玄米を食べ続けて50年
マクロビオティックの創始者・桜沢如一先生が、提唱した半断食法「七号食」を何度も実践した結果、「未精製の穀物(玄米・古代米・雑穀米)を好きなだけ食べても7号食と同じ効果が得られる」事を発見、『トミタ式七号食』の普及に努めています。

ブログ記事も8000を超えました!


2015年01月18日

塚田農場での夜学

今から夜行バスで帰阪するところです。
今日のまとめ

ピーターの法則について
その役職に就任して期間が長い人は無能のレベルに達している。
何故なら有能であった人は早く昇進するからだ。
けれど昇進した人でもどこかで無能のレベルに達する。
無能のレベルに達したところで、昇進が止まり、そこの役職が長くなる。
その結果、会社は無能者ばかりになってしまうのだ。
会社の業務がスムースに流れなくなってトラブル続出というよく見かけるところになる。

無能のレベルに達しても降格がないので無能集団が出来上がる。

これがピーターの法則と云います。

では無能のレベルに達してしまったらどうするのか?
有能を発揮する方法はないのか。

ここからがセミナーの中身です。

続く
posted by 変才冨田 at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月24日

社会的使命

先生へ 今日もありがとうございました。 また、皆さんに調査用紙についてお話できて、 子どもたちの様子を知っていただいたことも楽しい経験でした。

調査用紙、企業研修でも使っていただけるみたいなので、 月曜日か火曜日に、職場から、最新のデータを送らせていただきます。

また、何か発見があったらお教えください。 全体に調査することも考えてみます。 ちょっとびっくりしたのは、文科省の「心のケアの」発表が当たるかもしれないので、先生が全国で発表して・・・と言われたことです。

一応断っているのですが、どうなるかわからないので。

終了
みんなの悩みの解決になることに自分のしていることが役立つ。

それに気づくことが「使命」なんです。

「使命」を感じるとき、それは天からあなたが「指名」されたということですよ。
posted by 変才冨田 at 00:46| Comment(3) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月01日

自分を好きになる方法2

自分が嫌いだと考えている脳というのはどうなっているでしょうか。

おそらく「感動できない脳」になっていることでしょう。

脳は自己成長します。

自己成長に欠かせないもの、それが感動です。

ですから子供は日々感動しているのです。

逆に感動できない脳は自己崩壊をきたします。

痴呆症などというのもこれだと思うのです。

あまりにも内部の子ども性を否定して生きてきた人は、最終的に内部の子供が暴走して子供がえりを起こすことでしょう。

自分が嫌いなどと言っていても、感動できる体験をしているのなら、それは大丈夫。

感動できる脳は自分が好きなのですから。


さて、若くても感動とは程遠い生活を過ごしている人も多いです。

そういう人は若くても広い意味で痴呆症になっています。

鈍感とは痴呆への一里塚なのですから。

それに身体への鋭敏さも重要です。

筋反射テストで自分の体に起きた現象を信じられないという人もいるのです。

意識化の強い生き方をしている人々です。

自分の考え一つで体も心も支配できると信じている脳のあり方です。

こうした支配性の強い考え方も感動とは遠い生き方になります。

エゴギョウ的に解釈してみましょう。

火性の子供心が痴呆にならない根っこです。

そして、土性の他者に対する共感能力も重要です。

この二つの心は感動するために存在しています。

逆にキチキチと他者や自分を律する金性が高いと自由性を損ないますので感動が遠くなります。

水性のおそれ心から生じる臆病さに支配されている生き方をしている人も自由を損なっていますので

毎日が憂鬱になり感動できない心をつくります。


もう一度言います。

感動の真っ最中を経験している脳は高揚感があり、自己創造の真っ最中でもあるのです。

感応できる体験にこそ「自分が好き!」があるのです。

ですから誰でもワンパターンの生き方や行動をしていてはいけません。

ワンパターンは脳にとっては繰り返しの体験ですから「その体験は無かったこと」になります。

もちろん技芸の分野ではこの繰り返しが必要です。

繰り返すことで脳に刻み込みがされて長期の記憶化ができるのです。

楽々こなすことができるようになった脳はさらに高次の世界へあなたを連れていくでしょう。












posted by 変才冨田 at 20:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月26日

自分を好きになる方法

夜学で質問されました。

実は誰でも自分が好きなのです。

嫌いだと誤認しているだけで本当は好きなのです。

たとえば、大好きな人のことは気になりますよね。

食べていなければ食べて欲しくて彼のためになにかつくったりするかもしれません。

同じことを自分にしているはずです。

お腹が空けばおいしいものを食べさせようとするでしょう。

お腹が空いたと泣いているのは自己です。

あなたも自己の欲求を解決しようと、自己を快適にしようとかいがいしく世話をしているはずです。

自己が好きだからです。

本当は自分のことが好きなのに「嫌いだ!」と考えているのは事実誤認なのです。

どうしてそういう誤解をするかというと

自己(インナーチャイルドのこと、火性です)とのコミュニュケーションがうまくいっていないからです。

「愛があればコミュニュケーションが成り立つわけでなく、正常なコミュニュケーションのあるところに愛は成立する」のです。

自己と上手に分かり合える方法は自己から湧いてくる気分を十分に観察することです。

自己は観察してもらえれば満足するのです。分かってくれていると満足します。

同じ意味で親子も上司と部下との関係も友人関係も相手の気分を観察して共感することなのです。

すべての人には上下がなく一個の人間として相手の気分を、自分の耳と目と感情を使って相手になってみるのです。

自分のなにが嫌いなのでしょうか?

おそらくそれは親に否定された自己という子供が嫌いなのです。

子供時代に親に否定されたやり方で、あなたもかつての親のように「あんたが嫌い!」と言っているのです。



posted by 変才冨田 at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月04日

無知の罪

なにも知らないでこの世界とバイバイしたくないですね。

知識のことではなく、自分自身の行動原理がどこからやってきたものなのかを知りたいものです。

わたしは自分自身には一切の関心や興味がなく生きてきたものです。

むしろ、そのように自分自身を調教してきました。

けれど、最近は自分に多大な関心を寄せているのです。

それを知らないで生きているのは夢遊病で生きていることと同じで、これは自己への罪です。

その罪は周辺を侵食するのでさらに罪を重ねることになります。


知る方法は唯一あります。

それは自分の気分をどう観察するかです。

自分を大切にする方法とは、自己(インナーチャイルド)の気分の流れを観察することだろうと思えます。

自分の感情を軽視しないこと、なかったことにしないことです。

気づけば表現することです。

いったん表現を許された子供の感情は暴風となって荒れ狂うことでしょう。

それを観察することです。

posted by 変才冨田 at 17:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

流される生き方となにをしたいのかということ

流れのままに生きる、というのは自然流のように聴こえますが
事実は流されるということです。

自分の感情や意志を大切にしないということで、自己軽視になっています。

どこかに子供である自己を置き去りにしています。

自分の周辺に起きるできごとをどこか遠くで見ており、自分という使いこなさないといけない道具をなんとなく見ている。

この道具は使われたがっているので「なんとかしてよ」と奥底から突きあがってくるものです。

いったい「わたしはなにをしたいのか」?

どう使えば私という特別な道具は役に立てるのか?

道具はそこに置かれているだけでは意味をなさない存在です。

優秀な道具ほど
「わたしを使え!」と突き上げてきます。
天命を知ることなのですが・・・。






posted by 変才冨田 at 16:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

真に生きると苦しくなる2

表現されたものが他者に受け止められなかったとき、悲しみや孤独感が押し寄せてきます。

それが「今を生きる」っていうことです。

と、前回書きました。

どういう悲しみや孤独感が押し寄せるかというと

これは遠い過去の記憶です。

内部の子供がいろいろ動き始めると、過去の遠い記憶もよみがえるのです。

それとの対峙をすることになるので、とても苦しいのです。

過去の寂しさや孤独感の解決を「今」することになるのですが

これが解決できない時に苦しむわけです。過去と同じ感情体験を再現することになります。

問題は解決するまで繰り返すわけですね。



けれど、土台の部分の欠乏マインドがどのようなものであるかが理解できるのは進歩です。

解決できなかった感情記憶はその後の生き方を当たり前でないものにします。

わたしなんかは「自分の感情はなかったことにしよう」という、自己無視の生き方になるわけです。

自分の感情は無視できない、そういう人との関係性も苦手になりそうです。







posted by 変才冨田 at 13:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「真に生きる」と苦しくなります

良い意味で自己中心で生きるようになると

たくさんの悲しみに出会うことになります。

自分を大切にするというのは、具体的に云えば自分の気分を無視しないことということです。

気分の多くは自己そのもののことで、インナーチャイルドから発しています。

蓋をして子供を閉じ込めているうちは、あまり悲しみに出会うこともありません。

そういう意味で水性を強めたり、火性を弱めたりしているのは

孤独感という苦痛からの回避になっているのかもしれません。

その回避癖というものが鬱の気分を起こしています。

自分の気分を表現できるようになると、自分のなかの少年少女が生き返るので困ったことも起きます。

表現されたものが他者に受け止められなかったとき、悲しみや孤独感が押し寄せてきます。

それが「今を生きる」っていうことです。

posted by 変才冨田 at 11:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月03日

気分を語ること2

気分というものは刻々と変化します。

自分の気分にもっと注意をはらうのです。

機嫌が良くないという状況は常にありますよね。

そういうときの仕事への取り組み方や、対人対応力というものは悪化するに決まっています。

そういう時に好き嫌いが生じる魔の時間でもあるのです。

気分屋さんといのは自分の機嫌をコントロールできない人のことをいいます。

他者や環境のせいにして、それらに支配されているのです。

自己中心で生きていないとそうなります。

逆に自己中心で生きている人は、自分の気分を大切に扱うので常に機嫌よくしようと心掛けているのです。

そういう人は 今 まさに その瞬間に気分を相手に伝えるのです。

犬をみてください。

彼らは率直に飼い主に対して尻尾を振って歓迎するだけでなく

帰宅してきた家族を全身で小躍りして喜ぶところを見せてくれるではないですか。

その歓待ぶりは、飼い主には経験がないようなもので感動するわけです。

自分の気分を表すのに素直な人が、自己尊重感も高いのです。

移ろう気分を観察して表現しましょう。

それができたら次のステップに上がれるのです。
posted by 変才冨田 at 13:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月01日

自分が変わろう!

あらゆる不満や怒りなどの感情は、わがままな心から突きあがってくるものです。

そういう時は暗い塊になった欠乏マインドが突き上げているのです。

そういう時はチャンスです。

なにが欠乏しているのかを

己の感情をよく観察することで明るみに出すことができます。



posted by 変才冨田 at 16:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月30日

心身お掃除隊 隊員募集開始

近く、7号食の本が出ますが、それに合わせて日本中の人の心身をお掃除する決心をしました^^

ミッションは「周辺の人の心身をクリーニングして、日本を変える!」

「お米と大豆が日本を救う」

と、わたしは常々考えていました。

そこで10年前から玄米や大豆の普及に取り組んできたのです。

けれど、今のままじゃあ遅々として進まず、これでは社会的使命に応えられない><

そこで、圧倒的多数の有志を募り大々的に玄米の普及活動に乗り出します。

それには玄米を普及することで生活も成り立つ、最低でも自分のお米代は無料で手に入れることができる

そういうシステムを考えました。

皆さん!

僕と一緒になって

みんなの心身のお掃除を手伝いませんか!

このミッションに参加する資格は

@ 7号食を実践してレポートを提出する。
A 学ぶ

これだけです。

全国どこでもできます。

そのために、ユーチューブでのセミナー受講やDVD受講、スクーリング、合宿などを活発に行います。

詳しく知りたい方は

tomita@shunki.com
へどうぞ。







posted by 変才冨田 at 12:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月26日

自信の付け方1

自信がないです。

そういう人でも自身のあることは無数にあります。

食事はどうでしょう。

食べることに自信がないという人もいますが、ほとんどの人は毎日平気で食べています。

自信があるのです。

人は毎日でかけます。

ほとんどの人は歩くことに自信があるからです。

でもそういう毎日やっていることは無自覚ですから、まさかそういことに自分が自信をもってるなんて考えもしません。

みんな自信があるので毎日を生きているわけです。

ほんとうは自信をもっているくせに、どうして自信がないなんていうのでしょう。

わたしはうまく話せない、うまく書けない、動作がのろい、早くできない・・・。

それらの言葉の先頭には「あの人のように、あの人みたいに」が付いています。

比較しているのですね。

つまり「自身がない」という人は他者と比較するOSが染みついているのです。

「できる、できない」ということも他者との比較をしています。

したがって、そういう人は「自分の方があの人よりマシ」という感じ方ももっているのです。

人の上に人を創り、人の下に人をつくるのは、これ、仏教では餓鬼道というのです。

餓鬼の姿の絵がありますが,三種類あります。

素っ裸で痩せて飢えている餓鬼、服は着ているけれどもの欲しそうな餓鬼、上等な服を着た肥満した餓鬼です。

ここですでに比較がでていますね。

比較することが無間地獄に入る入り口で、餓鬼の仲間入りをすると常に嫉妬し、蔑み、自慢するようになります。

自信がないなどというのは無間地獄の入り口に立っていると考えた方がいいでしょう。



posted by 変才冨田 at 20:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月21日

動物ネタ

二人の方が偶然ですが「キリン」だと回答されました。

これをどう解釈するかを今書くと先入観ができるので回答はもう少し後で。

ただ、キリンの黄色と黒のコントラストには重要な深層心理的な意味があります。

浅利診断を学んだ方は考えてください。

もう一つ首が長いものをなぜ選んだかということです。
posted by 変才冨田 at 12:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月20日

あなたはどんな動物?

久しぶりの動物ネタです。

あなたはどんな動物?

自分が動物になって動物園の檻に入れられています。 どんな動物ですか?
コメント欄にどうぞ。

ニックネームだけ書けば投稿できますよ。

posted by 変才冨田 at 13:38| Comment(5) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月17日

人をいつまでも責めるという依存症

以下は2012年の記事です。

今日は復古版ばかりですねー。


理不尽な体験は誰にでもありますよね。

その理不尽に怒りがこみ上げてくるのも自然な感情です。

でも、いつまでもその感情にあなたが支配されているとしたら

ソレはあなたが未熟だってことです。

聞き分けのない子というのは父母が約束を破ったときに

いつまでもそのことにこだわって親を攻めます。

そのまま歳だけくってしまったような人もいます。

成熟とは自分のなかの聞き分けの無い子供に対して言い聞かせることができることなのです。

言い聞かせる役割の木性を育てられなかった人は

子供が生の声でその理不尽をいつまでも言い募ります。

「あのとき親にこうされた、ひどいことを言われた」と

だから今の自分はしかたないのだと。

こんな人間にしたのはだれかのせいなのだと言い張ります。

つねに悪いのはあなただと言い張ることになります。


大人になるとは理不尽な過去をそのまま受け止める覚悟ができることなのです。

自分のなかのむずかる子をあやすことができない人は

いつまでも子供なのです。

終了

読み直していて追加が書きたくなりました。

いつまでも人の責任にしている状況というのは

解決したくないのですよねー。

解決というのは未来志向です。

こういう人は今を生きていないのですね。

やはり依存の一形態なのですね。

いつまでもトラウマにせいにしてはいけないのだ!
posted by 変才冨田 at 23:53| Comment(1) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

認証は再生への土台になる

これは2006年の記事

食べ物で生かされているのか?

わたしたちは「食べ物で生かされている」という表現をしますが、
正しいでしょうか。

本当は「死んでしまった食べ物が生きなおしている」姿なのではないでしょうか。

生あるものの弁証法的な発展が「食」といえます。

終了

なかなか、いい発想していますね(自画自賛)

過去の文章は自分で書いておきながら、どこかの誰かが書いたかのように思いますね。

上記の文章少し手を加えます。

「死んでしまったものが、いったん食の形に姿を変えて(自己否定)から

自分を食べる生物によって肯定され、それによって死んでしまったものが再生するのです」


肯定とは認証ということであり、認証されてこそ再生するわけです。
posted by 変才冨田 at 21:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ひぐらしに学ぶ

以下は昨年の夏に書いた詩です。

今年の夏はいつもの「降るような星」巡りにも行けませんでした。

小学5年生に観た「降るような星」をいつか見たいと願っています。


2013年挽夏夕刻の頃

「ひぐらし」のいる森にて

http://www.youtube.com/watch?v=QKU2mMGAfW8&feature=related

以下の詩は上記をクリックして彼らの語りを聴きながら鑑賞してください。

今年の夏は山中の「ひぐらし」とともにありました、


「ひぐらし」の永遠と刹那について

ひぐらしはたった一つの事を為すために地上に這い出たのです
ただそれだけのために 消化器官も捨ててきたのです

雄のお腹が空洞なのは より鳴き声を遠くにいる雌に届けるため
雌のお腹は消化器官の替りに卵だけで一杯に膨れ上がっているのです

彼と彼女は
たった一つのことを実現するためにだけ この世界へやってきたのです

なんと、きっぱりとした、潔い生き方なのでしょう

ひと夏の限られた時だから 身を振り絞って鳴き続けるのです

もっとも大切のことだけを その凛たる鳴動は森を突き抜ける刃となって 語り続けるのです

終了

自作の詩の解説など無粋ですが・・・

ひぐらしと比べて、わたしたちは余計なことばかりしているように思えます。

余計なことを為すためにだけこの世界にやってきたかのようですね。

かくて、みんな余計な贅肉をくっつけて、部屋はゴミであふれて、魂はゴミのような考え方に覆われてしまい

輝きを失っています。

堀辰夫さんの「風立ちぬ いざ、生きめやも」

を思い出します。

一陣の風が余計な考え方を吹き飛ばし

わたしの魂は いざ!  と 雄叫びをあげて

たった一つのことに視線を向けようと動き出します

posted by 変才冨田 at 16:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月16日

認証は人間らしい行為 こんな男はすぐに別れなさい

人という動物の話ではない。

人間の話です。

人は協力し合うことで人間に成れた。

そのために言葉を生み出し発達させた。

協力し合うために言葉が生まれた。

言葉は相手を認証することからしか始まらない。

独りで生きて行くのなら言葉は要らない。

お互いを信頼し合って協力関係が保てる。

信頼は相手への認証からしか始まらない。

個人の関係であれ、組織の関係であれ認証からしか共に生きていけないのだ。

他者に認証されることは、メンバーズ・カードを得ることであり

それはこの世界、このグループで生きていてよいという許可に他ならない。

子どもの世界での「イジメ」とはメンバーからはずされることであり

学校やその一部のグループで生きていけないということになる。

残るのは家庭だけれど・・・、家族の誰にも相談ができない場合

自殺することもありえる。

「イジメ」に遭遇することは恥ずかしいことで情けない人という価値が底流にある家庭では

相談も難しいだろう。


さて、

ビジネスの世界でも認証は大きな問題だ。

「お客様は神様です」というけれど

そういう「特別な認証」は必要ではない。

強いて言えば「お互いに神様だ」という認証の仕合だろう。

「お客様は神様です」という一方的な認証は

「お客様の持っているお金が神様です」に変質するだろう。

商品は等価交換を原則にしているので
売る側も買う側もヒフテイ・ヒフテイの関係だ。

売る側と買う側で、お互いの立場を尊重し合ってこそ物事は始まる。

売ってあげた、買ってあげたという関係でなく

売らせていただいた、買わせていただいたという関係はお互いの認証が背景になっている。

やたらとお客風を吹かせる人は私生活においても他者を認証できない人だ。

彼とレストランに行って帰る時に「おいしかったです。ごちそうさま」の声をかけられないような男なら

別れた方がいい。

物を買った後で「ありがとう」と店員に声もかけない男はやめておけばいい。

そういう男は結婚してからあなたにも認証を出せないだろう。






posted by 変才冨田 at 01:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月08日

服に現れた模様の意味2

さて、

前回の服装の模様に現れた意味です。

咽喉や気管支の問題が表現されています。

植物の中央の軸線から左右に岐れた線上の模様は、気管支そのものなのです。

そして、丸いドーナナツ上のいくつもの模様は咽喉を表しています。

つまり、このデザインをした製作者の気管支や咽喉からくる無意識が、この模様に反映されているのです。

そして

それを買った人、今日それを着てみたいと思った人の無意識の作用でもあるのです。

わたし「あなたは日頃から口呼吸になっており、いつものどに違和感を抱えているはずですが、今日はいつもよりももっと咽喉が炎症的になっているのでしょう」

彼女「そうなんです、ぜんそくでしたし咽喉が弱いです」

わたし「毎晩風船を膨らませてから眠るようにすることと、最初の一口だけでかまいませんからよく噛むことです。でも風船を膨らませるのは苦手でしょう」

彼女「そうなんです。この前そういうシーンがあってほかの人たちみたいに膨らませることができなくって驚きました」

わたし「歌も唄えばいいのですよ。吐く息が強くなりますから」

posted by 変才冨田 at 14:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月07日

服装に表現された身体の問題 浅利診断のこと 

K0010283.JPG

以前の浅利診断についての講習で学ばれた方は挑戦してください。

なにが表現されているでしょうか?
posted by 変才冨田 at 14:18| Comment(1) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月26日

「らしさ」とはなにか2

「らしさ」とはなんでしょうか。

「あなたらしさ、わたしらしさ」の正体とはなんでしょうか。

それは、あなたの目的からやってくるものなのであって、

「あなたらしさ」はあなたの中にあるわけではないのです。

このあたり説明を要します。

けれど、これをヒントにして考えてみてください。

たとえば

「赤ちゃんらしさ」ということ。

それは「わがままである」こと。

自分ではなにもできないので泣いたり、不快な顔をしたりしてお母さんをこき使います。

「可愛いこと」微笑んで見せたりして「可愛いこと」をアピールします。

これらは安全に自分が生きていくという目的にかなっています。

その目的遂行意欲が「赤ちゃんらしさ」ということになります。

つまり、「らしさ」とは過去の体験から形成されるわけでなく、これからなにを目的に生きようとしているかで「らしさ」が決まるわけです。

将来会社経営をする社長になろうという目標を持つ若者は、そのために貪欲に働き、向上心も高いでしょう。

積極果敢な精神も育てるでしょう。

その目的意欲がその人の「らしさ」を形成します。


責任ある地位に付きたくない人は「優柔不断」「迷いやすい」という「らしさ」を発揮しているかもしれません。

結婚したくない人は近づいてくる男に対して「警戒心」や「猜疑心」をもって接するかもしれません。

男性に対する不信感は「結婚したくない」という目的に合致します。

あるいは

結婚への恐れがあるので、およそ結婚できないような条件の男と交際したりもします。


つまり

「らしさ」とはどういう目的を持つかで決まるのです。

そして、なぜそのような目的を持ったかは過去の人間関係に決定されているのです。

多くは両親との過去体験で目的が決まります。

それは子供時代にさかのぼりますから

「らしさ」の中身には子供が息づいているわけです。
posted by 変才冨田 at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月25日

「ありのまままの自分と向かい合う2「らしさ」とはなにか

「らしさ」とはなんでしょうか。

「あなたらしさ、わたしらしさ」の正体とはなんでしょうか。

それは、あなたの目的からやってくるものなのであって、

「あなたらしさ」はあなたの中にあるわけではないのです。

このああり説明を要します。

けれど、これをヒントにして考えてみてください。
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2014年06月26日

私の現在につながる過去の出来事

私は過去を振り返らないようにしてきたし、自然とそうなっています。

少年時代の写真本人が現在の私ににつながっているという感覚が一切ありません。

連続していないのです。

こういう傾向は男性にはかなりあるようですが

女性は信じられないかもしれません。

けれど、いくら無視してもその痕跡が現在に影響してるはずです。

たとえば

わたしは「崇められる」ことが大好^^。

きっと前世は仏像か大粒のダイヤモンドか毛沢東の肖像画だったかもしれない。

百歩譲っても「イワシの頭」だった可能性も捨てられない。

どうして崇められるのが好きになったかというと、

小学生の時の体育の授業で高跳びがあった。

先生が「すごい飛び方をしたのがいる。君、もう一回飛んで」

と私を指名したのです。

わたしは何が何やらわからず飛んで見せました。

先生は大拍手、私もみんなもなにが?という感じ。

先生「今の飛び方をベリーロールという。オリンピックではみんなこの飛び方だ」

どうも無意識にそういう飛び方をしていたらしい。

たちまち羨望と崇拝の目が私に向けらられた。

どうやって飛ぶんや?とみんなが教えを乞いにやってきた。

できの悪い生徒がたちまちヒーローではないですか。

その時の快感よ今一度!

どうもそれが現在の「教え好き」になってつながっているらしい。

続く


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2014年06月20日

ディズニーの5

多くの人は仕事とは作業を完璧にこなせれば良い、と考えています。

それは「人生にはパンのみあればよい」という考え方があるからです。

仕事(作業のみ)をしてお金を稼いで、それでごはんを食べる・・・。

これに対して「人はパンのみにて生きるに非ず」ということが聖書に書いてあります。

これは「パンも必要だが、それだけではないよね」と言っているのです。

それはディズニーにおいては「仕事とは作業+ミッション」ということと同じなのでしょう。

ミッションがパン以外のことを指します。

わたしたちはなぜ仕事をするのか?

1 「お金を得て日々の糧を得るのだ」

これだけの仕事観だと最初の煉瓦職人と同じです。

もう一回書きますね。
煉瓦を積んでいる職人に問いかけます。

「あなたはなにをしているのですか?」

職人A「見た通りレンガを積んでいるのさ」

職人B「塀をつくっているのさ」

職人C「公園をつくっているんだよ!」

最後の職人さんはパン以外のこと、ミッションをもっているわけです。

仕事をする理由には以下の二つを満足させる必要があります。

1 仕事で賃金を得る →作業をこなせばよい

2 仕事を通して自分の心の目的を達する。→ミッションを果たす

心の目的とは「人と幸せな関係を築く」にあります。

仕事とはありがたいもので、この二つをかなえてくれるわけです。

ところがこのミッションの部分がなくなっている状況がある。

そういう場合は「無力感に覆われる」「仕事が嫌いになる」「惰性で仕事をする」「つまらない気の抜けた失敗が重なる」などが生じます。

逆にミッションを経営者が重視しすぎると、スタッフに過密労働を課すことになります。

ミッションをもったスタッフは独りブラック企業化しやすいのです。

企業から見ればスタッフが自主的にブラック企業家化してもらえればいいわけです。

したから残業代はいらないでしょう、ということになりかねません。

自主的に奴隷化してしまいます。

今評判のブラック企業というのはスタッフに「やる気」を注入することで搾取して経営しています。

パンを十分に処置したうえでのミッションでなくてはいけません。





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2014年06月13日

ディズニーの4

作業と役割に仕事を区分して、役割において「世界一幸せな場所にする」という全体のミッションを実現しようとする、これがディズニーの世界に対する仕事です。

この仕組みはよく考えると世界の仕組みでもあるので、理に適っています。

その仕組みとは、部分と全体は一つになってお互いを助けているということです。

個々の生物群は利己的に種の保存のために生き抜いているのですが、その生き方が全体と調和しているのです。

それは別スレッドの「大いなる1」で鮭の生き方について書いたことと一致します。

鮭は無自覚にやっているのですが、人間は自覚的です。

いえ、自覚的にならねばなりません。

自分のやっている行為が全体に対してどんな貢献をしているのだろうか。

そう問いかけることが自覚化につながりそうです。

煉瓦を積んでいる職人に問いかけます。

「あなたはなにをしているのですか?」

職人A「見た通りレンガを積んでいるのさ」

職人B「塀をつくっているのさ」

職人C「公園をつくっているんだよ!」

あなたはそこでなにをしているのですか?



経絡は一二経があります。そのほか奇経というものもありますが、古典的経絡は一二です。

その個別の12の経絡がそれぞれ特徴的な働きをしています。

けれども完全に個別的に働いているかというとそうではないのです。

実は全体のために働いているのです。

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2014年06月11日

ディズニーの3

大住力さんはディズニーの現場力の源泉は「作業と役割」にあるといいます。

伝説のように語られる「ディズニー・マジック」はそこから生まれているのだ、というのです。

「作業」とは誰でもができるように細部にわたって作業手順がマニュアル化されています。

その結果、すぐに業務上必要なことは躾けられます。

すると余力が生まれますね。

その余力で「役割」を果たすことになります。

「役割」とはディズニーに働く人が全員もつミッションのことです。

そのミッションとは「Give・Happiness」です。

相手が幸せになれるように自分ができる最大限のことをすることです。

その結果、自分も居る場全体に幸せな空間が現出するのです。

の幸せな空間をディズニーという場で創造すること、これが全員のミッションです。

それはウオルト・ディズニーが「世界で最も幸せな場所を創ること」を望んだことに合致します。


作業ができるのは「あたりまえのこと」と全員が考えていて、

ミッションこそわたしの役割だという認識がある。

全員がそのミッションを果たすチャンスをうかがっている・・・。

作業をして自分の仕事が終わったという認識は

遂に自分の役割を活かすことができない一生になるでしょう。

この記事のかてごりーを「心の目的」に加えています。

「心の目的」とはまさにそこにあるからです。
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2014年06月10日

ディズニーの 2

大住力さんはこれまでに様々な企画をしてディズニーの利益を上げることに貢献していました。

けれど大きな反省もあったそうです。

ディズニーは夢のある場所です。

世界で一番幸せな場所、それをウオルト・ディズニーは実現しようとしました。

なぜ、そうなのか。

現実世界はいじめや差別、戦争や、リストラなどの生活の脅威が常にあります。

そうしたことが一切ない場所、それを実現しようとしたのですね。

ですから、ディズニーランドに訪れたお客様には一切の格差をつけない、誰に対しても平等に応対して

「Give・Happy」を実現する、それが夢の場所なのですね。

この「Give・Happy」という概念はもちろん「Give・and・Take」を乗り越えています。

自分ができることをすることで他者をハッピーにする。相手の「幸せな顔」見ることでを自分も嬉しくなる。

自分ができることをすること、つまり、できることに「その人の役割」があるわけです。

その役割を果たすことで自分も含めてHappyな場ができるのですね。

ディズニー・ランドとは、そこで働くキャストが役割を果たすことで、世界で一番幸せな場所になる。

そういう信念で運営されているのですね。

そういう仕事の場を創造することが、わたしたちの課題であるわけです。

続く







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2014年06月09日

自分を活かす

魚が泳げるのは魚の力であるとは言い切れない。

水に魚を泳がせる力が基本にあるのだから。

わたしたちにとって、水にあたるものとは周辺の人間関係にあるわけです。

周辺の人間関係性を見直すことは、自分が自由に泳げる水をつくることになるでしょう。

自分が不自由なのはあいつのせいだ!

そう考えている限り自由な生き方ができないでしょう。

他者をコントロールすることばかり考えていると、いつまでたっても自由になれません。

だって、他者も自由に生きたいからです。

他者が水にあたるわけでなく

あなたの考えかたが水にあたるものです。

他者を自由にしないでは

あなたの自由もないことに気付くことが

考え方を変える契機になると思うのです。







posted by 変才冨田 at 21:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ディズニーの

大変意義深いお話を聞いてきました。

大住力さんというディズニーで働いてこられた人の感動的なお話でした。

近いうちにBL研究所でもお話していただく予定です。

彼は現在ディズニーを退社して、難病の子供たちをディズニーなどに招待する公益社団法人を立ち上げておられます。

驚きました。

世の中は広いです。

力さんはこういう仕事をして役に立ちたいとある男性に話したとき

その男性から「久しぶりに大馬鹿を見た」といわれたそうです。

きっかけは

ディズニーにあるホテルに予約取り消しの電話がかかってきました。

たまたま、力さんが電話を取ったそうです。

力「どうしてですか?」

お客「間に合わなかったのです」

聞けば娘さんが難病でしたが、ミッキーに会いたいといっていたそうです。

じゃあ、元気になったらお父さんが連れて行ってあげる、と約束して予約まで取っていたのです。

けれど、間に合わなかったそうです・・・。

それから気になって難病の子供たちは日本にどれくらいいるのだろうと調べたそうです。

そしてアメリカではどうなっているのかも。

そうした子供たちの80%がミッキーに会いたいと思っているのだそうです。

日本では約50%だったそうです。

あるアメリカ人がディズニーに招待するためにそばに家族と子供が三週間一緒に過ごせる施設をつくりました。

どんな子供も家族も一切の経費をかけさせずに過ごしてもらうのだそうです。

彼は自問自答したそうです。

(俺はそんなこともできないのか?俺の役割ってなんだ?)と。

続く
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2014年06月01日

恋愛論18 なにを捨てる?

昨日最後に来訪された39歳の女性です。

彼女はおそらく木性、火性、土性、金性高く水性は低いでしょう。

「結婚したいのだけれど、最近も別れたばかりです」ということでした。

彼女はハッキリ云えば結婚しなくてもよいタイプなのです。

けれど、結婚を強く願っています。

それはOSに原因があるのです。

お母さんは専業主婦です。

おそらくお父さんは実業家でしっかり家庭を守ってきたと思われ、彼女を大変可愛がってきた頼りになるお父さんです。

彼女はエステシャンで経営をしています。

やっよ「自分が一生できる仕事を見つけた!」と仕事にやりがいを持っています。

さて、彼女は自宅に彼を招いて一緒に食事をしようとしました。

ところが食卓に手製の料理を並べるはしから食べていったそうです。

「えっ!わたしが座る前に先に食べてる><」

「しかも、なんの手伝いもしないで料理を待っているだけ><」

こういうところにそれぞれのOSが表現されるのです。

彼女の家庭ではお父さんも含めてみんなが協力して食卓を整えてから

みんなで「いただきまーす」だったのです。

家族が共に食べることで共感性の土台を育てられてきたのです。

孤独食は彼女には考えられないことで、今でも一緒に食べたいと思っています。

彼は母子家庭に育ちました。

おそらく孤独食に馴れている。

「慣れ」とは繰り返しですから、これがOSをつくるのです。

話はさらに深まります。

久々にまだご存知でない方に問題です。

これから厳しい旅に出ます。

連れていく動物は「牛、羊、猿、虎、馬」です。

旅が過酷だったので動物を途中で捨てていきます。

最後に残した動物はなんですか?

捨てていく順番に書いてください。

その理由も考えてください。

彼女にもしてもらいましたが、彼女はなにを残したでしょうか。

続く





posted by 変才冨田 at 15:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする