玄米を食べ続けて50年
マクロビオティックの創始者・桜沢如一先生が、提唱した半断食法「七号食」を何度も実践した結果、「未精製の穀物(玄米・古代米・雑穀米)を好きなだけ食べても7号食と同じ効果が得られる」事を発見、『トミタ式七号食』の普及に努めています。

ブログ記事も8000を超えました!


2015年04月03日

エゴギョウ中級講座 認証について2 無脳症で生まれた意味

認証の始まりは「名付け」から始まります。
誕生してすぐに名が付けられます。
これは「この浮世のメンバーになりましたよ」という許可証です。

その許可証の申請人は親ですから、すでに認証されたことになります。
妊娠中に胎児が無脳症であることが分かりどこの病院でも出産を断られた女性の話を聞きました。

「生まれてもまもなく死ぬのに堕胎しないで、どうして出産するの」とどの病院でも断られ
三河にある自然分娩で有名な吉村産婦人科の吉村先生に相談した結果、出産することになりました。

生まれ子は乳房を求めしっかりお母さんに抱かれて間もなくあの世へ旅立ったそうです。
命名もされたのです。

一瞬でもこの世に生まれ母親に認証されての旅立ちでした。

お母さんはその子を認証したかったのですね。

一瞬の命だったのですがお母さんに認証されたことで一つの一生を全うしたわけで

その命に意味と意義を与えたわけです。

人を認証するという行為の崇高な意味を会得したいものです。

posted by 変才冨田 at 15:59| Comment(2) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月02日

エゴギョウ講座 認証とエゴギョウ 認証することを求めないで、認証する人になろう1

小さい子供に「○△ちゃんはかわいいね」と毎日言っていると

その子が「お母さんもかわいいね」と言い返されたそうです。

これが認証返しという現象です。

そのお母さんはその子に毎日「好きだ、好きだ、好きだ・・・」といい続けているそうです。

そうやって認証を繰り返された子は大きくなれば

容易に人を認証できる人になります。

あなたのこと好きです、という言葉は大きな認証なのですが

その他者にとって非常に大きな自信を与える「好きです」という言葉を言わないでおいて

自分への認証を求めることが本末転倒なのでしょう。
posted by 変才冨田 at 19:47| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月17日

「らしさ」の研究 6

現在の「あなたらしさ」とは、現在のあなたの目的で達成された現象なのです。

ですから現在のあなたが「本当のあなた」なのです。

と、前回書きました。

「今の私っていやだナー」

そう感じるとしたら、それはあなたの目的に問題があるからです。

目的には意識下されたものと無意識的なものがあります。

もしも、両方の目的が矛盾しているとしたら?

意識は「結婚したい!」

無意識は「したくない><」ということがあり得るのです。


意識は「好きな仕事をして、毎日活き活きとしたい!」

無意識は「好きなことをしたらダメでしょう」とブレーキがかかっているとしたら?

実のところ、この無意識の目的の方が強いのです。

困ったことに無意識だから自分がどのような目的を持っているのか自覚できないのですね。

次回はあなたが持っている無意識の目的の探索法について書きます。
posted by 変才冨田 at 18:29| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月16日

「らしさ」の研究5

過去の記事からの引用ですので、順番が違っています。

なぜ、再度揚げたかというと重要だったからで,同時に続きを書きたくなったのです。

まだ、以前の記事の引用を


さらに「らしさ」についての研究です。

肉食動物や草食動物にも「らしさ」があります。

肉食動物は顎を大きく動かすために、顔は丸くなります。

草食動物は繊維を引きちぎるために前歯が小さくて素早く動かすために口先がとがります。

全体として顔が長くなります。

肉食の動物の耳は一方向に向かって開き、草食動物は全方向性に耳を開いています。

つまり、肉食動物は草食動物に目的を持つために一点集中のそうした「肉食動物らしさ」が顔に出ます。

草食動物は狙われているために全方向に注意を拡散させます。これが「草食動物らしさ」です。

「らしさ」とは目的から生まれることがご理解していただけたでしょうか。


ですから、あなたが「自分らしさ」とはなにかを考えるなら、あなたがどういった目的を持っているかで判断できるのです。

「本当の自分」とは「らしさ」のことですから、一つ一つの目的を持った決定にこそ「本当の自分」の中身が表れるのです。

自分には目的がないナー、ということはないのです。

すべての行為には目的が隠されています。

無自覚であるだけです。

「らしさ」とはある傾向性を漠然と表現した言葉です。

人間は複雑なので部分部分だけを見ていてはわからなくなる存在ですが、「らしさ」のなかにその人の全体性という真実が出てきます。

エゴギョウの形からその人の全体性をつかまえる直感が求められます。



posted by 変才冨田 at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「らしさ」の追究4

「らしさ」の研究4

民族的な「らしさ」もある。

農耕民族らしさ、牧畜民族らしさなどですね。

こうした「らしさ」は風土がつくったものです。

その地で暮らすためにもっとも合理的な方法で慣習が決まり、それが民族独自の「らしさ」をつくります。

その「らしさ」は働き方に応じた生活慣習の繰り返しで強化されてきました。

つまり、収穫という目的のために「らしさ」が形成されてきたのです。

この連載のテーマはまさしくそこにあります。

「らしさ」とはあなたの内部にもともとあったものではなく「目的」にこそあるのです。

幼児はお母さんに可愛がってもらうという目的のために、そのライフ・スタイルをつくります。

対象であるお母さんの性質が幼児の対応の仕方を決めていきます。

お母さんが情緒不安定であれば、幼児は天候をみるように心配しながらお母さんの表情を読み取ろうとします。

それは水性のライフ・スタイルになり「らしさ」が固まってきます。

両親の仲が悪くていつも夫婦喧嘩を目の当たりにしていれば結婚そのものに疑問を持つ大人になるでしょう。

結婚する意味がよくわかっていないのに、みんなが結婚すれば「自分もしなければ」と思います。

けれど本音はしたくないのです。

建前と本音が葛藤を起こしたとき、結婚できないような異性を好きになったりして本音と建前の折り合いをつけるのです。妥協ということでしょうね。

不安の正体はこの葛藤なのです。

人はむしろ「らしさ」から遠ざかっているわけではなく、あなたの日々の決定にこそ「らしさ」が実現しているのです。「らしさ」や「ほんとうの自分」はどこかに仮想としてあるわけでなく、今のあなたそのものなのです。

日々、「らしさ」を実現するために目的に近づこうとしています。

「本当の自分がわからない」「自分探し」などと言いますが、それがあなたの「らしさ」なのです。

「決定的な事態を避けたい」「責任ある立場になりたくない」「責任は避けたい」

そうしたことを実現するために「迷いやすい」という「らしさ」を日々発揮しているのです。


さて、「らしさ」は変えることができます。

続く

posted by 変才冨田 at 19:18| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月15日

エゴギョウ中級講座 自分の声を取り戻す5

五感だけでなく第六感までが総動員されているときは自分の声が出ていると思います。

対象に真っ直ぐに身体が向かっていないと五感は鈍くなっており「上の空」状態では声もきちんと出ないでしょう。

随所作主で向かっておれば五感も六感も磨かれるものです。

自分が主人公であるという生き方をしていないので鈍くなるのです。

自分の声を取り戻すとは随所作主で生きるということだし

それは「今を生きる」存在に通じます。


さて、声が出ないという相談がありました。

彼は19歳の男子です。

まるで出ないわけでなく漏れるような小さな声です。

声が小さくともしっかりしている人もいますが、溜息とともに漏れるような声はどうしたことでしょうか。

続く
posted by 変才冨田 at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エゴギョウ中級講座 自分の声を取り戻す4

野生動物の心象風景はどうなっているか。

おそらく、いつも食べ物のイメージを持っている。肉食動物ならシマウマなどのイメージがいtも渦巻いている。
繁殖期になればメスのイメージが頭から離れないだろう。

捕食活動(食欲)に生殖活動(性欲)に睡眠欲求などの三大欲求からのイメージで突き動かされているはずだ。

なんだ、これなら自分たちと同じではないか、そう思いませんか。

野生動物と人間の違いは、これら三大欲求にいろいろとデコレーションしている。

装飾音符付なのだ。

どういったデコレーションが付いているか。

動物は投げ捨てられたパンでも食べるけれど、人間は食べない。

手で食べないで箸やスプーン、お皿などで食べます。

その前には煮たり、焼いたり、蒸したり、切り分けたりします。

けれど飢えの極限にさらされれば食べる。これは人間が維持できなくなって動物になったからだ。

このデコレーションを聖書では「人はパンのみにて生きるにあらず」といっています。

性欲もそうですね。

単なる交尾ではなく恋愛とかの手続きを必要とします。

それを抜きにしてお手軽に性風俗店に通う男性もいますが、まだパンだけで生きている姿です。

箸やお皿、ふかふかのお布団や愛と言うものは全て「パン以外のもの」ですね。

それらを一括して文化といいますよね。

人間は文化的動物なのです。

「生きがい」とはこの文化活動を指します。

人が他者を助けるのも「文化」なのです。

これら広い意味での文化活動が足りなくなると、人は悩むのです。

火性で生じた人と言う動物は火性20点満点です。そして洗練されていません。
完全な利己主義で生きています。

20点満点というたくましさがこれからの生きる力になっています。

土性での過程で育てられることで徐々に人間になっていきます。
「おしめ」などは最初に接する文化でしょう。
なにが「快」で、なにが「不快」なのかを区別できるようになります。

文化とは人を次元の高い「快」に導く。

文化に接すると人は高い次元に導かれる。

人間とは動物のようにパンを必要とするけれど、パンを求める行為の内部にパン以外のものを発見し、創造しようとする。

そういう活動を阻害されると人間は疎外された感覚となり鬱にもなるし病気にもなる。

逆に云えばそういう症状になるのは、それだけ人間的活動を希求しているからにほかならない。

眠る時間まで削りそのほかは全て搾取的労働に強いられている人は、そういう症状で抗議している。

そういう意味では鬱も病気も広い意味での文化的抗議なのだろう。

話が横道に逸れています。

ここではそれが本論ではないのです。

続く








posted by 変才冨田 at 18:41| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月14日

自分の声を取り戻す 3

自分の声を取り戻すとはどういうことか?

それは自分を大切に育てることが土台のように思えるのです。

自分の育ちに応じて、つまり自己の進化うの線上に自分の声も獲得して行くように思えます。

自分の進化発展のプロセスを取り戻すということと声を取り戻すということが同質性として見えるわけです。

人間性は時に行き過ぎた価値観で阻まれます。

命よりお金が大切という思い違いは、人間の正常な進化を歪めます。


何が本当に大切なものかが分かれば、立ち戻り、そこから本当の自分の声が聴こえてくるように思うのです。

エゴギョウでは木性と火性のタッグでそれを可能と考えるのです。
posted by 変才冨田 at 22:15| Comment(1) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「自分の声を取りもどす」ということ 2

「自分の声を取り戻す」
わたし「この言葉からみなさんはどんなイメージが湧くでしょう」

こんばんは、先生。
『自分の声を取り戻す』言葉のイメージは、世間や自分の親しい人の『常識』などを除外しして、本当に自分が感じている事(体の声も含めて)を、自分自身が感じとる(認識する)事。
と、いうイメージです。
終了

ナルホド、そうですよね。僕もそう思うのです。

このシーンでは「悲しむところだ」ここでは「困った顔をするところだ」、ここでは「笑顔で笑うのだ」

それが常識なんだから、というよりそういう反射的な反応が身についているわけですね。

それは「生きやすさ」のためにあるわけですね。

その「生きやすさ」というのは根っこに「安全、安心」を求める感情があるからです。


さて、本来の自分の声とはどういうものか?

それは火性の声なのです。

それは動物的な叫びが本質にあります。

火性人って「ギャア」「ワーッ」「キャー」といった擬音が多いでしょう。

動物の雄叫びや威嚇音や猫のグルーミング音などと同じです。

それが動物であるところの私たちの声の土台です。

でも、これだけでは社会生活は営めない><

そこでもっと表現ができるためにさまざまに声の表情を創造してきたのです。

いえ、表現ができるようになって心を豊かにしてきたのでしょう。

そうやって考えると

本来の声に戻すのではなく、声を育てていくという発想が生まれてくるのではないでしょうか。

続く


posted by 変才冨田 at 14:38| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月09日

エゴギョウ中級講座 水性と金性のキーワードは「安全と安心」だったのです。

「それは安心と安全」だったのです。

それをより強く求めるものは金性です。

水性はその精として「恐怖心」と五行では指摘されていますが、その生まれは金性だったのです。

金性の人は人一倍の恐怖心を持っています。

その恐怖心が高すぎるゆえに、それがバネにもなって「競争好き、争い好き」になっているのです。

そうした人の勇壮な言動は「恐怖心」を隠すことに利があるのです。

人一倍の恐怖心があるので他者には隠したいのです。

「弱い犬はよく吠える」という心理だったのですね。

恐怖心は一方では安全と安心を求めます。

金性の人は誰よりも「安全安心」を求めるのです。

そういう視点でもう一度金性に光を当てると、金星性人の言動の意味がよく見えてきます。

続く






posted by 変才冨田 at 16:22| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月24日

明日(木)は夜学です。

夜学の内容は「エゴギョウを深める」が目的です。

あらゆる事象を「エゴギョウ」という視点から見直していくという、なかなか面白いセミナーなんです。

第二木曜日は「エゴギョウ」そのものの仕組みを事例研究で調べます。

第四木曜日は映画を素材にして登場人物たちのエゴギョウを考えて、その登場人物たちの言動が筋に照らして矛盾がないかどうかなどを話し合います。

映画の新しい鑑賞の仕方です。

今回の第二木曜日は「今を生きる」ということを深めます。
もう一つの課題は「人を観るとはどういうことか」というテーマです。

ごはんの都合もありますので予約お願いします。

セミナー、というより食べながらでもいいという「寄席」の感覚ですから遅れてもいいですよ。

会費 2500円(ごはんセット付き)

posted by 変才冨田 at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エゴギョウ中級講座 女性へ 男のコントロール法

男という生き物をどうとらえればくみしやすい相手(コントロールできる)になるかという問題です。

今更言うのもなんですが、女性ならばとうにお気づきでしょうが基本的に「男はアホ」です。

そして「ガキ」です。

気づいているなら、そのように徹底的に扱った方がいいのです。

間違っても「いい大人なんだから」とか「もしかして自分と同じ分別を持っている」などと考えてはいけません。

子育てと同じ感覚で臨めばいいのです。

そう思えばかわいらしい存在だと気づきが得られるのです。

いつも思うのですが結婚という暴挙を実行するならば学習が必要です。

結婚する資格に以下のことを満たす義務を法律で決めるべきです。

結婚する前に

男は「生物的危険物取扱主任」の資格を取ること。

女は動物愛護協会のセミナー「小動物の育成の仕方」を受講すること。


さて、男は空間上を移動するのが好きです。

特に高く舞い上がりたいという根拠なき欲望を持っています。

それが証拠に飛行機を発明したのは男です。

エベレストや最高峰に上りたいという欲求を持っているのもほとんど男です。

わたしなんかも小学生のころ飛びたいと思い、スーパーマンのマントが欲しかった。

そこで、自分ちの風呂敷をマントにしてもいけそうな気がして

滑り台の上から飛んで痛い目にあったことがあります。

そうした性質を評価してあげればいいのです。

ではどうするか・・・。続く




posted by 変才冨田 at 22:45| Comment(2) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月23日

エゴギョウ中級講座 東京セミナーでの質問から 火性を赤めるにはどうすればいいのか?1

こえは難しくて、けれど簡単なんです。

この世界を遊園地であると思えるかどうかにかかっています。

それが世界に対する真面目な態度なんです。

妙に真面目は人は世界に対して、命に対して不真面目だと思うのです。

遊園では遊ぶことが真面目です。

遊園地に入園しておきながら、あの乗り物はドウノ、このパビリオンはつまらん、

こんなところに遊びに来るやつはどうかしている。

文句ばっかり言ってベンチに座っているのはどうかしています。

できればその遊園地に自分のパビリオンを創ったらどうでしょうかね。

それが「大遊」ということで、最高に真面目です。

多くの人は遊びたいけれど遊び方が分からないということでしょうか。

posted by 変才冨田 at 18:37| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月14日

エゴギョウ中級 土性の愛が不足すると

先生へ 今日はありがとうございました。 私も大変勉強になりました。
母が、結構柔軟なので驚いています。 さっそく、玄米甘酒、お米などを購入します。 自分の好きなテニスをしたい!! 火克金でしょうか。 いろいろと、課題はあるようですが、 自分の身体のことは自分で選ぶ、そのために納得できるまで、 情報を集めることが大事ですよね。

昨日の夜学も楽しく勉強になりました。 金性の対処の話は、今まで聴いたことがなかったような気がしたし、映画を通してのお話が腑に落ちました。 次回の映画会が楽しみです。

さて、昨日お渡しした、資料は、先日行ったエゴギョウの担任向け説明の資料です。後ろから2枚目あたりは、保健室でたまに生徒に使っているものです。 その前のページ(エゴギョウの説明の裏のパージ)は、調査をする前に担任に配布した資料です。

説明は、エゴギョウとエゴグラムの違い、キーワードと各性質の関わりについて、事例、対策方法、特に水性の高い子への配慮に着いて それから、食事アンケートから、家庭力と食事内容、朝食の内容について、睡眠時間・睡眠の質について、砂糖、ジュース摂取と精神の安定について、 それらを20分ぐらいで駆け足で話しました。 また資料についてもご指導をよろしくお願いいたします。

火克金のお話を聴いて、 今、土克水のことを考えていました。 水性の恐れは、温かい親密な人間関係や無条件の支えの中で、 温められ気化していくのでしょうか。

回答
その通りです。土性の愛に利己が強いと
その愛は条件という制限付きなので子供は安全安心の基地がないので不安になり、良い子になろうとするのです。
posted by 変才冨田 at 00:06| Comment(2) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月12日

昨晩の試演会

試演会とは新しい試みの演劇を観てもらって批評や感想を述べてもらうというシステムです。

当日は三団体が30分以内の劇をしました。

それぞれに面白く、全体としても面白い構成になっていました。

先ずわたしの知り合いである二名の「あのころは楽しかったよね」

これは傑作で随所に笑えましたし、j観客がピントを絶えずずらさなければならず、意図された意識誘導になっています。

中年近い男性と若い女性が観客席から歩いて舞台に入ってきます。
同窓会の帰り道すがら会に出席した人たちの話で盛り上がっています。
彼はどうしたの彼女は恋愛中だとかの話で、観客は「ああ、それって良くある話ね」と共感されます。

面白いのは中年男性の役が若い女性なんです。
その中年男性が女言葉を使うので、こちらが意識のピントを合わせるのに変な苦労をするわけで、そこはかとない可笑しみが漂ってくるのです。

で、劇は進行するのですが突然破調がきます。
男性が「なんでそこでそういう言葉を使うの、変じゃないか」と急に役から離れて素に戻るのです。
しばらく劇から離れて素な状態での会話が続きます。

観客は「これはああ、劇から離れてんだ・・・」と、意識のピントを下げねばなりません。

ところが「いや、待てよ。会話自体も劇なんだ・・・、と気づいてさらにピントを下げねばなりません。

面白いことに素に戻った時の会話があまりにも自然なので劇ではなく、日常的な普通の会話が展開されている錯覚を起こさせるのです。

あまりにも巧みなのです。

面白いのは劇外劇(劇中劇ではない)でプロレスの場外乱闘みたいな会話が繰り広げられることです。
ああ、この劇を演出しているときにあった会話だったんだなーと、「あるね、あるね、そういうことって」と共感し笑いがこみあげてきます。

このまま、その調子でぼるてーずを上げて、乱闘をヒートアップさせただけでも傑作ではないかと思いました。
コントでどこかに応募したらデビューできそう^^

構想が「あのころ楽しかったよね」から始まったので、それは捨てきれなかったと思います。
その構想を打ち出す中盤以降が少し冗漫な感じがしたので・・・。
どうだったかな・・・。

言い争いをしているときに「イライラしているのはパンにクリームや砂糖をぶっかけたものを喰ってるんだろ!」などと言う低血糖症を指摘するようあ会話があって面白かったです。

二本目
無言劇「体臭のない男に力はない」
この題名はいったいなんだったのか、内容はまるで違ったものでした。
これも非常に面白かったですね。
エゴギョウの必然性がみごとにあらわされています。
これを創作した男性はエゴギョウはもちろんご存じでないのですが・・・。

一人の男が炊飯器の蓋を開けるところから始まります。
男の妄想が暗転してはじまり、もう一人女が出てきます。

二人で無言のまま炊飯器のごはんをむさぼるようにして食べ始めます。
やがて、男は袋のなかから調味料やふりかけを取り出し満足そうに食べ
女はいろんな容器で食べ満足そうです。

次から次に男はふりかけを選び、美味しそうにして食べます。
女も容器を変えては食べてこれも満足そうです。

そのうちに男がおんなにふりかけを勧めるのですが、女はかたくなに拒みます。
次々に男はこれがうまいんだからという表情でおんなに勧めるのですが、女は頑として返します。

テーマはかたくなな信念をもっている金性さんがどのようにして火性さんの誘惑に乗っていくかですね。

土台が食になっているので土性の食を挟んで火と金が対峙しているという構造です。


皆さん分かりますね、男は火性と土性が豊かな心です。
火性の好奇心が「ふりかけ」に向き、土性もあるので「一緒に楽しもうよ」と共感性を金性人に求めて進めるんですね。
女は容器という形式にこだわっているので金性ですね。
容器は固くて「決まってる」ので金性の人は魅かれるわけです。
そして閉じこもりというのも金性の特徴なので、金から勧めるということはないのです。
もし勧めるとしたら支配する目的の時だけです。

さて、土台が「食中劇」になっているので、食を通して融合が始まります。
どのようにして金性人は金性人の誘惑に乗るのか、きっかけはないのです。
これという「きっかけはないのですが」やがてふりかけを使い始めて満足するのです。

じゃあ、どうして融合できたのかといえば

火性人のあくなき繰り返しの誘惑だったんですね。
ここで法則が出てきます。
「繰り返しこそが金性の岩に穴をあける」ということです。

繰り返して誘惑する力は「欲求する力」からやってくるということですね。

ホント、エゴギョウそのままのお話でした。

さて、この題名はいったいなんだったのか・・・。

おそらくこの題名は人の気を惹きます。
そうやって惹きつけておいて、観客にはその題名を忘れさせるという
実験心理学的な意味があったのでしょうか・・・。
訊きたいところです。

三本目
「葉桜」作岸田國士
これは芝居をしています。大正時代の母娘の本格的な家庭劇なんです。
ところが面白いことに、ゴンドラの唄がラジカセで流れてきて出演の和服の娘が畳に置くのです。
窓は西洋風の窓です。
このあたり、破調狙い? (なんで狙っているのかわかりません)

娘の縁談が進んでおり、それを母親がどう受け止め、その母の微妙な心理を娘がどう受け止めるのか・・・。
非常に微妙な心理劇ともいえるお話だったのです。

大正時代の話ですから「女の性という自我の目覚め』が社会的にあって、その扱いがテーマのようです。
現代では「なんで???」というテーマですかね。

今日性という意味ではどうだったのかな???
posted by 変才冨田 at 18:51| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月09日

エゴギョウ講座 「ちゃんとしなさい」の問題点 背後から涌きたつ黒雲のような不安

「ちゃんとする」が口癖の人がいるでしょう。

ちゃんとできていないと不安になるのです。

世のなかんはちゃんとしていなくても平気な人も多いのにネ。わたしなんかは(その部族)ですね。

エゴギョウの正式版(170問)の右側のチャートを見ると、そのあたりの傾向性がわかります。

あることに対してなんとなく不十分感があると心の中が「ざわつき」始めます。

その理由がはっきりとしないので余計に不安感が押し寄せてくるのです。

そういう感覚を「背後から黒雲が湧き立つ・・・」ような感じとして脳の受信機が雑音を出すのです。

親はよく子供に「きちんとする」「ちゃんとする」ということを口癖のように云いますね。

それが度を越して血相を変えるような態度で子供に接すると、子供のOSに強く書き込まれます。

そういう親の子供は「いつも見張られている感覚」があり、きちんとしないことがあると不安感の波にさらわれてしまいます。

大人になってもこの「監視視線」を無意識に感じており、誰も見ていなくても「きちんとしよう」とします。

考えてみれば敬虔なクリスチャンのなかにはこうした人々がいます。

「神様に監視」されている感覚なんですね。

人は褒められることを好みますので、「きちんとしたら」親や神様に褒められることを期待します。

きちんとして気持ちが良いというのはこの感覚なんでしょうか?

この不安感というのは「きちんとしていない・・・」という感覚があったとき、背後には「叱られる、否定される」という無意識の感覚があるのです。

親がしっかりしすぎていると子供にこうした見えない不安感を刻印します。

不安神経症候群というのは理由が見えないので処置に困るわけです。

続く



posted by 変才冨田 at 22:17| Comment(1) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エゴギョウ中級講座 火は金をどう凌駕できるか 映画「今を生きる」から 2

ニールの父はなにかにつけて支配的です。
ニール意志は無視して従わせようとしています。

伝統高校の寄宿舎に入れて学ばせるのはかなりの金銭的負担です。

それほど裕福でない父がその負担を受け入れて息子を高校に入学させることは「息子に期待している父としての愛情だ」と考えています。
したがって「息子はその愛情に勉学で応えねばならない」と考えています。

時々こういう親がいますね。
よく言うセリフは「誰が喰わしてやっているんだ!?そればかりか誰が高校大学に行かせてやっているんだ!?」
職場でもそういう人が上司にいませんか?
「仕事厳しくしているのは君のためなんだよ。目をかけてやっているんだから期待に応えなさい」

先ず、そうした人の99%は元々から支配欲が強いのです。
支配欲を満足させるために自分をごまかしています。
「お前のためなんだ」という欺瞞です。

親が子を支配するときの常套文句なんですね。

原因はその親自身がそういう体験を親からされているのです。

自由という生命本来の喜びを子供時代に体験しなかった人は不幸です。
いつも不機嫌です。
いえ、現在も不自由状態になっており、そこから抜け出る展望がない人もいつだって不機嫌な顔をしています。

続く

posted by 変才冨田 at 16:37| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月03日

エゴギョウの考え方の基盤であるOSの理解

[OS]という考え方があること
OSとはオートメーション・システムのことです。ある状況に立ち至った時に、自動的に「そう感じてしまう、そのようにしてしまう、そう考えてしまう」という意味です。
P・Cにある基本動作システムとしてウインドウズがインストールされているように、同様のシステムがわたしたちの心に入っていると考えています。

インストールされた時期は9歳までで、それは自我が意識下される直前まで続いています。
自分が自分であると気づいた時には、すでに「ある自分」が存在してしまっているわけです。自分が自分を形成するのに自分が関与した覚えがないわけです。
では、誰が「自分」を創りだしたのかといえば、それは生まれたときから寄り添ってきた親であるわけです。
したがって、親の感じ方や考え方がそのままインストールされてきたわけです。
10歳前後になって自分として生き始めるわけですが、どのような状況においてもそのOSが発動して、後催眠現象に似た状況になるのです。
※ 後催眠現象
催眠法の施術を受けている時に、覚醒後の暗示を与えられます。たとえば催眠が解けた後で施術者が手を叩くとジュースが飲みたくなるという暗示を与えられるとそうしてしまうこと。

そのインストールされたOSが生きるのに不都合でなければOKなのですが、もしかしたら不都合なOSも混じっているかもしれません。
エゴギョウはどんなOSがインストールされているのかを調べるツールなのです。

そして、今まではOSが意志とは関係なく動作していた過去を原因にしていたのですが、それが明らかになれば自らの意志で未来への課題を設定して、それに向けて建設的に生きるきっかけを与えてくれます。過去を原因にして今を説明するのではなく、未来を原因にして生きていくのです。

「自分の人生は自分で決定できる!」のです。

詳しくは2月14日は大阪で、22日は東京で「初めての人のためのセミナー」があります。

エゴギョウの深くて広い世界を学んでみませんか?

2月15日(日) 大阪セミナー
    「初めての人のためのセミナー」
     開始 10時 終了 17時
     三部構成 受講選択制 要予約
     詳しくはhttp://inyan.seesaa.net/article/412680272.html

2月22日(日) 東京セミナー
     「初めての人のためのセミナー」
     開始 10時 終了 17時
     三部構成 受講選択制
     場所 地下鉄「蔵前」の「結わえる」結わえる本店

住所 東京都台東区蔵前2-14-14 右向き三角1 MAP https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%80%92111-0051+%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%8F%B0%E6%9D%B1%E5%8C%BA%E8%94%B5%E5%89%8D%EF%BC%92%E4%B8%81%E7%9B%AE%EF%BC%91%EF%BC%94%E2%88%92%EF%BC%91%EF%BC%94/@35.703761,139.7933956,18z/data=!4m7!1m4!3m3!1s0x60188eb62aaa429b:0x96ef07e0d2b3d045!2z44CSMTExLTAwNTEg5p2x5Lqs6YO95Y-w5p2x5Yy66JS15YmN77yS5LiB55uu77yR77yU4oiS77yR77yU!3b1!3m1!1s0x60188eb62aaa429b:0x96ef07e0d2b3d045
      要予約

メールでの予約はtetu.tomita@gmail.com 
電話での予約は050−1193−9391 携帯090−6067−5519(冨田)

※現在休止中の「ロングランセミナー」は、3月8日(日)大阪♭にて再開予定です。

定番「初めて人のためのセミナー」の内容 東京も大阪も同じです

定番BLセミナー第一回
「初めての人のための
@ 簡単に正しく歩けてしまう姿勢講習
A 七号食講習 16日で3s〜5kgは本当です
B 食の考え方講習 誰も教えてくれなかった食の哲学 食・生理・心身・疾病・環境は一本の筋
C 自己の性格的癖の発見講習 考え方の癖は自分では分からず、大損しているかも?
D 誰でも肩こり・腰痛が即効のツンツン・セラピー講習
bl研究所:冨田
 大阪と東京・神戸では毎月定例で「初めて人のための講習」を開きます。今回は第一回目です。同様の講習を毎月積み重ねて大きな変化を起こそうと考えています。

日時 2月15日(日) 開場9時30分 開始10時 終了17時
場所 大阪市東成区中本3−10−23 電話 050−1193−9391
    地下鉄中央線「緑橋駅」3番出口から角の不動産屋の前を通り真っ直ぐで「王将」、そこを右へ真っ直ぐ、「うしろ耳鼻科」を通り過ぎて右手レックスマンションの前です。壊れたオートバイが看板で「♭」とあります。

東京は上記マップ参照

          時間                 内容             講習料
第一部 10時から12時30分     「姿勢・7号食・食の秘密」     2000円
第二部 13時30分から14時45分 「ツンツン・セラピー」        2000円
第三部 15時から17時         「心の癖を探るエゴギョウ講習」 2000円   
※全講習受講者は講習料 5000円



posted by 変才冨田 at 14:25| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月30日

料理にも現れるエゴギョウ

以下は今度の国境なき料理団を招いての企画をされた古川女子からのコメント。

失礼なんですが、名前の通りというか・・・・。
㊟ラインのIDがhiruandnということかな?

さて、先生、お料理居室の募集にあたっても、火性と水性の引っ張り合いっこしている人がけっこういるように思います。 それから、それから、金性人は・・・と、いろいろ勉強になります。 なんでも早く答えを出したい私にとって、待つというこの仕事は、 大変勉強になります。 私憤を公憤へ。 小さな悩みは大きな悩を持つことで解決する。 と言い聞かせています。 だんだん、ばたばたとしなくなったようにも思います。 明日、♭に行きますので、そのときにまた。

私からのコメント
なるほど、性格っていうのは料理の局面でも色濃く表れるってことですね。
おむすび一つとっても、金性人は固く握って塩も多いし、水性の人は出来上がった見栄えを気にするし、土性人はいろいろ工夫をして美味しくしようとしますね。
火性人は面白さに命をかけるところがあります。
木性人は大きさや味にばらつきがないように分量の計算にいのちをかけますね^^
posted by 変才冨田 at 21:45| Comment(3) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エゴギョウ通信カウンセリングを始めています。

すでにお申し込みもいただいています。

過去に(十二年前作成)高校生用のカウンセリング・シートは作っていましたが、今回は一般対象で作っています。

そういうことで回答は一週間かかりますがきっと今後に活かせると思います。

最新のエゴギョウの解釈で書いています。

170問に回答いただいてからの作成になります。

一般解説 2000円(消費税別)

それに加えて特別なカウンセリングシートが必要であれば 4000円(消費税別)

「家族問題」「仕事問題」「恋愛問題」「教育問題」とどれか一つを添えていただければ、それぞれ回答します。

お申込み先
050−1193ー9391 BL研究所
メール tetu.tomita@gmail.com

posted by 変才冨田 at 18:44| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月17日

社会貢献 エゴギョウ中級 自信の源泉は金性からはやってこない2

実は「ライフ・ワーク」ということを意識されていあなたは
これを求めているのです。

この世界が競争社会であるという現実はあるのですが
それは仮象なのです。

勝つことを目的にした生き方は優越感や劣等感だけをもたらします。
その感情自体が実は本当に生きていないという仮象の世界からくる感情なのです。

ではこの社会の本質はなんなのでしょうか?

これを知ることで世界は風景が変わってきます。

続く

社会の本質は「相互扶助」にあります。

助け合うことで人は幸福を拡大してきたのです。

現在の世界の様子を見ると、そうは信じられないですが・・・。

反対者を殺すことで喜びが得られるなんて地獄の様相を呈しています。

けれど、多くの人々は自分が他者を支えていると実感することで大きな喜びと幸せを感じて生きています。

そう、自信とは人を支えることと支えられている時に感じる心なのです。

わたしは40歳までライフ・ワークを求めていました。

それは人を支える喜びを無意識に欲していたのです。

感謝されることで「意外と自分はイケてる」という自信が欲しかったのでしょう。

ライフ・ワークを求めている人はこれを求めているのです。

仕事冥利に尽きるという体験をたくさんさせていただき
わたしもやっと人がましい(人間みたいな)ことができるようになりました。

自信のようなものが芽生えました。

感謝されもしないのに自信があると言える人は、それは根拠なき虚勢です。

さて
お金って、その相互扶助をより円滑にすることに役立っているのです。

お金を使うことは相互扶助なんですね。

したがって、「子孫に美田を残さず」の西郷翁の真意がわかりますね。

お金をため込むような生き方は利己主義だと言っているのです。
お金は世間に回すものです。

お金を使うとは誰かを助けることで自分も助けられているのです。
お金自身の意味に「パンとパン以外のモノ」という生き方の二重性が隠されているのです。

お金をため込むことは相互扶助性を封殺することになり、それはお金のマニアであり、それ以外のなにものでもありません。

受けた恩はお金を使い切ることで社会貢献なのです。

え?
でもお金をためておかないと不安?

そこに現代社会の矛盾があるわけですね。

posted by 変才冨田 at 21:01| Comment(1) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

社会貢献 エゴギョウ中級 自信の源泉は金性からはやってこない1

わたしは幼稚園のころから大人になる自信がありませんでした。

お昼休みになると全員が遊具置き場に殺到して奪い合っていました。

わたしもそれが欲しかったのですが後ろの方でその奪い合いを眺め

到底遊具を獲得できないと思い、あきらめました。

そこで、反対側にある池に奔っていくことにしました。

そこにはカメがたくさんいました。

独りだけでカメを眺めていたのです。

お昼休みになるとみんなの流れる方向の反対に奔っていました。

「子供さんはおかしいですよ。遊ばないで一人でカメを見ていますよ」

と母に心配そうに告げたそうです。

その原因は「競争に勝てない><」という自信のなさだったのです。

体力も学力も集中力も劣るという三拍子で(良かったのはハンサムだったことだけ笑)
これでは大人になれないなと思っていたものです。

今から考えると自分の属する社会は競争なんだというイメージに捉えられていたようです。

あなたは自信がありますか?

もし「自信がない!」ということだったら、よく考えてください。
それはたぶん「競争に勝てない」という思いが深いところに巣食っているのではないでしょうか。

その自信のなさは男性だったら虚勢(自信ありげに振る舞う)として表現されたり、あるいは無気力として表現されているかもしれません。

女性であれば周囲の人間関係に流されていくという態度になるかもしれません。

中学生の頃です。

身体に不自由な生徒がクラスに転校してきました。

家が近くということもあり自然にその子の車いすを押して登下校することになりました。

毎朝その子の家に迎えにいくと、その子のお母さんは笑顔で僕を迎えてくれて「ありがとう、ありがとう」といつも声をかけてくれました。

そのせいか毎朝楽しくなったのです。

その子は一学期だけで再度転校していなくなりましたが、最後の日にその子のお母さんが家に来て泣きながら僕に感謝の言葉を言ってくれました。

なんとなく自分が偉くなった気がしたものです。

人に感謝される喜びを知った体験でした。


実は「ライフ・ワーク」ということを意識されていあなたは
これを求めているのです。

この世界が競争社会であるという現実はあるのですが
それは仮象なのです。

勝つことを目的にした生き方は優越感や劣等感だけをもたらします。
その感情自体が実は本当に生きていないという仮象の世界からくる感情なのです。

ではこの社会の本質はなんなのでしょうか?

これを知ることで世界は風景が変わってきます。

続く








そして40歳になるまで自信がなかったのです。

posted by 変才冨田 at 01:46| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月16日

エゴギョウ分析について

コメントがありました。
エゴギョウ分析は、本当に役に立っています。 自分にとっても仕事でも、なんでも。 生き方も楽になりますよね。 多くの方に知っていただきたいです。 ちなみに先生18日は東京ですか。 私も18日東京にいますが、入れ替わりに神戸に帰る感じです。

回答
あなたの場合は100%以上役立っているようですね。

ライフ・ワークを求めるような生き方をしてきた人には本当に100%以上の活用ができています。

前回エゴギョウ分析の告知をしました。
一般的な回答と+個別の回答の弐種類ですが

個別の回答を求める方は特に「恋愛について」「家庭内問題」「子育てについて」「会社での人間関係」「進路」など書いておいてもらえればより役に立つメッセージがもらえます。

希望者は tetu.tomita@gmail.com

又は090-6067-5519

にお申し込み下さい。

質問用紙を送付します。

氏名 ご住所 電話番号をご記入下さい。


費用は一般的メッセージは2千円で

特にこれを知りたいということがあれば

個別に対応したメッセージもあります。
「恋愛について」「家庭内問題」「子育てについて」「会社での人間関係」「進路」など書いておいてもらえればより役に立つメッセージがもらえます。

その場合の料金は4000円です。


また、定例のセミナーもありますので、さらに深めたい方はご出席下さい。


関東方面は18日大門の塚田農場の研修センターで18時からあります。




posted by 変才冨田 at 22:31| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エゴギョウの正式版

エゴギョウは簡易版の50問だけとお思っていられる人が多いのですが、170問ある正式版があるのです。
それを処理すると詳しい分析がなされたメッセージが届きます。
これからの指針を探るためのヒントがたくさん得られます。

希望者は  tetu.tomita@gmail.com
又は090-6067-5519
にお申し込み下さい。
質問用紙を送付します。
氏名 ご住所 電話番号をご記入下さい。

費用は一般的メッセージは2千円で
特にこれを知りたいということがあれば
個別に対応したメッセージもあります。
その場合の料金は4000円です。

また、定例のセミナーもありますので、さらに深めたい方はご出席下さい。

関東方面は18日大門の塚田農場の研修センターで18時からあります。

posted by 変才冨田 at 16:27| Comment(1) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月18日

気分を語る5

少し過去に書いた文章は題名は違っていますが、「気分を語る」に関連したものでした。

集めておきますので参考にしてください。

「流されていいのか?」

流れのままに生きる、というのは自然流のように聴こえますが
事実は流されるということです。

自分の感情や意志を大切にしないということで、自己軽視になっています。

どこかに子供である自己を置き去りにしています。

自分の周辺に起きるできごとをどこか遠くで見ており、自分という使いこなさないといけない道具をなんとなく見ている。

この道具は使われたがっているので「なんとかしてよ」と奥底から突きあがってくるものです。

いったい「わたしはなにをしたいのか」?

どう使えば私という特別な道具は役に立てるのか?

道具はそこに置かれているだけでは意味をなさない存在です。

優秀な道具ほど
「わたしを使え!」と突き上げてきます。
天命を知ることなのですが・・・。


「無知の罪」

なにも知らないでこの世界とバイバイしたくないですね。

知識のことではなく、自分自身の行動原理がどこからやってきたものなのかを知りたいものです。

わたしは自分自身には一切の関心や興味がなく生きてきたものです。

むしろ、そのように自分自身を調教してきました。

けれど、最近は自分に多大な関心を寄せているのです。

それを知らないで生きているのは夢遊病で生きていることと同じで、これは自己への罪です。

その罪は周辺を侵食するのでさらに罪を重ねることになります。


知る方法は唯一あります。

それは自分の気分をどう観察するかです。

自分を大切にする方法とは、自己(インナーチャイルド)の気分の流れを観察することだろうと思えます。

自分の感情を軽視しないこと、なかったことにしないことです。

気づけば表現することです。

いったん表現を許された子供の感情は暴風となって荒れ狂うことでしょう。

それを観察することです。


「真に生きると苦しくなります」
「真に生きる」と苦しくなります

良い意味で自己中心で生きるようになると

たくさんの悲しみに出会うことになります。

自分を大切にするというのは、具体的に云えば自分の気分を無視しないことということです。

気分の多くは自己そのもののことで、インナーチャイルドから発しています。

蓋をして子供を閉じ込めているうちは、あまり悲しみに出会うこともありません。

そういう意味で水性を強めたり、火性を弱めたりしているのは

孤独感という苦痛からの回避になっているのかもしれません。

その回避癖というものが鬱の気分を起こしています。

自分の気分を表現できるようになると、自分のなかの少年少女が生き返るので困ったことも起きます。

表現されたものが他者に受け止められなかったとき、悲しみや孤独感が押し寄せてきます。

それが「今を生きる」っていうことです。


表現されたものが他者に受け止められなかったとき、悲しみや孤独感が押し寄せてきます。

それが「今を生きる」っていうことです。

と、前回書きました。

どういう悲しみや孤独感が押し寄せるかというと

これは遠い過去の記憶です。

内部の子供がいろいろ動き始めると、過去の遠い記憶もよみがえるのです。

それとの対峙をすることになるので、とても苦しいのです。

過去の寂しさや孤独感の解決を「今」することになるのですが

これが解決できない時に苦しむわけです。過去と同じ感情体験を再現することになります。

問題は解決するまで繰り返すわけですね。



けれど、土台の部分の欠乏マインドがどのようなものであるかが理解できるのは進歩です。

解決できなかった感情記憶はその後の生き方を当たり前でないものにします。

わたしなんかは「自分の感情はなかったことにしよう」という、自己無視の生き方になるわけです。

自分の感情は無視できない、そういう人との関係性も苦手になりそうです。


「根のない草」
根の無い草

植物はしっかり土に根を張ることで、植物は「しっかり感」をもっているはずです。


動物はその根をおなかに折りたたんで移動するようになりました。

動物にとってはおなかを丈夫にしておくことが「しっかり感」になるでしょう。

さて、人は社会をつくったことで人間になったのですが、

人間としての根はどこにあるのでしょうか。

その根は周辺の人々のなかに張るはずでしょう。

その根がはずれた人はおそらく「しっかり感」から離れた感覚になっているでしょう。

存在感というものは人との関係性が緊密なほど増すでしょう。

ただし、いくら関係性をもっていても自分を見失って他者に合わせるだけの生き方をしているようでは、これも本人は存在感が希薄でしょう。




posted by 変才冨田 at 14:26| Comment(2) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

気分を語る4 火性の強化方法

ツンツンセラピーをしているときに少しも痛いという反応を見せない人がいます。

訊けば「痛いです」と言うのです。あるいは「痛みは感じない」とも言うのです。

前者は我慢、後者はもはや我慢過剰で鈍感です。

人との交流で自分が「なにかモヤモヤしている」と感じたら、そのモヤモヤの中身をよく観察することです。

そのなかに自分が主体的に生きたいという心根が隠されているのですから。

それを理解したら率直に相手に伝えることです。

観察した後なので冷静に伝えられるはずです。

それを繰り返しておけば感性は鋭くなることでしょう。

なかったことにする、という態度が自分を軽んじるということなのです。
posted by 変才冨田 at 13:48| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月14日

認証することを求めないで、認証する人になろう

小さい子供に「○△ちゃんはかわいいね」と毎日言っていると

その子が「お母さんもかわいいね」と言い返されたそうです。

これが認証返しという現象です。

そのお母さんはその子に毎日「好きだ、好きだ、好きだ・・・」といい続けているそうです。

そうやって認証を繰り返された子は大きくなれば

容易に人を認証できる人になります。

あなたのこと好きです、という言葉は大きな認証なのですが

その他者にとって非常に大きな自信を与える「好きです」という言葉を言わないでおいて

自分への認証を求めることが本末転倒なのでしょう。

posted by 変才冨田 at 02:03| Comment(1) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エゴ行中級講座 自分の感情を認証する

他者に認められる、ほめられることばかり考えていると自分を全うする生き方ができません。

他者を認証することに主眼を置いておくのです。

他者を認証する行為は自分を認証する行為にほかなりません。

さらに他者を認証したとき、その認証を担保するだけのあなたでないと認証の度合いも薄まります。

フランスの名だたる賞を総なめにした画家の松井守男さんは自信を失っていたときに

ピカソから「お前は才能がある」と松井さんの眼を覗き込むようにして断言されたそうです。

松井さんはそのピカソの目に吸い込まれそうになって良い暗示を受け取りました。

その話は松井さん本人から聞いたことです。

その松井さんにわたしは「あなたは特異な才能を持っているね」と言われました。

天才の松井さんに言われたわたしも良い暗示を受け取りました。


さて、他者を認証するには言葉なども要らないのです。

その人の眼さえ見ておればいいのです。

認めるとはミトメル→見て止めることだからです。

身体をその人の真正面に向けて、眼を見てその人の話を聞けばいいのです。

明日、実行してみてください。

すぐにあなたもその人から認証を受け取ることができるでしょう。

一般に土性の高い人はそれをしています。

土性の低い人は意識的に実行しましょう。

さて、火性は感覚、土性は感情です。

土性の高い人でもできていないことがあります。

それは自分の感情を味わうということです。

感情は自然に湧いて、自然に消えてゆきますね。

その感情を認証することは自分を認証することです。

自分の感情を無視する、感じていないふりをすることは自己否定です。

通り過ぎた感情を味わうことで、その感情の意味を知り、自分への認証を可能にできます。

無視された感情のなかに大きな意味があるのです。

そんな怒りはいけない感情だと思ってなかったことにしていませんか?









posted by 変才冨田 at 01:54| Comment(1) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月12日

低血糖症と生理痛 エゴギョウセッションから

今日のエゴギョウセッションにお母さんが参加されており、終わった後で気になったのか、娘さんを伴ってこられました。

経絡の測定から見えたのですが、18歳高校生強い生理痛で苦しんでいます。

低血糖症候群に陥る人のパターンがでました。
かなり極端に出ました。

生理痛の原因に骨盤内臓器の変位ということもありますが

彼女の場合は甘いものの過剰です。

生理が早い目にくるのもそれが原因です。

そして情緒不安定もあります。


彼女も土性が高いです。そして「他者を認証すること」に秀でています。

それはまともに目を見て表情や返事が真正面です。

いい美質なのですが、それだけに男性に「勘違い」されることになりますから要注意です。

彼女は金性も高いので、女性特有の細かい支配を男性にしてしまいます。
嫌われる理由にもなるのです。


posted by 変才冨田 at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「エゴギョウ中級講座」エゴギョウのグループセッションはおもしろい

本日は初の試みをしました。

いつものエゴギョウ講習はエゴギョウの論理の説明が主で、参加者それぞれが「自分で気づきを得ればいい」ということでした。

今回はそれぞれのエゴギョウの形からわたしが直感的に気づいたことを「人生の課題」として提示するセションです。

それぞれ「自分の課題」について気づきがあったようです。

母娘さんで参加されていたなかに、娘さんが水性18点でした。火性は若いのに8点。

そうなった理由が本人たちには「判らない><、謎!」ということでした。

ヒントはお母さんの「この子はゴンタでした」にあったので、

娘さんから見てお母さんがどのように見えているかというエゴギョウをしました。

娘さんがお母さんになったつもりで回答するのです。

結果が出ました。

その結果をわたしに報告される前に、すでに原因が二人にわかっていたのです。

見れば娘さんから見たお母さんの金星性は19点だったのです。

金性人が水性人を創るという法則どおりでした。

娘は「お母さんはいつも言っていたよ。そんなことをするとお友達に嫌われるよって」

そしてお母さんは非常に正義や道徳を重んじていたのです。

その結果「人に嫌われない」という目標で彼女は生きてきたのです。

だから「どうやってこれから生きるのかわからない・・・」という状況になっていたのです。

マスコミが権力者に嫌われないために自主規制をして、マスコミとしての生き方を見失ったことと通じるものがあります。

彼女は土性も非常に高くて大学では「引きこもり支援」のボランティアをやっています。
土性が高いので向いているのですが、その中には「褒められる行為」の意味もあるのです。

道徳的な行為や発言はお母さんの価値観にあるので、きっと「褒められた」はずです。

土性・水性の高い人のなかに「褒められて育った」人が一定数存在します。
posted by 変才冨田 at 21:39| Comment(0) | TrackBack(0) | エゴギョウ中級編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする