ入門講座

参加費 3,000円

通し参加費は5,000円

終了 17時

入門編未受講で11日参加される方は
動画配信でご受講をお勧めします。

https://egogyou.storeinfo.jp


11日 10時開始 初めての人のための7号食と生理と食の哲学

参加費 3,000円

13時 エゴギョウ初級から中級講座

終了 17時

通し参加費は5,000円

それぞれ昼食は予約 600円


場 所:東京事務所

東京都足立区梅島3−39−8−201

070−1823−6006

050-1193-9391

※駐車場は2台まで


   17時 終了

お申し込みは

050-1193-9391  070-1823−6006

tetu.tomita@gmail.com


posted by 変才冨田 at 10:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月14日

エゴギョウについて 動画での学び

エゴギョウとは心のことのみに限定してはいません。

心と身体は一体のものです。

そして

身体と食べ物も一体です。

つまり

心と食べ物は一体なんです。

食べ物が不断に心と身体を再生しているのです。

食べ物こそが宇宙と自己を繋いでくれる唯一のものです。

食べることで宇宙と対話し宇宙を自己に飲み込んでゆくのです。

そして

食べ物を独りで得ることはできません。

服一つとっても、家でも独りで得ることはできません。

皆んなが居るお陰で食べたり住んだりおしゃれもできるのです。

食べるために、棲むためには他者との適正な関係を続けなければいけません。

食べ物は他者が運んでくれるものだし

私も他者に食べ物を運びます。

お互いが食べさせあっているのです。

食べ物を食べることは同時に他者も食べているのです。

広い意味でコミュニケーションとはお互いに食べあっていると言えます。

エゴギョウとは広い意味で

自分を他者にどう食べていただくか

他者をどう食べさせていただくかを学ぶことです。


エゴギョウの扱う範囲は広いです。

食べ物 他者 身体 臓器 色彩 音 芸術

親子 夫婦 友人 同僚 社会科学

全てを含んで考えるツールがエゴギョウです。


bl研究所の後継者育成も兼ねて

これからエゴギョウの学びを伝えたいと考えています。

入門と初級の講習ができる講師養成から始めます。

遠方の方も何度も確認できるように

エゴギョウの動画配信を始めました。

https://egogyou.storeinfo.jp

何度も聴いてください。

中級編のセミナーを受講される方は
この動画で入門と初級(近く配信)を先に視聴されてからご参加ください。

3月の10日と11日は一気に入門と初級の講座です。
posted by 変才冨田 at 23:40| Comment(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エゴギョウ入門講座が動画配信です。

これで遠方の方も学べます。

通信テストやスクーリングもあります。

https://egogyou.storeinfo.jp
posted by 変才冨田 at 15:13| Comment(0) | 最新のイベント・セミナー案内 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月13日

7号食レポート「まなざしのデザイン」著者であるハナムラチカヒロの7号食レポート


以下はバルセロナにおいて7号食をアートとして実践された大阪府大准教授のハナムラレポートです。


●七号食の十日目を終える
 昨日で七号食を始めて丁度十日目を終えた。七号食とは食養学における半断食の方法で、十日間玄米のみを食す。残りの六日間は回復食として玄米に味噌汁を追加した六号食になる。今日からその回復食の期間に入る。
 本来の七号食とは一日に〇.七合までの米を食すとされている。しかしうちのアトリエに居る食養学者の冨田哲秀氏はそれを、一日にいくらでも食べて良いという方法に改良した。それは誰でも実践しやすくするためである。
 この「トミタ式七号食」は僕自身もこれまでに何度か実践したことがある。しかし本当のことをいうと、凡人の僕は断食などしたいとは思っていなかった。食欲のままに食べたいし、それを抑えるストイックなことも自ら好んで実践しようとは思わない。好奇心から試してみたというのが本音だ。
 だが今回は自らの意思で実践してみようと思った。しかも今回は一日に〇・五合強のお米を一食だけ食べるという本来に近い形で実践してみることにした。一日にたったコップ半分のお米だ。通常僕が食べている量からすると、あり得ない少なさだ。それはいくつかの理由がある。
 一番の理由としては、バルセロナのグラシアのギャラリーで作品発表をする機会を頂いたことだ。これまで考えてきたことをアウトプットする場が与えられたのだ。
 僕のこれまで続けてきたスタンスは、何かお話を頂いてから表現を考え始めるというものだ。通常のアーティストは自ら発表の機会を求めていくが、僕の場合は日々の中で温めた問いを誰かがスイッチを押すことで表現される。これからは少し変わるかもしれないが、そういうプロセスをこれまでは試してきた。
 僕自身はアート表現というのは、個人の問題意識を通じて、社会に何かを問いかけるものだと考えている。今の自分自身が個人的にリアルに感じていることと離れた表現をしたところで、力を持たない。
 この一年欧州に来て様々なことを感じて考えた。その結論としては今の世界はそれほど長くは保たないだろうなという実感だ。これは僕がアトリエを始めた二〇〇八年頃から意識して行動していたことだ。しかしもっと遡れば小さい頃から薄々感じていたことではある。地球環境や生命環境に関わる道に進もうと考えたのも、その歪な文明の形に違和感を覚えたからだ。
 この大きな問いはいつか作品として表現したり、研究成果として発表する機会を持つだろう。しかし今回は半月という限られた日数の中での表現だったので、もっと個人的でささやかなところに動機を持つことにした。それが「食」である。自分の食事を見つめるところから問いを発することができないかと考えた。
posted by 変才冨田 at 19:18| Comment(0) | 七号食レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

知らないから平気❗️

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54355

以前養鶏場でアルバイトをしていたという男性が
「僕は卵を食べたくない!」と言っていました。

ブリ養殖場で働いている人はブリを食べたくない。
養殖場で働く人は豚を食べたくない。
けれどブリ食べたくない人は豚を食べ卵を食べています。
卵を食べたくない人はブリも豚をも食べます。

お弁当のメーカーの社長は家族にうちの弁当を食べるな!
などと言って、けれどその社長は卵も豚もブリも食べる。

こうした奇怪なことが起きるのは「知らない」からです。

お互いが知らないことをいいことにして騙しあっている。

私たちは何から知るべきか。

まずは
健康とは何かについて知るべきだろう。
健康への無関心は「食べ物への無関心」に延長される。

健康に注意力を払えるようになれば
命と心を絶え間なく再生している「食べ物」のことを知りたくなるだろう。

同じ意味で
命と心を再生する食に関心が向けば
「食」を得るための「職」にも真剣なまなざしを向けるだろう。

自分の仕事を「知らない」という人々は多い。
知らないから我慢できるのです。

知らないから食も知らないで平気です。



posted by 変才冨田 at 13:07| Comment(0) | わたしの哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

奴隷労働の渦中で 2

ここは選択肢は二つだけです。

24時間好きなことして人生を過ごしていきたいなら
今の職を投げ捨てることです。

職を失うことは食も失います。

その覚悟のない人は怒られない程度に働いていくと割り切ることです。
あるいはお金を稼ぐ為に昇進することを決める。
会社で重要な位置を築くために、仕事そのものに多大な関心を持つことです。
これは今まさに自分がやっていることを認証するということです。
今やっていることを認証できないということは自己否定につながるからです。

あるいは自分にとって意味のある
副業に精を出すということもできます。

いずれにせよ選択するにも覚悟必要です。

今の職に対して心を失った状況は
嫌なことをさせられているという奴隷労働になります。

こうした問題は
愛情を失った夫婦関係に似ています。

離婚を考えている妻が生活を心配して離婚に踏み出せないのです。
心の入らない職はやめたいけれど生活不安でやめられないということと同じです。

さて我慢するかしないか。

我慢の期間という刻(とき)の価値をどう測るのかという価値観の問題です。

刻を軽んじるというのは人生そのものを軽んじるということにはならないでしょうか。



posted by 変才冨田 at 09:18| Comment(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月12日

7号食レポート 世界を変える7号食チームの投稿です。


フェイブックの世界を変える7号食チームのレポートです。
これはオープンなので誰でも参加できます。
多くの人のレポートがありますよ。


今回で3回目の7号食。10日間のフルコース2回とハーフコース(5日間)1回。そのうち2回は全然ウォーキングを取り入れる事ができませんでしたが今回は天候の良い日はなるべく歩くように心掛けながら過ごしました。
1月31日のスーパーブルーブラッドムーンの満月の日から始めて2月9日までの10日間、ちょうど土用も重なっていたため7号食には最高の日程だったと思います。
改善食も順調にいっており体調も良好です♡
今回は体重の減り方が少しづつで毎日200〜300g程度。でも着実に減量し最終的には−3キロ。
何よりもお肌がつるつるになめらかになり毎朝うっとり〜(⌒∇⌒)
やっぱり7号食は無理なくデトックス出来て身体も心も軽くなり素晴らしいと思いました☆
季節ごとに年に4回出来ると良いですね。
posted by 変才冨田 at 16:13| Comment(0) | 七号食レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする