玄米を食べ続けて50年
マクロビオティックの創始者・桜沢如一先生が、提唱した半断食法「七号食」を何度も実践した結果、「未精製の穀物(玄米・古代米・雑穀米)を好きなだけ食べても7号食と同じ効果が得られる」事を発見、『トミタ式七号食』の普及に努めています。

ブログ記事も8000を超えました!


2014年07月31日

「らしさ」の研究6 無意識化された人生の目的

現在の「あなたらしさ」とは、現在のあなたの目的で達成された現象なのです。

ですから現在のあなたが「本当のあなた」なのです。

と、前回書きました。

「今の私っていやだナー」

そう感じるとしたら、それはあなたの目的に問題があるからです。

目的には意識下されたものと無意識的なものがあります。

もしも、両方の目的が矛盾しているとしたら?

意識は「結婚したい!」

無意識は「したくない><」ということがあり得るのです。


意識は「好きな仕事をして、毎日活き活きとしたい!」

無意識は「好きなことをしたらダメでしょう」とブレーキがかかっているとしたら?

実のところ、この無意識の目的の方が強いのです。

困ったことに無意識だから自分がどのような目的を持っているのか自覚できないのですね。

次回はあなたが持っている無意識の目的の探索法について書きます。

posted by 変才冨田 at 13:34| Comment(1) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月29日

「らしさ」の研究5

これまでに書いてきたことは「らしさ」とは遠い過去に創られたものではなく

目的によって創られるものだということです。

良い意味での「らしさ」を創造するのは大変です。

日本サッカーチムが惨敗しましたが、その時に「日本チームらしさを発揮できなかった」という関係者の感想がありました。

どういうチームにしたいのか?という目的があって、その目的を達成するために練習をするわけで、その練習の繰り返しが「らしさ」という現象を創るわけです。

ところが相手も独自に「らしさ」を追究して練習していますから、戦いは双方の「らしさ」の戦いなのです。

相手の方が日本チームよりも高いレベルの「らしさ」を発揮したために日本の「らしさ」は発揮されなかったのです。

相手が強いと自由にさせてくれません。

相手が強いと不自由感しかなくなりますね。

要は、日本チームは一言で云えば相対的に練習不足に過ぎなかったのです。


ここで自分を変える方法には二つあることが分かりました。

1 目的で「らしさ」は形成される。

2 目的に向かって繰り返すことで「「らしさ」と言う現象を創造すること。

自分を変える方法は簡単です。

目的を変えればあなたも変わるのです。

それでも変わらないのは現象させるのに必要な目的へ向かっての繰り返し作業が足りないときです。

現在の「あなたらしさ」とは、現在のあなたの目的で達成された現象なのです。

ですから現在のあなたが「本当のあなた」なのです。

posted by 変才冨田 at 23:16| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月27日

エゴギョウ中級講座 「らしさ」の研究3

さらに「らしさ」についての研究です。

肉食動物や草食動物にも「らしさ」があります。

肉食動物は顎を大きく動かすために、顔は丸くなります。

草食動物は繊維を引きちぎるために前歯が小さくて素早く動かすために口先がとがります。

全体として顔が長くなります。

肉食の動物の耳は一方向に向かって開き、草食動物は全方向性に耳を開いています。

つまり、肉食動物は草食動物に目的を持つために一点集中のそうした「肉食動物らしさ」が顔に出ます。

草食動物は狙われているために全方向に注意を拡散させます。これが「草食動物らしさ」です。

「らしさ」とは目的から生まれることがご理解していただけたでしょうか。


ですから、あなたが「自分らしさ」とはなにかを考えるなら、あなたがどういった目的を持っているかで判断できるのです。

「本当の自分」とは「らしさ」のことですから、一つ一つの目的を持った決定にこそ「本当の自分」の中身が表れるのです。

自分には目的がないナー、ということはないのです。

すべての行為には目的が隠されています。

無自覚であるだけです。

「らしさ」とはある傾向性を漠然と表現した言葉です。

人間は複雑なので部分部分だけを見ていてはわからなくなる存在ですが、「らしさ」のなかにその人の全体性という真実が出てきます。

エゴギョウの形からその人の全体性をつかまえる直感が求められます。



posted by 変才冨田 at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月23日

エゴギョウ中級講座 「ありのままの自分と向かい合う」1

7号食ハーフを終えて3日後の今日、バイト先の健康診断がありました。

33歳の今日現在、154.5cm//53.4kg。ちなみにお菓子が主食だった16歳の頃は58kgありました。

生理前でなぜか寝付きも良くなく7号食後だけど脚がパンパンで重かったから生理後に受けたかったですが^^;

実は学校を出てから10年のあいだ体重計に乗っていませんでした(~_~;ずっと太っていたわけではなく激痩せした時ですら乗りませんでした。

今までありのままの自分と向き合うのがこわかったのかもしれない、と数値を見たとき思いました。

血圧 115/72。お医者さんにも非常に安定した数値だとほめられました。20代前半の頃は89/53と超低血圧でした。

コメントありがとう

そういえば「体重計は不倶戴天の敵だ!」と体重計を持たないという超美人を自称する「さらに怖い」という女性がいました。そういえば今日研究所に来られていました。
たしか・・・、町●奈▽美さんかな、うろ覚えなので確かではありません。
超美人というと美人を超えているということなので、美人なのかどうか判断に苦しみます。

彼女も「自分の真実と向かい合うのが怖い」のでしょう。

多くの女性は「本来の自分」がどこかに存在していて、今の自分は仮の姿だと考えています。

さて、「真実の自分」「本来の自分」「ありのままの自分」「自分らしく生きる」の自分らしさとはなんなのか、ですね。

最近はサッカーの日本チームが惨敗してかえってきたときも
「自分たちらしい、本来のサッカーができなかった・・・」とコメントがありました。

わたしなんかもそう考えるときがあります。

本当の自分らしさを発揮して生きていたら、きっと今頃は国際的な指揮者になっているか、文豪として高名な文学者になっているか、女性にもてまくりの男になっているかだろうと思います。

現実は幼稚園のころから多くの女性に小言を云われ、教育的指導を毎日受けています。

続く



さて、これから考えようとすることは太字の部分です。
posted by 変才冨田 at 22:53| Comment(2) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エゴギョウ質問から3 大人性と子供性は両立するか

2 イノセンス(無邪気さ)をどう高いレベルに引き上げるのか?そして、それはどう使うのか。

3 知性と無邪気さは矛盾するものなのか?

4 「火性が低くて水性が高い」という現象の広くて深い背景。

前回は知性は自分の所有物なのかという話でした。

今回は三つの問題です。

無邪気な子供っぽさを失うのは自己の存在理由を失うことと同じです。

また、人間的にも魅力を失ってしまうでしょう。

アマゾンの流域に棲む共同体にTVが入って取材していました。

そこでは、誰かが泥団子を誰かにぶつけると、それが瞬く間に全員の遊びとなりあちkちで団子合戦が始まります。

大人の子供も一緒になって遊びます。

また、その共同体では子供を非常に大切にします。

誰の子も同じように大切にします。

子供は共同体全体のものなのですね。

子供を大切にする社会というものは、自由を大切にする社会でもあるのです。

子供は自由な存在ですからね。

そういう社会では大人も大切にされるのです。

大人の精神の中心には子供が息づいているからです。

これはその社会の価値観の骨格にあたるものだと思うのです。

それは同時に個々の価値観に通じるもので、自己の内部の子供心や無邪気さを「あってはならないもの」として否定するのは自己否定そのものと思うのです。

それは本能の否定につながるものだからです。

また、私たちは本能を土台にして知性を磨いてきたものですから、本能的な無邪気さと知性は矛盾するものではありません。

無邪気さが好奇心に発展して、好奇心は探究する心を生み出し、それは知恵になる元でしょう。

即ち

インテリジェンスあふれる人とは知識を知恵で活かす人のことをいうのだと考えます。

知恵は無邪気や好奇心という子供心を土台にして進化するものですから

子供性を含まないインテリジェンスなんてありえないでしょう。

知識だけを切り売りする人は大学教授であれインテリジェンスには程遠いと思います。

そこで

4の問題です。

「火性が低くて水性が低い」とはどういうことなのか。

好奇心や無邪気さが活かされなくて、それどころか人に嫌われることの不安感の方に注意が行き過ぎでいる状態です。

いくら知識があっても、自己不全状態ですから、これも知性が活かされていないでしょう。










けれど、もちろんそれだけでは大変でしょう。



posted by 変才冨田 at 21:47| Comment(1) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月17日

エゴギョウ中級講座 質問から 火性の意味論3

さて、知性とはなにか。

それは、知識の使い方ということでしょう。

知識の使い方を知らない単なる知識は役に立ちません。

知識を自分のために使うというのはインテリジェンスがありません。

知識は社会的なもので、自分でつかみ取ったものではありません。

社会が与えてくれたものです。

与えてくれた社会に知識を駆使することで、社会的に有用性が生まれます。

それが知性でしょう。

賢い人が自分が得するためにその能力を利用するというのは利己主義です。

それぞれに特異な能力は天が与えてくれたものですから

みんなのために使わないといけません。

知性の所有者はその人にあるのではなく社会にあるのです。

それを知らない人を「無知」というわけです。

体力も筋力もある人がそれを利用して他者を威圧して暴力をふるって利得をはかれば

とんでもない奴になります。

知識を自分の欲得で使う人もとんでもない奴です。

自衛隊はどうでしょうか。

災害地に派遣されてその力を発揮すれば感謝されます。

紛争地に乗り込んでいって、その武力を背景に他者を制圧すれば

とんでもない奴になります。

本質的に軍隊と言うものは国家的利己主義を支える基盤になります。

他国を制圧できる武器を所有している国家にはインテリジェンスが欠落しています。


さて、木性は「考える」という役割です。

カン  ガエル
神 (に)帰る

つまり、自己の欲得から離れて、「こういう時に神様であればどうするのだろうか?」ということです。

考えるということを全体の為に使えること、これがミッションです。



posted by 変才冨田 at 15:33| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エゴギョウ中級講座 質問から 火性の意味論2

さて、7月14日の記事の続きです。

1の問題です。
知性はなんのためにあって、だれのために使うか?

そもそも
知性は誰が所有しているのでしょうか。

みなさんも考えてみませんか?

これからわたしも考えます。

そうそう、知性は木性なので、ここから謎解きもできるかも?

posted by 変才冨田 at 02:58| Comment(1) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月14日

エゴギョウ中級講座 質問から 火性の意味論

えごぎょうをやってみました。

木16、火9、土6、金9、水16 親や子ども、おっとの面倒を見ていることに 充実感を覚えるときと、もういや!!!となるときと があり、どうにも自分がよくわからなくなってきました。

人は変わって行くものだと思いますが、 今が楽しく、自分らしくいられている、という状況とは 遠く離れているような気がします。

もともと好きだった創造性のある仕事を生業にしているのですが、なんだか惰性になっている自分、に気がつきます。

子ども(自由な感性)と大人(やるべきことはやる)バランスを取るにはどうしたらいいのでしょうか。

インテリジェンスがイノセンスを邪魔しない人、が 自分の理想なんです! もっと仕事をがんばりたいのに、そうできないのは、 自分が変わってきているからなのでしょうか。

回答
この質問の中身には非常に深い意味が横たわっています。

なので、数回にわたっての連載をします。

どのような問題が潜んでいるのか・・・。

1 インテリジェンス(知性)はなんのためにあって、誰のために使うのか? という問題。

2 イノセンス(無邪気さ)をどう高いレベルに引き上げるのか?そして、それはどう使うのか。

3 知性と無邪気さは矛盾するものなのか?

4 「火性が低くて水性が高い」という現象の広くて深い背景。

5 子供(火性)と大人(金性)、したいこと(火)とやらないといけないこと(金)のバランス感覚。
  火と金は矛盾で分離しているものなのかどうか。

6 「自分らしくいられる」とはどういうことなのか?

どうですか。かなり深くて広いでしょう・・・。

続く


posted by 変才冨田 at 17:31| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月22日

エゴギョウ中級講座 エゴギョウってすごい!

カーク船長 エゴギョウの質問のご回答、ありがとうございます

財務の勉強に研究…痛いところをつかれた感じです(ー ー;)

というのも、今までアレもいい、これもイイかも?!と色々なモノに手を出したものの…中々具体的に行動出来なかったのは、冨田先生にご指摘された事を後回しにして来たからかもしれません。

今回、一緒に活動してくれる方々とめぐり合う事が出来、人任せにばかり出来ないなと思っています。
そう、やるべき事も見えてきました。

ところで、随分前ですが…エゴギョウの採点とは違う結果になったのですが、自然と変化して行くものなのでしょうか? それに、気づきと行動で自分を変える?補う?事が出来るものだとは、エゴギョウってスゴイ!!

回答
エゴギョウは自己や他者の癖に気づくためのツールとして作ったものです。

気づかなければなにも始まらないですからね。

なにもかもがこの世界は変化していますから、心だけが変化しないわけはないのです。

変わらない人なんていないのです。

後退するか進化するかという変化があります。
posted by 変才冨田 at 01:40| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月21日

エゴギョウ質問2

ご回答、ありがとうございます そこで、具体的な質問をさせていただきます 私は3人の子育て真っ最中ですが、近々ナースとして復帰したいと考えています。

ナースの仕事も好きですが、子育て中のママをケアしたり息抜き出来る場を作るような活動をしたいと考えています。

ちなみに、私自身が育児中、ただの母親で居られなくてアロマやリフレの勉強、もちろん冨田先生の食の勉強もしてきました。

子育てだけしながら、仕事をすることについ罪悪感を持ってしまうのですが…仕事と育児が両立出来るタイプか?また、人を支援したり、ケア出来る仕事の向き不向きが分かれば知りたいです。 よろしくお願いいたします

エコギョウを採点してみました 分析をお願いいたします 木13点 火17点 土19点 金8点 水11点

よろしくお願いいたします。

回答
先ず目標が実現できるかどうかは、二つの要素があります。

第一番目に必要なことは欲求力です。

第二番目は判断力です。

判断力が高かったところで「したい」という欲求が低ければ

実現できることはその欲求の程度に終わります。

逆に欲求力が高くても、それを実現するには様々な手立てや作業順位を考えるという「判断力」が低ければ、その判断力に見合ったものしか実現できないでしょう。

あなたの場合は火性が高いので欲求力については問題がないでしょう。

土性も高いので「子育てのお母さんの支援をしたい」というミッションも合致しています。

金性や水性は平均的なのでコミュニュケーション能力もバランスがいいでしょう。

仕事上のストレスで心身に変調をきたす恐れも少ないです。

問題は木性の判断力です。

13点というのは一般平均の女性よりも高い目なのですが、火性の欲求力に見合っていません。

13点のレベルでしか実現できないでしょう。

それが最大の実現度で、そのレベルでとどまることが実はストレスのない仕事になります。

火性や土性の欲求にしたがって拡大すると、それは身の丈にあっていない過剰な部分がストレスになるでしょう。

木性−(火性+土性)÷2=13−(17+19)÷2=−5となり5点のしんどさが出てきます。
       ↑平均点

その夢の規模が大きければ木性を18点にして火と土に対応させましょう。

前回書きましたが、木性を引き上げればあなたはお母さん方のよき相談相手になると思われます。

判断力を磨く方法は、特に財務面の研究と計画を丹念にやってください。





posted by 変才冨田 at 04:45| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月20日

エゴギョウの質問

エコギョウを採点してみました 分析をお願いいたします 木13点 火17点 土19点 金8点 水11点

よろしくお願いいたします。

回答

さてっと・・・

困りましたね^^;

この質問からは一般的な回答しか出てきませんよ。

じゃあ、どんな質問ならいいかと言うと

こういうことがしたのだけれど、このエゴギョウからはそれがどの程度可能で

どういうことに気づけばいいのでしょうか?

と、具体的にならねば無意味な回答になりますよ。

ただ一つだけ。

もう少し木性の点数を増せばカウンセラーができますよ。土性と同じ点数が必要です。

一個の人間としては楽しい人生になっていそうです。
posted by 変才冨田 at 21:13| Comment(1) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エゴギョウ中級講座 自虐の刑罰3

自虐という行為は自分への嫌悪感が背景にあり、それ自体が罰なのですが、その上に罰を受けなければいけないという思いが潜んでいます。

暴飲暴食や拒食などもそうです。

罰の当て方に違いがあるのもOSによるでしょう。

激しいトレーニングや険しい山登りで苦しみを与える、暴飲暴食で気分を害したり、拒食で骨皮だけになるという惨めさを与える。

これは父性か母性の原因での違いです。

ギャンブルで財産を捨ててしまうというのも罰の一つです。

挑戦や冒険できない自分や父への罰です。

これは「白の金性と黒の水性」の組み合わせであり

白黒のパトカーのような意識が自分を監視して裁く働きです。

神よ我に罰を与えたまえ、と叫んでいるのです。

私には黄色の土性の不足があるようで、自虐罰は常にコミュニュケーションを奪うこと

つまり、孤立化へ向かう罰を与えます。

わたしが土性の「つながり」が大切としばしば発言するのも

「つながりへの破壊衝動」があるからです。

破壊して孤立無援な状況をつくることが自罰になっているようです。

金性の強い人が時々餓死するニュースを見ますが

これも自罰です。

「助けて」と言えないわけです。
posted by 変才冨田 at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月17日

エゴギョウ中級講座 「自虐の刑罰」2

自分自身に罰を与えるという行為は不思議なものです。

これは人間固有でしょうね。

人間の定義「人間とは自分に対して罰を与える能力をもっているものだ」

というのはどうでしょうか。

けれど、真実は自分が自分に罰を与えているわけではないのです。

その人の心の中に罰を与える人がいるのです。

多くは心の中に棲む両親のどちらかになるのです。

自分の行為に対して賞罰を与えられるような子供時代は決して幸せではないのです。

人間は賞を与えられる喜びよりも罰に対しての恐怖心の方が強く、記憶の奥底に入り込みます。

それがOSなのです。

「人として正しく生きねばならない」「人間として生まれた意味はなんだ」「人の役に立たねばならなければ人としての値打ちがない」「できない自分が腹が立つ、できないあの人もダメな人」

こうした考え方に取り憑かれている人は、自分の存在意義を説明しないとおられないのです。

でないと生きる資格がないと感じているのです。

それは判断力とか以前の古い子供時代の感覚なのです。

「人の役に立ちたい」というのは自然な感情なのに、「ねばならない」と考えるところが苦しいところです。

生きる資格証明券をを自分で発券できていないのです。

他者からその証明書をもらわないといけないので、常に他者を自分の監視者にして

褒めてほしいと願うのです。

自分の心の中にも外にも監視している人が存在するのは苦しいですね。

自分にも他者に対しても裁判官として罰を与える存在として生きるのですから。

「他者を裁く」という癖は自己をも裁いているのです。

制限と禁止で生きる金性の世界観は疲れます。


これはキリスト世界にも通用する話です。

キリスト教には「原罪」というものがあり、それに対して「償い」という罰があります。

神は常に自分を監視している・・・。

それがある意味では生き方の軸になっているのです。












posted by 変才冨田 at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エゴギョウ中級講座 自虐の刑罰

以前のことです。

つまらない気の抜けるような失敗をして多額の弁償を何回もしているという男性です。

何らかの罪の意識を潜在的にもっており、事故後に一切の趣味ごとをやめました。

わたし「あなた、自分に刑罰を与えているでしょう」

彼は突然泣き始めたのです。

つまらない失敗というのも一つの刑罰なのです。

金性は自分や他者に対して禁止や制限が多く、それ自体が刑罰になっています。

そうした自虐的な行為に結びつく罪の意識はどこからやってくるのか。

9歳以前の親から与えられたなんらかの罰は、その意味が理解できていないので

自分自身の存在がいけないと思い込みます。

自虐とはそうした心理で、罰を与えることで存在を自ら許そうとしています。

金性の高い人にわざわざ苦しいことを選ぶ人が多いのも罰しているのです。

マラソンや断食など好んでします。

他者との円滑な関係性が築けないで、いつも人間関係のトラブルを「好んで?」作っている人もいるのです。

これも「存在の自己否定」からの「許し」としての刑罰です。

わたしも自虐傾向があります。

刑罰は孤立することです。

断捨離を実行する人のなかにも一部こうしたことをする人が出てきます。

携帯電話を捨てるという行為はかなりあります。

それは自分が築き上げてきた人間関係を一気に捨てるという刑罰です。
posted by 変才冨田 at 17:58| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月27日

OSは過去に引き戻す

カーク船長!
いつもありがとうございます。
この前の憲法解釈についてのブログもなるほどと思いました。
フェースブックでシェアしました!

インソールはとても足に気持ちよく、足先まで、ジンジン温かくなります。
まだ数日しか経っていませんが、
顔つきが違ってきたと、言われるようになりました。
張りが出てきたようです。

インソール以外に、映画や音楽も風船療法ももちろんしていますから、
その効果があるかも。
それよりも、まず、この最初の変化で、
一番大きいのは、自分の思い癖、OSに気づいたことかなと思います。
気づくだけでもかなり違うのだと。


そうすると、環境的にも自分で選べる状況にもなってきました。
あとは、自分次第。
好きにしたいと思います。
一番楽しそうな方向へ。
(とはいえ、木性損得さんが働き、迷いますが(笑))
そのうちになんとかなりそうです。

北のカナリヤを見たら感想お伝えします〜^0^

回答

不都合なOSは常に過去の痕跡で今を生きようとさせます。

今を生きないで過去に生きさせます。

過去は記憶の中でしか存在しないのに、慣性の法則の様なものが働いて過去が今を支配しようとします。

これは金性の働きですね。



posted by 変才冨田 at 15:03| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月24日

今を生きる3 現実感覚3 靴下10枚!

靴下の重ね履きは足裏の現実感覚の喪失につながると1回目で書いたばかりですが、

本日「健康相談」でいらっしゃった女性が10枚はいていました。

ですから大きな靴を履いています。

冷え症だからという理由なのですが、考え方が根底で間違えています。

冷え症とは内側からやってくるもので、外界からはやってきません。

最近家のお金が無くなってきた。泥棒が入っているのではないか。

そこでドアに鍵をかけた。

それでもお金が無くなる。

見はっていたら息子がたんすからお金を取っていた。

たとえて言えばそういうことなのです。

いくら厳重に鍵を増やしても原因が違うので意味のないことをしているのです。

原因が身体側からきているということが分からないのは現実感覚が失われているからです。

原因を間違えれば対策も間違える、その誤った対策が次の問題をつくるわけです。

薬にも同様のことがありますね。

高血圧の原因もわかっていないのに降圧剤を処方する。

この降圧剤が副作用から次の問題をつくりだす。

なんの理由もなく血圧が上がるわけでなく、血圧だけを強引に下げたら

せっかく血圧をあげている身体の面目をつぶすではないですか。

現代医学も現実感覚を失っています。

失った結果は「鈍感な医師」が増加して、患者の現実がさらに見えなくなります。


スーパーかコンビニで買ってきた豆腐が冷蔵庫にあった。

賞味期限はどうかなっと・・・、ありゃ、1日過ぎている。ポイ。

舌で感じるとうことをしなくなりましたね。

これも現実感覚の喪失です。

火性で感じることが現実感覚を取り戻すことです。





posted by 変才冨田 at 21:39| Comment(1) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今を生きるとはどういうことか1 現実感覚

「冷え取り健康法」というものがある。

靴下を何枚も重ねた結果、立っているという現実感覚がなくなってしまいます。

足裏には脳に情報を伝達すべく神経が密集しています。

1m以下の粒を踏んでも分かるくらいです。

それを底の固い靴を履いた上に何枚もの靴下です。

これでは立っているという現実感覚を脳はつかめないでしょう。

冬に暖房、夏に冷房というものも外界の現実感覚をキャッチできなくなるという意味では現実遮断装置でしょう。

別な言い方をすれば現実回避装置ともいえます。

このような現実遮断装置を開発した人間の頭脳ですから、現実回避能力をもっています。

なっかたことにしよう、というのも現実回避の仕方です。

憲法の解釈改憲というのもこれです。

9条はなかったことにしよう、というものです。

さて、これからが本論です。

木性もその働き方によっては現実回避で働きます。

そうなる危険性は木性の本質にあるのです。

慎重な人がいます。

「石橋を叩いて渡る」というものですね。

これで渡る人は「渡りたい!」という強い欲求があるのです。

問題は木性よりも火性が低い人です。

もともとこうした人は「渡りたくない」ので、渡らなくてすむ方法を木性で考えるのです。

「欲求力」とは現実感度数でもあるのです。

現実感が希薄なほど木性が高まることがあるのです。

posted by 変才冨田 at 00:08| Comment(1) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月23日

今を生きるとはどういうことか1 現実感覚

「冷え取り健康法」というものがある。

靴下を何枚も重ねた結果、立っているという現実感覚がなくなってしまいます。

足裏には脳に情報を伝達すべく神経が密集しています。

1m以下の粒を踏んでも分かるくらいです。

それを底の固い靴を履いた上に何枚もの靴下です。

これでは立っているという現実感覚を脳はつかめないでしょう。

冬に暖房、夏に冷房というものも外界の現実感覚をキャッチできなくなるという意味では現実遮断装置でしょう。

別な言い方をすれば現実回避装置ともいえます。

このような現実遮断装置を開発した人間の頭脳ですから、現実回避能力をもっています。

なっかたことにしよう、というのも現実回避の仕方です。

憲法の解釈改憲というのもこれです。

9条はなかったことにしよう、というものです。

さて、これからが本論です。

木性もその働き方によっては現実回避で働きます。

そうなる危険性は木性の本質にあるのです。

慎重な人がいます。

「石橋を叩いて渡る」というものですね。

これで渡る人は「渡りたい!」という強い欲求があるのです。

問題は木性よりも火性が低い人です。

もともとこうした人は「渡りたくない」ので、渡らなくてすむ方法を木性で考えるのです。

「欲求力」とは現実感度数でもあるのです。

現実感が希薄なほど木性が高まることがあるのです。

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2014年05月09日

毎日、毎日、産み落とされる自分

今日のことです。

わたしエゴギョウしたらおかしいんです。

火性が19点も上がって・・・。

自分ではそんな感じがしないのです。どうしてでしょうか?

見れば金性もあかなり上がっています。

金性は「変わるわけがない」と固定的視点があります。

この金性の意識が「おかしい」と言っているわけです。


人間は「環境の子」です。

環境が変化すれば変わります。

言いかえれば、毎日、毎日、変化する環境があなたを毎日、毎日、産み落としているのです。
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2014年05月07日

慌てる人のOS 木性のつくり方

木性の「ちょっと待て、少し考えて」が弱い人です。

これは「考えてはいけない」という禁止の入っている人です。

すぐに親の言うとおりにしなかったら叩かれていたという人もいます。

「早くしなさい、さっさとどうしてできないの><」

という親の罵声も「考えてはいけない」という禁止につながります。

言葉の暴力や鉄拳制裁などが加わるとパニックや大人になっても慌てやすい傾向をつくることになります。

親が理由を言わないで子供に命令すると「考えることが苦手な大人」になります。

片付けなどもなぜそうすることが必要なのかを言っていないと

押し入れにどさっと入れて見た目だけ片付けるようなことになります。

見栄えだけよければいいのだ! という傾向性になります。

おしゃれはしても家の中はぐちゃぐちゃのごみ屋敷になるかもしれません。

人は常に「なんのためにソレをするのか」が必要なのですが

こうした人は感覚的、情緒的な判断しかできないでしょう。

こうした人はなにかをしている時「なんのためにしているのか」を考える習慣を。



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2014年04月25日

完璧主義の弊害4

完璧主義は蔓延しています。

その一つが「ポジティブ・シンキング」「プラス発想をもて!」ということでしょうか。

それが悪いと云う訳でなく、解釈がおかしいことがあります。

下手すると完璧主義に誘導されてしまいます。

というより

完璧主義に誘導された「プラス発想」に問題が出ます。

どういうことか。

それは「成功しなければいけない、失敗してはいけない」という意識に支配されたときです。

そうした意識は完璧主義です。

完璧主義を背景に持たない「プラス発想」や「積極思考」はお勧めです。

むしろ、真の「プラス発想」は完璧主義では持てないのです。

エゴギョウでいえば

金性だけの意識(失敗を恐れる心)では苦しいだけになります。



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2014年04月20日

エゴギョウ中級講座 完璧主義の弊害3

こうした完璧を願う性質は、当然ですが、現実には合わないので困ったことばかりが増えます。

何割かの人々は

1 努力しないとうまくいくわけがない。

2 努力できない自分は悪い子だ、と自分を責めます。

3 努力しないでサボっている人を見ると怒りがわきます。

すべて妄想なのです。

サボっていると思うのも妄想なのです。

完ぺき主義の人は他者をみる見方は厳しく、すべての人は怠けていると見えるわけです。

うまくいくわけがない、これも妄想で

「うまくいかねばならない」という妄想になっています。

失敗や成功という言葉に敏感です。
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2014年04月18日

エゴギョウ中級講座 完璧主義の弊害2

親が完璧主義だと子供に大きな迷惑となります。

いいことはおそらく一つもないでしょうね・・・。

なにしろ子供が99点の行動をしてもたら無い1点に親の注意が向くからです。

常に「足りないところ」に眼が向かいます。

親は自分自身にも自分の足りていないところがストレスになっています。

きっと親も誰かに監視されている。

自分が監視されているようなやり方で、子供を監視します。

不自由な人は他者を不自由にするわけです。
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2014年04月17日

エゴギョウ中級講座 完璧主義の弊害1

完璧主義者(金性人)がそばにいると、いろいろ迷惑する人が出てきます。

特に楽天家(火性人で水性が低すぎ)や横着な(金性低い)人々にとっては困った存在になります。

相性が良くないのですが、お互いにこれは修行になっています。

必要な人同士なのです。

完璧主義者はキチンとしなければ何事もうまくいかないと考えています。

楽天家は「まあ、なんとかなる」とたかをくくっています。


前者はいつも暗雲が背後に迫っており、このままではどしゃぶりになると想い

後者は雨が降っても濡れればいいさ、くらいに思っています。

なんと違うのでしょう!

前者は格下だと思っている相手の言うことは聞かないで、即座にダメ出しをして

格下の後者は言うのを諦めます。

これが子供と親の関係となると、子の将来に関わってきます。

続く

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2014年04月13日

エゴギョウ中級講座 火性と水性の研究1 「恐れ」をどう考え直すか2

母艦が不安定で揺れ過ぎると飛行機は安心して発艦も着艦もできません。

公園で一心不乱に子供が遊ぶことができるには、すぐそばに母親がいるという安心感が必要です。

小犬でさえ飼い主がふいにいなくなるだけで遊びをやめて不安げに探し始めます。
(これは、わたしが実験済み)

心の中にみんな母艦の原型を持っており、大人になった今でもその母艦は心の中で浮かんでいるのです。

それは心の中心にある根拠地なのです。

その根拠地に根をおろして伸びるもの、それが火性なのだと思います。

私たちは大人になっても子供の心である火性はちゃんと生きのこっており、それどころか現在の生きる力の原動力になっています。

心に息づいている子供の基本的安心感は根拠地の母艦の安定で決まります。

「あの人は生まれつき楽天的」などと云う事がありますが

受精して以後のお母さんとの関係性でそういう性格になっているのかもしれません。

心配症でいつもなにかが心に引っかかっており、なにか良くないことが起こるかもしれないという予感におびえている人は、心の根拠地が強固になっていないかもしれません。











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エゴギョウ中級講座 火性と水性の研究1 「恐れ」をどう考え直すか1

火性の意味を改めて考えます。

それは本質的には「いのちを活きる」ということです。

いのちを消耗品と考えれば「いのちという道具を使いきる」ということです。

これが同時に幸せというものの定義になっているように思えます。

道具を使わないということは、その機能は永久に世界に示されないので存在意義の喪失ということです。


個性というもの。

これを「個の性能」と考えれば

それ独自の性能、機能を有しているからこそ「個性」というわけですが

個性は使い切らねば「個性」としての存在意義を失ってしまうのです。

「いのちを使い切る」といわれても、どうやれば使いきれるのか?

それが分からなくて苦しんでいる人は多いのです。

多いというよりも全ての人が苦しんでいるのです。

その苦しみは必然的です。

たとえば車のタイヤです。

タイヤの機能は転がることにあるわけですが

転がるためには地面が必要です。

タイヤは地面という「転がらせることができる」存在を得て、タイヤはその機能を発揮できます。

けれど、その地面を転がることでタイヤは摩耗します。

機能を発揮することは、同時に「自己否定的」な結果をつくるわけです。

では、タイヤが自分を保存しようとして(自己肯定)その機能を使わなかったら

存在意義を失うので、これは「自己否定」となります。

矛盾ですね・・・。困りましたね・・・。

「自己肯定」は「自己否定」を同時にしていることになります。

「自己防衛」に奔る人は、このタイヤの矛盾を味わっていることになっているかのようです。

「自己防衛」とは「自己肯定」なのですが、

その結果としては「なにもしないこと」が良いことになります。

それでは機能が発揮できないので「存在しなくてもよい人」になり、自己否定になってしまいます。

「出る釘は打たれる」といいますね。

打たれることを恐れるのは「自己防衛」で、その意味では自己を肯定しています。

「恐れる」という心理は五行では水性です。

出る釘にあたるのは火性です。

「恐れ」とは「打たれることは理不尽だ」という思い込みから生まれます。

タイヤは「摩耗することは理不尽だ」と思い込んでいるのです。

地面やトンカチを世間では「ストレス」ということがあります。

このストレスを利用してしかあなたの個性は発揮できないのです。

「活きるために」必要なストレスをなぜ「恐れる」のか。

これこそが火と水性の主題となるようです。

これは遠い子供の頃まで振り返る必要があるようです。

続く












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2014年04月04日

エゴギョウ講座 中級編 知ることが生きる力を引き出すには・・・

言葉とはなにか。

原言葉の背景にはすべて実態があるのです。

そして

言葉の並ぶ順番と自然界のモノのつながる順番は一致しています。

言葉を知らないと人は自然を叙述できないでしょう。

自然を語れないとは理解できないということだし

コミュニュケーションは自然の筋道に沿って私たちは語りあっているので

人とも意志疎通がうまくいかないということです。


さて、本題です。

言葉は実体験と深く結びついています。

いえ、実体験のない言葉は、それこそが「単なる知識」というものです。

体験の無い言葉はどこか浮ついているのです。

「知恵」とは体験と言葉が完全に沿っている時に生まれるものです。

それは、火性の豊かな体験を伴っているのです。

つまり

火性の体感に木性の言葉が結び付いた時、それが「知恵」というものです。





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2014年04月02日

エゴギョウ講座 中級編 知ることが生きる力を引き出すには・・・

わたしたちの行動する理由には三つあります。

一つは感覚的なもので動物性由来です。

もう一つは、過去の忘れてしまったような記憶が元になっていて無意識行動をします。

これはOSですね。

三つ目は「知識」です。

けれど単なる知識では役に立ちません。

知識は知恵と化学反応することで生きる力になります。

知恵は言葉から生まれます。

言葉は考えるときの無くてはならない道具です。

つまり語彙数が少ないと「考えられない」ということになります。

語彙数に応じた思考力しか発揮できないのです。

したがって語彙数の少ない人は「感覚的」「情緒的」な生き方しかなくなってしまいます。

エゴギョウでは火性は非常に重要な心性ですがそれだけだと「感覚的」、

土性だけだと「情緒的」に偏ってしまうのです。

金性だけでは人真似に終わり、水性は奴隷になってしまいます。

これでは良いこと一つもないですね。

そこで登場するのは木性です。

木性に言葉が内臓されるのです。

ところが単に言葉だけだとそれは単なる知識です。

知識を操るだけの評論家どまりでしょう。

では、なにがどうなればいいのか><

これまでにエゴギョウを学んだ人はエゴギョウというシステムを思考ツールにして考えてください。




posted by 変才冨田 at 21:46| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月23日

エゴギョウ中級講座 エゴギョウから風景の異化をさらに考える

2月27日は19時に花村先生を招いてお話を聴きますので

そのウオーミングアップだと思って読んでください。

一般参加者歓迎です。


今回は「異化する」というテーマで火性・金性・木性の関係性で考えます。

視点を固定化するということ、これは金性の役割りですね。

なぜ固定化をわたしたちはするかというと楽だからです。

こうだと決めつけておけば、もう思考停止でいちいち考えなくって済むからですね。

それは脳の仕組みからくる省エネなので善悪なのではなくて、仕方がないことです。

認識とは固定化の別名なのです。

この固定化することでメリットがある間は、固定化をやめようとはしません。

ところが
客観的にデメリットが目立ってきても相変わらず固定化をやめない時があります。

本人はデメリットに気付いていないのですね。

認識自体が石のようになってしまった状態です。

これを頑固というわけです。

まなざしが変化を拒んでいるとき、芸術(アート)は違った視点を提供して

それで「眼から鱗が取れた」ということもあるのです。

アートはデメリットが目立っている固着したまなざしに変化を与える。

つまり、芸術(アート)とは破壊なのです。

芸術とは、それ自体が革命的な任務を帯びているといえます。

現在の視点を変えること、それは今までの視点を壊すことでしか起きないでしょう。

それが「異化する」という意味なのだと思います。

異化するとそれはエネルギーが生じます。いえ、物質がエネルギーに変化したことを異化というのです。

いえいえ、このあたりの表現は難しいです。

新しい視点を得た瞬間に、それは同化になります。

ある視点から次の視点への動きが異化です。

新しい視点にたどり着いた時、それは固着化への最初です。

人々は新鮮さを感じて自由感が得られます。

古い視点から新しい視点への定着、そして鮮度を保っている間、

その間が「異化」と考えます。


さて、エゴギョウとの関連です。

固着化して石のようになった認識(同化)をどう突き崩すか。

その役割を担っているもの、それが火性です。

火性の子供のような頭の柔らかさが金性を砕きます。

これは火剋金の仕組みで理解されるでしょう。

火は金属を溶かしますね。

砕かれた金性は木性に作用して、今までの「まなざし」に変化を与えます。

木には「眼」や「判断力」が属性としてあるからです。

スタートは火性ですから、子供の様な感性をいつも磨いていないと、世の中を古色蒼然としたものにしか見えない一生を送ってしまいます。

ところで、ここれ土性や水性は「異化する作業」にどう関わるでしょうか?

夜学セミナーの人たちへの宿題です。



ハナムラ先生の言う「まなざしのデザイン」の本質には革命性があるということです。



視点をずらすことで世の中は違って見えるのです。





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2014年02月19日

エゴギョウ中級講座 あなたの仕事を異化すると楽しくなる!2

昨日の事です。

3年が経過しそうで、例の「派遣3年切り」になった女性です。

就活のことを考えると気が滅入る、といいます。

彼女は32歳独身で結婚したい!とのこと。

結婚したい願望はあってもなんらそのために動いている人は少ないです。

ボヤボヤしているうちに40歳ということになりかねません。

まあ、わたしは結婚反対論者ですから、よかったじゃあないかとお祝いをしたいくらいなのですが・・・。

大概「結婚している人に云われたくない」ということになります。


そこで元気な就活をする提案です。

ここで「就活を異化する」ということが必要です。

視点をずらすということなのですが・・・。

特に彼女は特異的に水性だけが高いので視点をずらすことが必要です。

続く



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