玄米を食べ続けて50年
マクロビオティックの創始者・桜沢如一先生が、提唱した半断食法「七号食」を何度も実践した結果、「未精製の穀物(玄米・古代米・雑穀米)を好きなだけ食べても7号食と同じ効果が得られる」事を発見、『トミタ式七号食』の普及に努めています。

ブログ記事も8000を超えました!


2014年02月18日

水性20、木性14の解釈

この場合、木性の高い値は水性に大きく影響されているので額面通りには受け取れないです。

どのような場合でも木性は7点以下とみてよいでしょう。

つまり

判断力はかなり低いとみるわけです。

ですから、土性や金性の値やその質についてももかなり考えなければいけないでしょう。

本人の無意識の偽装があることも考慮です。

水性が高くなるほどなにをするべきかという優先順位が混乱するのです。

したがって「とりとめない人生」がまっています。

水性が高いとそうなりやすい理由を考えましょう。




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2014年02月17日

エゴギョウ中級鋼材 あなたの仕事を異化すると楽しくなる!1

固定的な見方は固定的な行動につながり、

その結果、

ワンパターンの生き方につながります。

ワンパターンとは神経にとっては「なかったこと」になり

つまるところなにも経験しなかったことになります。

もちろんのこと

物事に習熟するにはワンパターンの繰り返しが必要です。

けれど、それに馴染んでしまうと新しいことへの挑戦意欲を失ってしまいます。

チャップリンの「モダンタイムズ」ではボルトナットばかり回して人間性を失った男が表現されています。

現代は仕事の分業化がその次代よりも進んでしまい、専門バカが増産されています。

仕事に対して視点をずらすことは現代的な課題です。

仕事の中に人間性を挿入させることです。

それには仕事を異化する技術が必要です。

続く



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2014年02月10日

エゴギョウ中級編 主題(テーマ)のある活き方2

主題が決まるとそれは毎日の考え方や行動に繰り返し現れてくるでしょう。

それがモチーフというものです。

同じことが繰り返された結果、全体として紋様が表れてきます。

編み物も同じ繰り返し動作をすることで一つの紋様になります。

どのような紋様を創造するか、その意図こそが主題です。

主題を現象化させること、それがモチーフです。

なにごとも繰り返さないと現象は起きません。

なにを繰り返すかは意味が必要です。

主題がないと、日常の繰り返しに意味がなくなってしまうでしょう。

繰り返しができるのは金性の力です。

金性は意図を与えられたときに真価を発揮するでしょう。

漫然とした繰り返し行動や考え方がその人を腐らせます。
posted by 変才冨田 at 15:52| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月09日

エゴギョウ中級編 主題(テーマ)のある活き方1

クラシック音楽には主題というものがあります。

おそらく主題になるメロディーが浮かんで、それで一曲を完成させようとするのでしょう。

主題のない交響曲は冗漫なだけで終わってしまうでしょう。


あなたの人生における主題はなんですか?


よく「わたしのエゴギョウを見てください」と頼まれます。

この質問自体がいけません。

「わたしは○△◆をしたいのですが、それができるためにはわたしの心のかたちのなにが問題になっているでしょうか?」

このような質問はgoodですね。

なにをしたいのか、あなたの主題はなになのか。

これが出発点です。

こころざしとは心が指し示す方向へ行こうということです。

志こそがすべてのスタートです。

主題のない人生なんてクリープのないコーヒーじゃあないですか?(笑)

「生きている」ということ、それは感じるということでしょう。

ジットしているよりも動いたほうがもっと感じることができます。

感動ということですね。

世界を100分の1感じれば100分の1の人生を味わったことになります。

わたしたちはこの世界のなにほども感じていないはずです。

単に「生きる」よりも「活きれば」もっと感じられる。


主題を創造して、その方向で活きれば、人生の時間なんて関係ない。

あなたの主題はどこから生まれるか?

木性?火性?土性?それもとも金性?



posted by 変才冨田 at 17:33| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月01日

問題児の夫をどう扱うか

質問

マクロビワンから始まって、人もあすなろ米を美味しく頂いてます。 ひじきは割と食べるんですが、今日は風化カルシウム(主に犬用)を添加してみました。 無味無臭ですが、カルシウムの粉が口内に張り付いてしまいお米がとても美味しくない結果に... どの風化カルシウムでもこんな物なんでしょうか?

炊飯時に入れておくのですよ。

風化カルシウムは非イオンなので水には溶けませんからねー。


あと、エゴギョウですが、詳しく教えて欲しい場合はここで良いでしょうか? 木17、火12、土19、金13、水9 でした。 常に両極端な意見が自分の中にありますが、わりとどっちでも良いと思う事も多いです。 でも曲げられない事は曲げる事はまず無いです。 取りあえず感情面は冷静で淡々としてるので(していたいので?かもしれません) 冷たい人間だと思いますが、生き物は好きです。

中略
旦那がお金に執着するのは納得してるし、 今は好きにしてるんで、だいぶ精神的に余裕は出てきましたが、掛け事ゴルフ、ギター、釣りと趣味も以前からずっとやってます。 でも仕事がしんどい面白くないなど話す時は激情しだします。

DVも長く続いたんですが、今は無いです。 意見を言うと文句と言ってました。今はたまにです。 何か都合の悪い事を聞くと必ずまず嘘を言います。 結婚してしまったんで理解してどうすれば幸せを感じてくれるのか考えて来ましたが 子供も寄ってくれば満足でも、そこからの展開はありませんでした。

大きくなった今では、また金が足りんなったらワシに言うてくるんやないんか。。。とものすごく辛そうな顔をします。 でも出さない訳では無いんです。 お金がすべてと思ってるのか、無いと恐怖を感じるのか...

何が幸せだと思いますか? 子供でも無さげだったんで、フォローも余計なお世話だったのか〜と脱力して休憩中です。 一昨年義父を看たんですが、ああはなりたくないと言ってたのにそっくりです。

死を目前にしても気になったのはお金の行方でした。しかも「隣の嫁が遺産分けでおお揉めした」(笑) これ親族何人も言われましたが、誰も家やお金が無いと看てもらえないって思ってるんでしょうか?

旦那含め、なぜ悪い事は全部私のせいになるんでしょう??? 葬式の後、離婚した義母がひょっこり現れて会う事になりましたが、この人も似てます。 先が思いやられる...まぁうちの親を看るのは面倒と言ったら別れるんで問題無いですが。 私はまずは旦那にどう接したら良いんでしょうか? 長い、ほんとに長いです。済みませんが、浮かんだ事だけでも良いんでお願いします。

回答
問題児の夫を持った場合は

先ず、夫をペットだと思うことです。

それも非常に珍しいペットで、毎月お金を咥えて帰ってくるのです。

そんなペットなら誰でもが欲しがるでしょう。

そんな稀有なペットをあなたは飼っているのです。

よかったですねー^^


さて、あなたのエゴギョウ特徴は木・土が高いということです。

その特徴はこの文章によく表れています。

木性が高い人のなかに、かなりの確率でその「ストレスな環境から離れるために」木性を高めるということがあります。

それは、<取りあえず感情面は冷静で淡々としてるので(していたいので?かもしれません) >

という文章に垣間見れます。

おそらく冷静に淡々として、その場から離れるのでしょう。

傷つけられる自己をその間だけ置物のようにしているのです。

防衛的な木性になっているわけです。


火性は12点ですが、これはあなたが思っている以上に高いようです。

防衛的木性が火性に抑圧をかけているだけでしょう。

木性があなたの内部の少女を認めてあげればいいだけです。

傷つけられたという感情を無かったことにするのではなく認めてあげるのです。

もっとメソメソしていいのです。


あなたの夫は、もっと子供です。

子供がお小遣いを必死に守っているっていう感じですね。

ケチなのではなく、そういう人を大阪ではシブチンといいます。

お金のDNAというのは強固です。

お金に対する態度は子供の頃に、親のお金に対する態度で学びます。

ですから、治りません^^;

以前のコメントからの回答を思い出しました。

最期の数行を参考にしてください。


エゴギョウ中級講座 ストレスは自分でつくっている。

昨日は終了後の質問にもお答えいただきありがとうございました。
170問の質問での不安、思い込みの数値の高さ、理想主義がとても低い理由が、昨日お渡しするために自分の今までを振り返りってみて、わかったような気がします。

不安の原因は両親に捨てられたという思いが強い為だと思います。
理想主義が低いのは5歳の時の自分が大人に成りきれていないからかもしれません。

こんな私が足りない部分を補うには
どんな事をすると良いでしょうか?
ヨロシクお願いします。

終了

こんにちは

小さな子を連れている夫婦みて、僕はいつも思うのです。

見かけですが、いかにも未熟な夫婦をを見て「子育て、大丈夫かな」と。

けれど、未熟な若い人が子育てをするような仕組みになっているわけです。

未熟ですからたくさんの失敗をするはずですが、その失敗も織り込み済みなのでしょう。

完全なる子育ての成功をするとみんな同じような人になるのかもしれず

それでは多様性というものをつくることができません。

「アンナカレーニナ」でトルストイは「幸せな顔は一つだが、不幸な顔はいくつもある」

たしかそのような記述があったように思います。

不幸はそれぞれ個性的だということでしょうか。

子育ての失敗は個性をつくります。

ですから、あなたの厭な記憶の一つ一つが今のあなたには欠かせないものだったのです。

どれが欠けても今のあなたにはなりえないでしょう。

違う人になっているのです。

その違う人になりたかったという思いは

今のあなたへの自己否定になるわけです。

今のあなたを創造するには5歳のときの離婚が必要だったし、養父母とのアレコレや

脱出するための決断も今のあなたの創造に必要だったのです。

幼い時の傷、それを癒そうとするあなた、それそのものがあなたの全存在なのですよね。

トラウマというもの。

これさえなかったら良かったのにと思う人は大勢いて、それは自己否定です。

トラウマも含めて、あのときああいう体験をしたから良かった。だから今の自分がある。

そう思えた時、乗り越えたといえるのですよね。

そう思えることができるような生き方をすればいいのです。

現在の夫やその義理の息子の一挙手に影響されてストレスを溜めるのは

あなたが彼らにコントロールされているからです。

それは精神的な依存状態だといえます。

そういうことにかまってはいられないくらいの

活き方をすれば気にもならなくなるのです。

それがセミナーで語っていた「自己本位の活き方の勧め」なのです。






posted by 変才冨田 at 02:31| Comment(2) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月30日

エゴギョウ中級講座 本当の恋愛ができる人の条件3 大切という言葉

大切なことやモノにどうして切るという否定的な言葉を使うのか不思議でした。

前から調べていたのですが、やっとわかりました。

お殿様が亡くなったとき「御大切された」といっていたのですね。

命と関係する言葉だったのです。

キリシタンは「love」という言葉の意味がわからなかったので

聖書を翻訳するときに「laove」を「お大切」と訳しました。

おそらく、命と同じくらい、命を失ってもいいくらいと思っていることを「大切」というのでしょう。

大切とは利己的な自分を切る、という意味なのですね。

日本人は「あなたを愛している」とは言いにくいですね?

そうでしょう?

おそらく・・・、そう思うのです。

今の若い人は抵抗なく「あなたを愛している」というのかナ?

なにかシックリしないということはないですか?

それよりも「あなたのことを大切に思っています」というほうがシックリしませんか?

そう、「愛」とはわたしの命を失ってもいいくらいにあなたを大切に思っている。

そういうことなのです。

嫉妬心などは、わたしはあなたより大切だという心情なのですね。

相手の携帯電話をこっそり盗み見したがる心も同じです。

自己愛なのです。

もちろんそれは重要な心情です。

もっとレベルの高い利他の「愛」へ向かうためのエネルギーなのですから。

その本能的な(洗練されていない)自己愛を資本にして

どうレベルを引き上げて「愛・お大切」という精神を引き出せるか。

利己という自己肯定をどこかで否定する、「利己を切る」という契機が必要です。

本当の「愛」へ向かうためには

人を差別しないこと、というよりも

差別できない自分を創造すること。

異なる性に対する差別心は自分の性をも引き下げるからです。

相手を「切って」自分を利するのは小欲。

小欲は自分を切れないので新しい自己を創造できないでしょう。

大欲は利己を切る行為なので、本当の恋愛もできるわけです。

差別しない自分を創造する方法は

大欲という志をもったときです。

小欲は自分を高めずして、他者を低く見ることで自己の価値を相対的に高める方法をとります。

ですからいつも他者と自分を比べます。

他者のできていないこと、至らないことをあげつらいます。

それは小さな自分を肯定したい心情なのです。

そういう人は

いつも彼を(彼女を)誰かと比べるのです。

比べると差別にそのまま結びつきます。

そういう人は「本当の恋愛を経験しないまま」あの世へ消えてゆくでしょう。

あなたは「本当の恋愛」を体験していますか?

それを志せますか?













posted by 変才冨田 at 02:01| Comment(1) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月24日

エゴギョウ中級講座 本当の恋愛ができる人の条件2

恋愛感情は自然界に属しており、結婚は意識的なものですから人工的です。

古来からこの対抗性が悲恋物語を生んできた。

自然界に属している、という意味はホルモンの呼び声に感情が呼応するということですね。

呼応した状態が自然な恋愛感情の原型です。

ですから「できちゃった婚」というのは、マア自然な出来事ですかね。

それはいけない、ということで抑制をかけるのは人工的な秩序意識というものです。

秩序意識と恋愛感情は関係ないものなので、秩序意識でその感情を抑制するのは不純です。

こうやって書くと「変才さんは自由恋愛主義者、すなわちフリーセックスを勧めている」と誤解されそうです。

そうではないと書きたくてこの稿を進めているのです。

同時に今のゆがんだ道徳心も批判したいのです。

前回「本当の恋愛ができる人の条件」に関係します。

不自由な人は本当の恋愛ができないのです。

「本当ではない」ということは、それは不純ということです。

言い換えれば

自然であるべき恋愛感情に不純なゆがんだ人工的な意識が入り込んではいないだろうか?ということです。

ゆがんだ意識という意味はその社会がもっているゆがんだ価値観というものも含みます。


自然の感情はホルモンに「激された本能的なものです。

それをそのまま表現するというのは次元が低くて洗練されていません。


エゴギョウで表現すれば

火性の本能的な働きだけではかっこよくないということです。





posted by 変才冨田 at 01:35| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月23日

エゴギョウ中級講座 質問 不満や怒りが湧き上がる理由

昨日、午前中と午後のセミナーに参加させて いただきました。

非常に奥の深い内容で 楽しかったです。

さて早速 私の悩みの解決どころを 書いてくださった…。 そう思わせるテーマについて触れてくださり うれしいです。 (ちなみに、私は火性19、金性18です)

「自分のなかの禁止や制限を いとも簡単に破る人を見た時の怒りの感情を 冷静に観察する必要がある」とのこと。 考えさせられました。

「私だったらそうはしないのに」と 怒りと不満をため込んでしまう癖があります。 木性は17と高いほうだと思うのですが 自己矛盾を解消できない。 このもどかしさ。 何か理由があるんでしょうか。

回答

こんばんは
カーク船長です^^

このスレッドで書いたことをもう一度抜粋します。


金性人は「自由」の概念が育っていません。

制限や禁止が多すぎるのに、それの対極である「自由」が感覚できません。

それは不思議なことで

逆に言えば金性人が「自由」をわかったら素晴らしい人間的進歩が待っているのです。

火性も金性も高い人は「矛盾(自由と制限の矛盾)」があるのでストレスになるのですが

そのストレスを解決するには、もっと高次元の意識が必要なのです。

それは木性の存在なのです。

遊ぶことと仕事が統合されて同一性を持った時

その矛盾は解決されます。

その時の遊びや仕事は非常に次元の高いものになっているでしょう。

と書いています。

不思議という意味なのですが・・・。

自由という感覚は拘束、制限、禁止を経験して初めて実感できることですよね。

それらを克服した結果として自由感を得ることができるのです。

自由と制限は対極にあることで補完的です。

ところが金性の値の高い人は「自由感」のある人が少ないのです。

これを考えると

金性の制限や禁止はを未だ乗り越えていない人が多いということです。

乗り越えるには考え方が変わらないと乗り越えられるわけがないですね。

なぜ、乗り越えられないか。

それはおそらく乗り越えねばならないほどの意味がないからなのでしょう。

意味付けができていないのです。


好きなこと自由にやりぬくには、それにふさわしい困難がつきまといます。

好きなことであればその困難も乗り越えようとするエネルギーが生まれます。

その困難を引き受ける覚悟もできるはずです。

そのエネルギーが「考え方を変える」ことになるのでしょう。

さて、

質問のことですが

多くの人は「好きにしている」のですが

困難を引き受けるくらいの意味付けがそのことに対してはしていないので

あなたには「単に楽をしている」としか受け取れないのですし、事実そうなのでしょう。

その一方で「わたしはこんなにしている」とも思うのです。

それは「わたしは損をしているのかもしれない」という思いがあるはずなのです。

そういう思いは検討すると

もしかすると

「わたしならそうはしない」というしないという禁止や制限は

あなたが主体的に選んだものではなく

つまり、「自分で選んだわけではない」、という背景が無意識世界にあるのかもしれません。

両親や社会から受け取った禁止や制限は意味付けのないままに頭に放置されています。

そうしたものは強制なので、それを実行するときに自分で実行しておきながらどこか割り切れないものがあるのでしょう。


もう一つの問題はそうした人の行動に「ヾ(*`Д´*)ノ"」が湧いてくるのは

その人達に感情がコントロールされているということです。

その人の行動に「ヾ(*`Д´*)ノ"」が起きるのは、その人に原因があるわけでなく

あなたの中にあるわけです。

自分だってそうしたいけれど、それはいけないこと、オーバーに言えば正義や道徳、正しい規律に反するから「わたしにはできない」と思うわけです。

きっとあなたは「利己主義」が嫌いなのです。

そして誰でもが「利己主義」は嫌いです。

但し、条件があります。

他者の利己主義が自分にしわ寄せが出る時には嫌いなのです。

自分に影響が出ない「利己主義行動」には無頓着です。

隣の家のゴミを自分の庭に捨てられたら「ヾ(*`Д´*)ノ"」が湧きます。

隣が大音響で音楽を流すと「ヾ(*`Д´*)ノ"」が湧きます。

けれどニュースや噂で知っても「ヾ(*`Д´*)ノ"」が湧くことはないでしょう。

少なくとも自分に関係することは私憤、関係しないことは義憤,公憤になるでしょう。

前者は健康を害し、後者は健康を促進します^^


つまり私憤も「利己主義」に起因するということです。


「全体にとって自分がどう寄与して、それがどう嬉しいか」だけなのです。

他者の行為は関係ないのです。


自分が夢中でやっておれば他者の行為には関心がなくなってしまうものです。

やはり人は

夢中でやれることを創造することが、人生の最大課題なのですね。


さらに、木性のことですが・・・

木性の本義は自己の立場を捨てることにあるのです。

あなたは木性の値が高いので、これをもっと磨いて次の次元に進化できます。

自己の立場を捨てることは私憤が消えてしまうことになります。

夢中でやっている時というのは、自己さえも無くなっているときなのです。

それは滅私でなく、無私なのです。



















posted by 変才冨田 at 22:00| Comment(1) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月21日

エゴギョウ中級編 金性人の考えどころ

金性の高い人は自分で束縛しているところがあります。

禁止や制限を両親から多く受け取っているのですね。

その多くの禁止や制限は「正しいことだから」という価値観も受け取っています。

真面目なOSになっているのですね。

真面目というのは「カタブツ」の別な言い方にもなっています。

そういうわけで「遊び人」に対して厳しくなり

同時に自分が「遊ぶ」ことにも罪悪感を感じます。

つまり「遊ぶ人」は自分の禁止や制限を破っているので

嫌な人、苦手な人、とんでもない人になってしまいます。


金性人は「自由」の概念が育っていません。

制限や禁止が多すぎるのに、それの対極である「自由」が感覚できません。

それは不思議なことで

逆に言えば金性人が「自由」をわかったら素晴らしい人間的進歩が待っているのです。

火性も金性も高い人は「矛盾(自由と制限の矛盾)」があるのでストレスになるのですが

そのストレスを解決するには、もっと高次元の意識が必要なのです。

それは木性の存在なのです。

遊ぶことと仕事が統合されて同一性を持った時

その矛盾は解決されます。

その時の遊びや仕事は非常に次元の高いものになっているでしょう。

自分のなかの禁止や制限をいとも簡単に破る人を見た時の怒りの感情を

冷静に観察する必要があります。

その怒りのなかみこそあなたのいわれない禁止と制限なのですから。

「私だったらそうはしないのに・・・」という思いこそ考えどころなのです。


今回は難しかったですね・・・。
posted by 変才冨田 at 22:44| Comment(2) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月17日

ストレス数値



エゴギョウ中級講座 (火性+土性)×木性はどういう意味2

さて、この数式で出てくる意味とはなんなのでしょうか。

わたしも考えてみました。

いくつかありそうですね。

先ず、火性や土性が高いのは「人が好き」っていうことですね。

性格が親和的です。

これに木性の判断力で掛け算をする意味は?

親和的だけなら情に流されてドロドロした人間関係をつくるかもしれません。

そこに判断力が掛け算されることで立ち入ってはいけない一線で踏みとどまるかもしれません。

その自制する力が人間関係においてストレスを加速させないで済むかもしれません。

また、木性は冷静に伝えようとする力でもあるのですが、

親和性がある人格は紋切り型にならない、人を切って捨てない花も実もある解決策を生み出すかもしれません。

つまり、相手に伝える力が高いこと。これが(火+土)×木÷8=の意味になりそうです。(百点満点)

火性はたくましく生きる力、土性は共につながって生きようとする力、そこに高い判断力が加わることで

「よりよく活きる力」へと発展します。

これは別な意味で言えばストレスに強い力でもあるのです。

コミュニュケーションする力がある人は人間関係でストレスを作らないからです。

コミュニュケーション力も表していそうですね。

みなさんは何点ありましたか?

次回はストレスを自分で妄想のように作る力を考えてみます。

それはどんな数式になりそうか、考えてください。



posted by 変才冨田 at 19:16| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


2013年08月05日


エゴギョウ中級講座 (火性+土性)×木性はどういう意味

前回の「人間観察研究会」での話です。

この数式でなにが出ているのかを考えてみました。

火性は自由奔放な子供で自己肯定的ということが基本ですね。

土性は他者との共感性で他者を肯定的にみるという心でしたね。

それを足してから木性の判断力で✕・・・。

いかに木性に重きが置かれているかですね。

全て満点であれば800点になります。

結果出てきた数値を800で割ってから100倍すると

百点満点で何点かが出ます。

さっそく自分のエゴギョウ数値から計算してみましょう。

その数値はなにを表していますか?
posted by 変才冨田 at 01:25| Comment(1) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月16日

エゴギョウ中級講座 孤立感は人を後退させる。原因は火性のエネルギー不足。

昨日のTVドキュメントです。

高齢者の初犯が増加している、という内容でした。

万引きから強盗まであります。

そのほとんどが孤立した人たちなのだそうです。

社会との接点を失うと孤立感を深めて正常な感覚や思考を失います。


心の存在理由は「人とつながるため」のものです。

つながれなくなった心は行き場を失い漂泊し、ついには反社会的な行動になったということです。

思うのですが

万引きという行為は深いところでは「自己治療」の行為ではなかったかと。

万引きすることで捕まって、やっと人とつながれます。

店の人や警察の担当者、弁護士などと久しぶりの会話ができるのです。

万引きは社会との接点になっていたのです。


「そういえば今日はダレとも話さなかった」という日があるのだそうです。

それが独居の男性だけではなく妻がいてもそうなっている人が多いといいます。

老人が社会的に存在できる意味があるような生き方、そのための場が必要です。

もっとも

孤立する老人は若い時から交友の仕方に問題があったと思います。

会社の仕事だけやって交友の場をそれいがいにつくる努力をしなかったからです。

ある女性がこういいました。

大学時代の友達に、わたしも遊びに誘ってと頼むと
「今更何言ってるのよ。若い時にあなたはみんなとの交友に努力していなかったでしょう!」
こう言われてショックだったと・・・。


交友に努力をするというよりも、要は火性が低くてその気になれなっかた人たちが老人になってから孤独が一層深まるのでしょう。

posted by 変才冨田 at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月14日

心の痛みは身体的痛みに直結している

統計を取ったことはないのですが

「痛み」に関する相談は全体の6割くらいはあるのではないでしょうか。

内臓の不調、眠れない、痩せたいなどが残りですね。

後者の人たちもよくよく訊いてみればあちこちに「痛み」を抱えています。

筋肉の凝りなども痛みの一種なので「痛み」に苦しむ人は多いですね。


この「痛み」の原因が多様なのですが、多くは姿勢異常です。

その他「心の痛み」が身体的痛みに直結していることもかなりあります。

そのわけは痛みを感じる脳の場所が「心の痛みも、身体の痛みも同じところを使っている」からです。

心の痛みは身体に投射しやすいのですね。
それはそのまま投射するのではなく、

おそらくは

心の痛みは大脳の奥底の扁桃体を通ってから痛むので、怒りも伴っているはずです。

怒りのエネルギーが添えられた時だけ身体的痛みに投射されるのではないでしょうか。

怒りは伝達力が強いですからね。

小学生の頃の体験があります。

4,5年と親友であった友人が急速にわたしから離れて主流派グループに入りました。

その時の淋しさにはきっと怒りが秘められていたはずです。

数日間は胃が痛み吐き気に苦しんだのでした。

火性でまれた関係性欠如の淋しさは木性の怒りを伴って土性の消化器系に反応を起こしたのでしょう。

6年生では判断力に乏しいのでそのまま素朴な「怒り」になって土性を剋したのです。


さて腰痛の70%は原因不明であるそうです。

この原因不明のなかには姿勢異常があるでしょう、

全体の腰痛症ー姿勢異常ー内臓疾患によるもの=心の痛み

ということになるでしょう。



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2013年12月13日

エゴギョウ中級講座 苦だから楽しいという境地になれないものか

火性は「生命欲求」の生まれるところです。

なぜ、生まれるのか。

苦痛があるからです。

息を止めれば苦しいでしょう。

だから息を吸いたくなる、という生命欲求です。

腹も減るでしょう。

それは苦痛なので食べたくなります。

食欲の発生は空腹感の苦しみから生まれます。

ですから、あらゆる苦しみを克服するために「生命欲求」は生まれます。

苦しみが生命欲求を生み出すわけです。

ですから、苦しみのない生き方を考えることは

生命欲求を生み出さないので、それでは生きてゆくことができません。

むしろ、苦しみを乗り越えてゆくことが「生きがい」につながってくるでしょう。

「生きがい」とは生命欲求の高次な働きになります。

「大いなる生きがい」を持っている人は同時に「大いなる苦しみ」も持っています。

苦しみから逃走してきた人がウスッペラな印象を与えるのは

苦しみという隠し味を使っていないからです。

そういう意味では、わたしなんかはずいぶんウスッペラなんだなーと思うのです。

仏陀が「生きることは苦である」といったそうで

それを知ったわたしは「そうでもないんじゃないか」と思ったくらいですから。

人生ってそんなに苦しいのかと考えた時、正直言って楽しい事もたくさんあるじゃないかと

反論したりもしたのです。

ですが・・・

posted by 変才冨田 at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月10日

エゴギョウ中級講座 火性の原型

火性とはむさぼるものです。

欲しいものは欲しいとひたすら思うのです。

火性は相手の欠陥が見えてそれを即咎めようとします。

けれど自分の欠陥は見えないのです。

その欠陥を咎められた結果、客観的な判断力がついてくるわけです。

相手の欠陥を見ようとするまなざしで自分の欠陥を見ようとするようになるのです。

これは自分からの離脱が始まったということです。

火性の人は痛い目に遭わないと修正ができないのです。

人間の認識の順番とはこうしたものです。

人への観察が自分への観察へと発展するのです。

「人のフリ見て我がフリ治せ」ということなのですね。

火性の動物が人間になる過程は痛い目に遭うことからですね。

「狙う動物は同時に狙われる者」でもあるのです。

攻撃と防衛は表裏で同時に表現されます。

他者への悪口は普通するものです。

人のアラは見えるものですからね。

そういう意味では「アラ探しの名人は成長できる」芽があるのです。

けれど、どこかで痛い目に遭わないと飛躍できないということがあるのです。

痛い目に遭う→木性の進化

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2013年12月05日

エゴギョウ中級講座 火性の「苦」について3

火性の「苦味ニガい」は「苦クるしみ」に通じ、それは痛みにもひらく。

その痛みの体験は土性において人の「痛み」への共感性にひらいて、人は人をわかるようになる。

先日のセミナーで切腹の作法を話したとき、刀をお腹の下から上へ突き上げるとき、神経をブツブツと切ってすごく痛い、そういった時多くの人が痛そうにして顔を歪ませていました。

痛みの感覚は、そこから逃れようとするインパクトを与えて行動に駆り立てる。

苦から楽へ向かおうとすること、それがあらゆる意欲の源泉となっている。

人の痛みを感覚できる人は、自分のみならず他者をも楽へと導こうと行動するだろう。

それが火性から土性への道程となっている。

自己を肯定的に考えるとは、苦痛から逃れても良いということであり

苦痛から逃れられない人も、逃れることを禁止制限されている人も

自己の否定へとつながるだろう。

苦痛を苦痛として感じることは最低限の生きる能力であり

それを少なくしか感じられない人は快へ向かう力も弱くなる。

「よくそれで我慢できるね」というシーンがあり

それは苦痛から逃れてはいけないというOSが仕込まれている人です。

「痛み」を表現できる人は快へ向かう力も強く心配いらない。

ツンツンセラピーをしているときにいつも感じることでした。

posted by 変才冨田 at 20:33| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月29日

エゴギョウ中級講座 火性の「苦」について2

火性の苦みとは「苦」のことでもあるのです。

火性は自由奔放な子供です。

この子供が快をひたすら求めます。

なぜ快を求めるか。苦しいからです。

赤ちゃんは苦しいのです。ですから泣いて生まれます。

苦しみの原点はお腹が減ること。

それが苦しいので母の乳を求めます。

誰に教えられたわけでもなくたくましく母の乳房をまさぐり

強く吸います。

その命のたくましさ、活きる力は苦しみから湧きあがるのです。

母乳をもらって快がやってきます。

その快感は苦しみがあったからやってきたのです。

「苦楽」とは一体のもので表裏なのです。

ですから色体表を見て「苦」があるなーと思っているだけではダメなのです。

この世界の仕組みは必ず陰陽が一体ですから

「苦」の反対側も在るのだと考えるのです。

けれど「苦」が土台です。

仏陀が偉かったのは「いのちは苦である」と喝破したことです。

苦がなければあらゆる行為が起きないのですから、それは死の世界と同等です。

もしもじっとしていても腹が減らなかったらなにもしないでしょう。

洞穴から外の世界へ奔る必要がないのです。

命は苦であると言いきった仏陀、あなたは偉い。

ところで苦から快へ向かうにはインパクトが必要です。

強烈なインパクトです。

それはなんでしょうか。

posted by 変才冨田 at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エゴギョウ中級講座 ストレスは自分でつくっている。

昨日は終了後の質問にもお答えいただきありがとうございました。
170問の質問での不安、思い込みの数値の高さ、理想主義がとても低い理由が、昨日お渡しするために自分の今までを振り返りってみて、わかったような気がします。

不安の原因は両親に捨てられたという思いが強い為だと思います。
理想主義が低いのは5歳の時の自分が大人に成りきれていないからかもしれません。

こんな私が足りない部分を補うには
どんな事をすると良いでしょうか?
ヨロシクお願いします。

終了

こんにちは

小さな子を連れている夫婦みて、僕はいつも思うのです。

見かけですが、いかにも未熟な夫婦をを見て「子育て、大丈夫かな」と。

けれど、未熟な若い人が子育てをするような仕組みになっているわけです。

未熟ですからたくさんの失敗をするはずですが、その失敗も織り込み済みなのでしょう。

完全なる子育ての成功をするとみんな同じような人になるのかもしれず

それでは多様性というものをつくることができません。

「アンナカレーニナ」でトルストイは「幸せな顔は一つだが、不幸な顔はいくつもある」

たしかそのような記述があったように思います。

不幸はそれぞれ個性的だということでしょうか。

子育ての失敗は個性をつくります。

ですから、あなたの厭な記憶の一つ一つが今のあなたには欠かせないものだったのです。

どれが欠けても今のあなたにはなりえないでしょう。

違う人になっているのです。

その違う人になりたかったという思いは

今のあなたへの自己否定になるわけです。

今のあなたを創造するには5歳のときの離婚が必要だったし、養父母とのアレコレや

脱出するための決断も今のあなたの創造に必要だったのです。

幼い時の傷、それを癒そうとするあなた、それそのものがあなたの全存在なのですよね。

トラウマというもの。

これさえなかったら良かったのにと思う人は大勢いて、それは自己否定です。

トラウマも含めて、あのときああいう体験をしたから良かった。だから今の自分がある。

そう思えた時、乗り越えたといえるのですよね。

そう思えることができるような生き方をすればいいのです。

現在の夫やその義理の息子の一挙手に影響されてストレスを溜めるのは

あなたが彼らにコントロールされているからです。

それは精神的な依存状態だといえます。

そういうことにかまってはいられないくらいの

活き方をすれば気にもならなくなるのです。

それがセミナーで語っていた「自己本位の活き方の勧め」なのです。







posted by 変才冨田 at 15:54| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月28日

エゴギョウ中級講座 火性の苦楽1

火性の味は苦みなのですね。

これをどう考えるかという問題。

単に五行の色体表に味が配当されているとボーッと思っていてはダイナミックな解釈に発展しません。

同じようになぜ土が甘味なのかも、です。

考えてみましょう。
posted by 変才冨田 at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月23日

エゴギョウ中級講座 何気ないつぶやきに隠された「怒り」の感情19

中級講座 表情と怒り
18の連載があるので参考にしてください。

さて、わたしたちは「怒り」を内包しています。

厨房で「ああ、汚い!」と発言。

洗い物がたまっていたのを発見したのです。

汚い! そういうことはみんな心のなかで感じることは常にありますよね。

それを声に出したということに意味があるのです。

それは汚くした人への非難であり抗議なのです。

わたしならこんなに汚くしない、ということを表現しつつ

同時に

自分がしないことをしている人への「怒り」を表現しているわけです。

「怒り」の感情は自分が制限や禁止していることを破っている人がいると起きるのです。

ですから「禁止や制限」をたくさんもって不自由な生活をしている人ほどいつも「怒る」のです。

「何気なく言っただけで、わたしはクセですぐに思ったことを声に出してしまいます」

「決して怒ってなんかいないです」

というわけですが

「怒ってはいけない」という禁止が強い人は、その怒りを自覚しないようになっているのです。

無意識に怒っているのです。

意識では禁止しているので無自覚に怒るシステムになっています。

何気ないつぶやきは自分でも自覚しないのです。

潜在意識が保有していることを強く禁止している人は

その距離が離れすぎているのでストレスになります。
posted by 変才冨田 at 00:15| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月06日

本音と建前2

本音は出してはいけないとされている。

けれど本音を出さなければ本当の意味でのコミュニュケーションはできない。

会話はできても対話ができない。

本音を出してはいけないという教育はコミュニュケーションを阻んでしまう。

人をつながらせないことで利を得ている人が支配層になっている社会では

人の本音を阻む。

本音は個の欲が潜んでいる。

つまり欲はいけないことだと教える。

欲を出すのはいけない人間だということになり、人々から本当の音を出す機会を奪う。

それは火性の否定であり、自己本位で生きるという当たり前のことをできなくさせる。

本音を出さないものだから、他者はその人と会話はしても対話ができない。

本音を出さない人は黙って知られないところで反抗する。

それがトラブルになる。

大概のトラブルは本音を出さないから生じる。

本音を小さいうちから封じられたら、その子は親の知らないところで反抗する。

ゆがめられた本音としてイジメもするだろう。

本音を封じるのは一種のイジメであり、おやにそうやって苛められた子はイジメは許されたことになっている。

親がしていることは自分もしていいのだ。

本音が出せない時は大上段から道徳や正しさを唱えて

人に打ち勝とうとする。

正しいことを言えば(それは世の中の正義)、例えば「嘘をつくことはいけない」といえば

誰も反論できないので負けることはない。

彼は議論に勝ちたいだけのために正義を振りかざしたのだ。

彼の目的はうそつきはダメだといって人を更生させることが目的なのではなく

単に気持ちよく正論を述べたいだけなのだ。

正論をいつも述べる人は本音を封じられて育った人だ。

正論で親に打ち負かされてきてみじめになっていたので

親も正論を子供に言うことで溜飲を下げてきたのだ。

子も親と同じやり方で人に正論を浴びせかけて一時の気持ちよさを味わう。


不倫していた男を批判する急先鋒であった男が実はその時に不倫をしていたことがわかったことがある。


火性が低い人は本音を隠していて、自分でもよくわからない状態である。

自分が隠したのなら探せるけれど

親に隠されてきたので自分の本当の音が聞こえない。

火性が低くて金性の高い人は本音を隠して建前だけで生きようとしている人々だ。


ところで今起きている人よ

早く眠りましょう

そういう私の発言は建前で書いており

本音は好きにせよ!




posted by 変才冨田 at 03:31| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月23日

明日(木曜)は人間観察研究会

台風の前夜になるでしょうかネ。

もしも帰りに暴風雨だったらお泊りいただきましょうか。

その場合は夜を徹してやりますか^^


今回から少しずつ食養レシピについてもカバーしていきます。

今回は土性にmつわる話が中心です。
posted by 変才冨田 at 18:03| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月05日

エゴギョウ中級編 自我を巡って考える

いつも言っていることなのですが

パソコンのOSにあたるものがわたしたちの潜在意識ある。

これがいつも回転していて、こうしろ、ああしろと命令してきます。

その命令にわたしたちは無意識に従っています。

その命令を自覚することもありますが、ほとんど無自覚です。

そのOSは9歳ころに完成し、完成と同時にそのデイスクg収められた部屋のドアは閉じられます。

閉じたときにわたしたちは「自分が自分だと気づく」のです。

それが自我です。


どうもこのデイスクを守るために生まれたもの、それが自我なのではないかと考え始めています。

自我はそのOSの守衛、番人だったというわけです。

道理で自我は強固なわけで、自分のデイスクを守りたいんですね。

なかなか自分を変えるのはむつかしいわけです。

けれど、よく考えてみると

そのOSは単なる繰り返された習慣が刻み込まれたものではないでしょうか。

早くしなさいと親に何度も繰り返されれば「早いことは良いことだ」というosが書き込まれます。

大人になってもその書き込みが作動して「考えてはいけない、行動だ!」と命令することになります。

良し悪しは別としてそのoSに従った方が考えなくてよいので楽ですね。

そう、OSはいろんな状況で反射的に行動できる、感じるようにできた方が楽なんですね。

思い込みというのは、考えなくてもよいようにしているのです。

なにか人に頼まれて「NO」というのにすごい抵抗を感じる人が存在します。水性の高い人です。

その時ザワザワした感覚になります。

このザワザワ感覚の正体はなにか。

それは抵抗感なんですね。

抵抗しているモノは自我であり、その抵抗を排除しようとしているモノはなんでしょう。

抵抗する力と排除する力がこすれた感覚、これがザワザワした感覚です。

エゴギョウでいえば、抵抗するものは金性の底にあるもの、排除するものはエゴギョウでいえばどの性になるでしょうか。

posted by 変才冨田 at 02:32| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月24日

現代は金性の時代

人類は火性の動物として出発し、土性の母系性という平和な時代えお経て金性時代になっています。

おそらく縄文の後半期からこの時代へ入ったのでしょう。

階級と言うものが生まれて、それは同時に兵器をも誕生させたのです。

兵器の進化とともに科学も発達させ、人類の脳は人殺しと良心のはざまでさいなまれています。

金性と言う時代とは競争であり、差別であり、自由への圧迫でもあり

その負の力が逆に平和や平等を希求することとなり、それは再び母性の復活を求めるようになりました。

次代はどうなるのか。

それは水性へ向かっています。

水の時代です。

水性は土性によってコントロールされます。

土性の女性たちよ

君たちがその優しい母性で水性の時代を担わねばならない。

君たちがこそが平和や平等な社会を創造する担い手なのだ。

人殺しの牙を抜いて、金性時代を終わらせ給え。
posted by 変才冨田 at 07:29| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月16日

赤信号を渡るか、渡らないかは深い意味がある。

皆さんは赤信号は渡りませんか?

年配になるほど渡らない、若い人ほど渡るんだそうです。

わたしは渡りますね。ゆえにカークは若い。

淡路・阪神大震災の後では余計にその傾向が強くなりました。

※ 赤信号は積極的に渡りましょうと勧めているわけではありません。

赤信号になっている歩道ではいつも感じることなのです。

例えば深夜です。

見通しのよい直線道路の歩道で、赤信号であっても左右を見て自動車が来ていないと想像してください。

あなたは渡りますか、待っていますか?

昼まであったならどうですか?

そういう状況で何人もが信号が変わるのを待っています。

そこを渡りますか?

そういえば思い出しましたが緑信号になるまで待っている犬を観たことがあります。

犬はたしか色の識別はできないはずなのですが・・・。

人が渡るのを見てから渡るのかと見ていると、変わった直後に渡り始めました。

賢いやつです。

別な話ですが市営住宅のエレバーターを利用しているやつもいましたね。

エレベーターのドアがあくと犬がちょこんと座っているのです。

驚きましたね。

さっさっと出て行きました。

上がる時はどうしているのかと、まさかボタンは押せないだろうから、誰か人が乗るのを目って炒るのでしょうか。

3階で降りたい時はワンを三回唱えるのでしょうかね???
posted by 変才冨田 at 19:51| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月11日

エゴギョウ中級編 「あさきゆめみし」わたしたち

という源氏物語を忠実に表現した漫画がありましたね。

よく覚えている夢というのはあさい夢です。

先日も刃物をもったスタッフに追いかけられて、必死で逃げている夢を見ました。

「り、理由を教えてくれ><」

スタッフ「理由なんかない、これは僕の夢なんだから勝手にでてこないでくれ」


さて、わたしたちは日常的にも非常に浅い夢を見ているのではないか?

夢だから思うようにコントロールできないのです。

覚醒すればコントロールできるはずです。

「自覚」ということです。

9歳までに書き込まれたOSに支配されているということ

これが
あさき夢みしという状態です。

自分が自分であると自覚していない頃に書き込まれた指令書ですから、

これに突き動かされることは夢で生きているようなものですね。

「夢を見なさい」とはいいますが、すでに夢をわたしたちは見ているのです。

人は死ぬときになって「ああ、夢を見ていた」と感慨する人も多いですね。

さて

同じ夢なら楽しい夢をみるかという話ではなく、覚醒するという話をしたいのです。



金性にその指令書の多くが存在する人は苦しい夢を見ています。

その苦しい夢は木性を剋して覚醒を妨害します。


苦しい夢から放たれる方法があります。

しかも人生がすぐに楽しくなるという方法です。

続く





























posted by 変才冨田 at 17:39| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月10日

エゴギョウ中級編 OSと選択するということ

人生は選択の連続であるとはよくいいますね。

以前のこと、このブログで

「そうではなく、人生とは選択肢を増やすことだ」と書いたことがあります。

選ぶだけならそれは試験を受けていることとなんら変わりがないからですね。

選択肢を増やす生き方は可能性の開拓でもあるのです。

「主体的であれ」ということですね。


もう一つは

なにを選択するかはその人の性格によるのです。

そういう意味では単なる選択でさえその人の傾向性が運命をつくるということですね。

なにを選択するかはその人の9歳までに形成されるOSで決まります。

威圧されて育った子は、おとなになっても威圧されると弱くて人に従ってしまいます。

親がなんの理由もなくいつも子供にプレゼントすると、僥倖や偶然を頼りにするようになります。

その意味で「育ち」に関する親の接し方は一生を決めます。





posted by 変才冨田 at 23:31| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月05日

水性の生い立ち2

コントがありました。

我が家の父親も同様に酒飲みでい、大抵は荒れていたので、いつもビクビクでした。

たかが子供の言うことなのに、気に入らないと本気で起こり・・・お酒が長引く、母が困る・・・。

子供のいうことなんだから、間に受けないで、笑って許してよーと、心の中でさけんでましたね。

私が素直に従わない、言い返す、父荒れる・・・母困る・・・この構造は、水性の高い私を作りました。

今思えば、本当は全く悪くないのに・・・私が悪いの・・・と、なんでも自分のせい?と思う私を作りました。

母からもよく、「わかった」と言っておけば良いのに・・・と、言われ、悲しかったですね。

確かにその場しのぎで適当にできれば、場は悪化しないのでしょうが、子供なんだもの、無理(笑)、自分の言った一言で場が悪化したことで十分に傷ついているのに、追い討ちをかけるようにそんなことを言われたら・・・、全部私が悪いの?・・・と、思っちゃいますよね。

本当はお酒に飲まれる父が悪い、それを正面から責められない母が悪い、のですが。

正しい状況判断の出来ない私が育ちました。

自分の考えに自信もてない、明らかに責任のないことでも、もしかしたら私のせい?と、自問自答を繰り返す、自分のせいで場が悪化することに恐怖をおぼえ、人との関係に恐れを抱く、めちゃくちゃ水性高い人に育ちました(笑)


今は、かなり解消されましたが、娘にとって父親ってものは、かなり影響しますね。

そんななかで育った兄は、家族といることを嫌いいつも友達の家にいったりしてました。

その場しのぎで「わかった」という人に育ちました。
わかったというのに、実際になかなか実行しない、水性の全くない人に育ちました。

面白いデス


終了

水性はその極端な例としては「ACアルコール・チリドレン」があります。

アルコール中毒の親に育てられた大人たちにある共通性があることから、ACの存在が云われるようになったのでしょう。

水性が高くなる要因に

1 保護者が厳し過ぎた。

2 保護者の情緒不安定

3 保護者の定見の無さ。

等があります。

次回はこのことについて書きます。
posted by 変才冨田 at 17:55| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月04日

エゴギョウ中級講座 水性の生い立ち

母娘で来店されました。

「占い師さんからここのことを聞いてきました。エゴギョウして欲しいです」

最近謎の占い師さんが、「あそこ面白いから行ってごらん」と玄米カフェを紹介してくれているようです。

さて、時間もあったのでその母娘さんにしていただき、簡単にカーク船長直々にレクチャーしました。

娘さん 木14 火17 土11 金3 水16

母   全体として低く8点から3点 水が3点

さて、娘さんは木が高く見えるのですが、この場合は水が高いので木はその機能を果たせていないと考えます。
水が木に負のエネルギーを与えているからです。
マイナスの相生関係ですね。

さらに、火が高いのに、これも水がいつも燃焼に水をかけています。
残念!

気になるのはやはり「水の生い立ち」ですね。

なぜ水の値が高くなったのか?

訊けば「お父さんがお酒を飲んでいる時はよくキレて怖かった」ということです。
お父さんのそばでビクビクしていた心のパターンが傷として残っているのですね。

それがこの娘さんの元々ある豊かな感性に水を差しているのですね。
素直な表現をするときに、その素直さに薄墨を落としてしまうのです。

アルコール依存の親をもった子供は判断力にあやふやさがあります。
同じことをしたのにあるときは誉められ、あるときは怒られたりすると
どう考えていいのかという中心軸がなくなってしまうのです。

それが人との距離感の作り方にあいまいさをつくるのです。

過剰な遠慮をすることで真の友達作りがうまくいきません。

一方お母さんの方はマイペースで生きています。けれど精神的なエネルギーは低いので「それなりのマイペース」です。人生において大熱中をするようなこともなく、日常が淡々としてきます。

娘さんの方が多くの体験をするので世間智はすでにお母さんを抜いているかもしれません。

娘さんに「ついでに言うけど、あなたは胃が弱いですね」

母「そうそう、この子は肉を食べるとすぐに胸やけをおこします、なんでわかるのですか?」

わたし「顔見ればわかります。あなたは熱帯地方のマンゴやパイナップル、夏の果物などを一切食べない方がいいですよ。胃の組織がゆるんでいるのに、さらにゆるめてしまいます。胃の血行不良があるので腸に食べ物を送り出す運動がゆるいのです」

娘「わたし果物が好きですごく食べていました。それで食べ物が胃にずっとあって胸やけになるのですね」

以下は言わなかったことですが

土性が火性より低いのは、食卓で共感性が育たなかったからでしょうね。小さい時からこちらの家庭は食事の時会話が少なかったのでしょう。

お父さんという怖い人がおれば、そりゃあ緊張した食卓になるでしょう。

この親娘さんは横に並んで玄米を食べていましたがほとんど会話がないのですね。










posted by 変才冨田 at 18:18| Comment(1) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月28日

エゴギョウ中級講座 木性が2点の女性

木性2、火性16、土性10、金性5、水性13

木性が2点というのは珍しいですね。

女性で看護士さんです。

さて、あたりまえでない数値は必ずあたり前でない状況が育ちにあるのです。

彼女「いつも母に監視されているような子供の頃でした」

わたし「早くしなさい、わたしの言うとおりすればいいがお母さんの口癖だったでしょう」※

彼女「はい、そのせいか人のいうことをそのまま信じ込んでしまうところがあるんです」

わたし「それはあなたの食べ方とも関係していて、噛まないで早飲み込みしているでしょう。ですからのどの咀嚼筋が未発達ですね。カレーとか丼物とかの汁気のある食べ物を好んでしまいます。
食べ物も人の言う事も 鵜呑み に通じるのです」

※ この言葉は背後に「考えてはいけない」という禁止メッセージがあるので、子供にとっては毒になる言葉です。

わたし「あなたは感覚的に生きていて、直観に頼りすぎですね」

木性の働きが小さいので火性の直観に頼ってしまうのです。その直観は木性に裏付けされていないので、よくはずれる直観なのです。

彼女は火性が16点でしたが実際は20点あってもおかしくない人です。

考えてはいけないという禁止は反面で「ずっと子供でいなさい」とも言っているのです。

ところがここで矛盾があるのです。

「いつまでも子供であっていい」という積極面と
「わたしの顔色を見る子供であれ」という親の利己も入っているのです。

自由奔放な子供心と親の顔色で表情や行動をコントロールされているという生き方になります。

親がいなくとも、自分の内部に棲む母がなにかと指図をするのです。

わたし「あなたは母から卒業をするがテーマですね」

追記
前回書いた「教育は自分でするもの」とオーバーラップする話ですね。


再揚

そうすると自分自身に問いかけをしない人は自己教育ができないということになりませんか。

その通りです。

そういう人は目の前を流れる現実に対して受身で感覚的な生き方をすることになります。

刺激に対して経験知的な反応だけで生きます。

世間知は獲得しますが精神的な成長ができないでしょう。

終了

指示に従って生きるというのは、自己教育のチャンスを失っているのです。
posted by 変才冨田 at 17:32| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月26日

ミュージシャンに成れる素質とは?

20台の頃にミュージシャンに成りたくて頑張ってきたけれど

30代になって諦めた。

今は派遣のような仕事で希望は「正社員になること」なんだそうです。

つまらないことを考えていますね。

彼のエゴギョウは火性と水性が14点で、他は12点くらいです。

正五角形に近い形ですね。

こういう人は「普通を望み」ます。

ミュージシャンは普通ではないので、彼のOSとは矛盾します。

普通を求めているOSなのに普通でないミュージシャンを望んだところに誤りがあったわけです。

それを望むなら火性は飛び抜けて18点以上、水性は5点以下が芸術家としての基本的資質です。

最初からこれが判っていたら無駄な歳月を過ごすことはなかったでしょうね。

彼は音楽をしたかったのではなく、称賛が欲しかったのです。
posted by 変才冨田 at 22:41| Comment(1) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする