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2017年09月02日

たった一枚の写真でも感動が人生の方向を決める

清水久美子さんという写真家の女性です。

フランスの写真展で展示できるかもしれないコンクールに応募されています。
一般投票で得点の高かった上位2名が選ばれます。

ご覧になって気に入ったら彼女の写真に投票で応援してください。

彼女のコメントです。

私ごとで大変恐縮なのですが、わたしは本業が写真家でして、いま、フランスで展示できる賞の最終選考に残っています。最終的に2名がフランスに行けます。
一般からの投票数で一名が決まります。
現状から、一歩前に進みたいです。いま、やれるだけやろうと動いています。
先生からの一票いただけますと大変嬉しいです>_<
お力、貸していただけませんでしょうか!

もっともっと、写真が撮りたいし、発表していきたい、、そのための経済を安定させるため、水素の活動もしています。
16歳の頃、たった一枚の写真に感動し、写真家を志しました。
人の心を少しでも豊かにできるような、そんな表現を目指しております。
自分が大切だと思うものを見失わずに生きて、その上で写真を撮っていきたいと思います。

投票は10月13日までです。
どうぞ、宜しくお願い致します!!
https://zooms.smktg.jp/public/application/add/82
「Mashallah〜花の谷の物語〜」
作者名 清水 久美子
posted by 変才冨田 at 19:23| Comment(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

なんのために、誰のために仕事しているんだろう

この問いかけは毎日、毎朝する必要がありますね。

その問いかけを忘れてしまうと、この世界の漂流者になってしまいます。

毎朝水素風呂に入って問いかける今日この頃です。
posted by 変才冨田 at 12:11| Comment(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月20日

育成コースを始めます。新しい旅を始めよう!

全く違った風景を見てみたい。

これまでとはまるで違った世界へ行ってみたいものです。

そのためには

感じ方や考え方を入れ替えねばならない。

もはや、外は変わっているのに

古い眼差しは変わっていないので

変わってしまったソレを前と同じに見てしまっている。


今ここに存在していながら

見えている世界そのものを入れ替えてしまいたい。

そのためには

自分自身を入れ替えてしまわねばならない。

世界が変化しているのに自分が変わっていないので

外界と自己の矛盾が妥協できなくなってしまって

そのうち爆発してしまう予感で怖い。

その爆発が収まった時に

前に新しい世界が広がっているだろう。


さて、僕の年齢を考慮すれば後継者を育成する必要があります。

僕の考え方と技術を引き継ぎます。

全国に多数の後継者を育成します。

僕にやっていることで

食べていけるはずです。

食べていけるという事実を作れば

もっとさらに後継者候補が生まれることでしょう。

遠方でセミナー参加が難しい方にも学べる方法を考えています。

posted by 変才冨田 at 14:43| Comment(2) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月07日

気まぐれは良い‼️

与謝野晶子は気まぐれの多かった人だそうです。

彼女の多くの仕事は気まぐれで始まり、それが代表作にもなっている。

彼女は「折々に気まぐれでしたことが私の新しい力になったと書いています。

世間的には気まぐれは悪いことだと思われているけれども、気まぐれを押し通す方が

真実に人間の力が生きているのではないかと考えている。

何かを気まぐれでしてしまうと、そのしたことの責任を負う。

問題が生じれば解決しなくてはならない。

つまり、気まぐれが自分を新しいところへ連れ出すのだ。

その気まぐれの力を彼女は

螺旋であり車だと呼んだ。

引用終了

いかがですか?

僕の今のテーマと重なっており激しく拍手したいですよ。

この話は人生というものの真実が述べられています。

皆さんもふっと気まぐれでしたことが今の自分に大きな関わりがあったという覚えがないですか?

後付けでもっともらしい理由をつけますが、

大して考えもしないで穴を掘ってしまい、意外と面白くて掘り進めて現在に至っていませんか?

僕の今の仕事も実は気まぐれで始まったことです。

ある知り合いでもない事務所に浄水器を買いに行って、たまたまグランドピアノが置いてあり、気まぐれで時々弾きに行き、そこのお客さんの健康相談を気まぐれにして
、結果現在に至るのです。

その事務所も気まぐれに浄水器のパンフレットを路上に飾り、気まぐれに風が吹いて、僕の視野にパンフレットの写真が飛び込んだだけです。

その通りを歩いたのも気まぐれだったのですね。

いくつかの気まぐれが重なって今の私につながっているのです。

さて、人生を左右するこの気まぐれとはなんでしょうか。

日頃から意識化された行動ばかり選んでいると脳が疲れてくるのです。

意識化された行動とは目的的とか義務的とかのすべきことばかりです。

したいことをしていないと心は鬱屈します。

気まぐれとは意識的な生き方の隙間に入り込んでくる得体のしれないものです。

潜在意識と言ってよいものです。

気まぐれとは潜在意識が作用したものです。

何気なく気まぐれな言動に人生を揺さぶることにつながる何かがあると思います。
posted by 変才冨田 at 23:55| Comment(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月05日

眼差しのデザイン

今日から毎朝「眼差しのデザイン」を書いてみます。

日常を違った視点でデザインします。


以下はある映画のセリフですよ。


支度はできたか?

今から未来に漕ぎだすぞ‼️


いかがですか。

同じ志しを持った人達でまだ見ぬ未来へ行きたいものですね。


ところで

風がヨットを運んでいるわけでないですね。

行きたいところに行けるのは

帆を張っているからです。

帆の角度が違えば行くところも違います。

そこへあなたが行きたいならば

先ずは行きたいところを見つめてから

今一度帆の角度を変えてみよう。






posted by 変才冨田 at 01:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月02日

違いがわかる

優柔不断というのは性格ではなくて、違いを観察できていないだけではないですか?

猿の前に同じ形で同じ色をしたバナナを等距離に置くと

どちらも選べず固まってしまうとか。

違いが分かるためには、本当はソレと取り組まねば違いなど分かるわけがないでしょう。

観察とは外から眺めるだけでなく、取り組んでその肌感を得ること、働きかけてどのような変化をするのかを観察することです。

そこまでやれば「違いが分かる」ということです。

つまり、優柔不断とは実行しないのでいつまで経っても違いがわからない状況に自ら追いやっているにです。

するか、しないかだけです。

僕はいつで「する」ことを選んできました。

もちろん「しない」こともあります。

けれどもそれは「しないことをする」ということです。

積極的に しない ことも選んできました。

消極的に しない は自滅への道です。

posted by 変才冨田 at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月15日

命は儚い

目も開けず
若葉の匂いのみ
嗅ぎて逝きしか
マカオ旅行中の訃報でした。
IMG_3018.JPG
野良猫の玄ちゃんが二匹の子を産み落とし
育児放棄で泣いていたうちの一匹を保護していましたが、
順調よく育っていたのに朝逝っていました。
IMG_3017.JPG
美味しいものも食べないで逝ってしまいました。
見た目には生きていくに必要なものが揃っていても
目に見えない何かが足りていないのですね。

母乳を吸う 親の鳴き声 親の舌で舐められる
親の鳴き声と温もり
これが必要なんでしょうか。

人が自殺するのも何かが足りないのでしょうか?

目も開けず
若葉の匂いのみ
嗅ぎて逝きしか

私たちだって
眼が開いていないので
この世の極小しか知らないで
逝くのでしょうか?

この子はお母さんがいつも通る地面の下に埋めさせていただきました。
posted by 変才冨田 at 19:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月10日

原因は自分なので自分から始める以外にない


人間は場を「与えられ」なければ力を振うことはできないでしょう。

でも、本当は場は与えられるものでなく自らの力で獲得するものなのです。

人という動物としてはいきなり生まれおちて場を得るわけですが

それから育てられて、教育されて、次は人間として生きていく場を獲得しなければいけないのです。

その場のそばに他者の場があり、立体パズルのようにして「私」の場と「他者の場」が噛みこみ合っています。

その場からふっと抜けられることは難しいのです。

難しいほどにそれはあなたの確固たる場なのです。

あなたがいなくなると多くの人の場の力が弱まってしまうのです。

簡単に抜けられるような場であれば、もともとあなたはそこでは力を発揮できていなかったという証拠でもあるのです。

あなたが力が振えるような「場」をつくりましょう。

場のない人は力が発揮できないので「無力」です。鬱にもなってしまうのです。

ここまでが前回です。

つながりというもの

簡単に断てるようなものであれば

それはすでにほころびがあるのです。

離婚できる人は、もともとゆるーいつながりなのです。

そのゆるさは善悪ではないです。

緊密な関係がいいといっているわけではありません。

簡単に仕事がやめられないわけは

自己と仕事が同一化しているからです。

さて

自己の力をふるうには

自己を仕事へと拡大しなければなりません。

その方法は「関わる」ことです。

関わるとはつながるという言葉と同義語です。

主体的にソレに向かって発言し、自らの手を加えることです。

自らの手が加わってソレに変化を与えると、その変化があなたにも向かってきて

あなたを変化させます。

つながりとは双方向なのです。

ストーカーは一方的ですからつながったことにはならないのですね。

マイナスのつながりです。

相互に影響を与え合う関係がプラスのつながりなのですね。

いつまでもソレに評論家的、傍観者的な態度では

あなたが成長しないのです。

いろんな人や事に出会っても「あの人はつまらない人、つまらない仕事」

といっている間は

あなた自身がつまらない人、状態なのです。

やる気になれない原因を社会や仕事、他者に求めているあなたは

あなた自身が他者の足をひっぱり、やる気にさせていないのです。

動機を外に求めるのではなく

あなた自身を原因にしないといけません。
posted by 変才冨田 at 21:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月04日

働き方の仕組みは社会貢献から考える

もはや、これまでの働き方の仕組みは崩壊寸前です。

会社に所属しての働く仕組みは無くなるでしょう。

契約社員や派遣社員の仕組みは企業側がより儲かる仕組みとして制度化されましたが、

それは予想を超えた連鎖反応を起こしていきそうですね。

個人にとってはより厳しくなります。

個的能力がより問われる社会になります。

個的能力が無いと見なされれば企業に簡単に棄てられます。

企業に役に立つ能力がなく、それだけを価値と考えていると

あなたも自分自身を棄てることになります。

能力という機能性を利潤の追求にだけ役立てるような狭い価値観を捨てないといけないでしょう。

もっと拡大して社会貢献できる能力を問いかけましょう。

社会貢献能力であればもっとあなたの力は適用できるはずです。

その辺りを探れば

好きを仕事にできるはずです。
posted by 変才冨田 at 17:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

影絵のような一晩のできごと

あの時に眺めていた降るような星空って

あの時の少女のイタズラのゆえに

生まれてすぐに傷めてしまった初心な少年って


どこかに落ちてしまった星も少年も

あの広場にきっと埋まっているはずだから

皺の増えてしまったこの手で掬えるものかと

もしかしたら まだ

11歳のままの生きものが

息をそのまま潜めているのかもしれず


40億光年のうちの芥子粒よりも微小な

一晩だけの
降るような星空って

本当にあるのでしょうか


遠くから眺めている星のような私











posted by 変才冨田 at 17:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月02日

脳を退化させない生き方

人の身体は廃用性といって使わなければ退化するようになっています。

お年寄りのトボトボ歩く姿は筋肉を使わない生き方をしてきたからで、かくしゃくと歩いている人も大勢いらっしゃいます。
よく動かし、よく歩いたからです。


それは身体だけではなく心も同じです。

感動することも心の筋肉であり、無感動な生き方を選ぶと姿勢や内臓にまで悪影響を及ぼします。

感動は向うからやってくるわけでなく、感動はその人の心の働きです。

感動したい! その欲求が感動を起こすわけです。

怠け心は心身の筋肉を奪い去り、生きている意味も奪われます。

心の感動筋肉を意図的に使いましょう。

posted by 変才冨田 at 18:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月28日

使命としての仕事選び2

コメントがありました

こんばんは

ブログで仕事が今後無くなるであろう職種がでてましたが 医師が抜けてますね。

昨年だったか、向こう15年以内に医療は検査➡薬になり人は要らなくなると推測でてますね。
外科手術もロボット化かもしれません。

この辺りは あまり表沙汰に出来ないと思いますが、発表を知った現役医師は 検査機器を扱えなければ生き残れないと 判断。体の仕組みやどうしたら病気を治せるかの勉強はそっちのけで、機器のセミナーに集中してると 医学部の講師から聞きました。

今後医師として働けるのはほんの一握りの 超人的な能力と技術を持ってる人だけだと。

資格者が圧倒的優位の時代が変わろうとしてますね。

終了

医師は息子を医師にするために小さい時から手厚く学ばせていますが、その子が大人になった時には医師という職業自体が魅力もなく、しかも機械技師と見まがうような事態になっているのでしょうね。

現在だって医師は患者ん顔見ないでパソコンと見合っており、症状や病名を入力して回答の処方箋とみあっています。
知り合いの医師が云っていましたが「聴診器は医師のアクセサリーになっていて、聴診器を扱える医師も少ないですよ・・・」ということです。

さて、不安定職種はこれからも拡大し、一方では安定職種も生まれています。
けれど、技術の加速度的進化が安定職種も寿命が短くなっています。

こうした時代において私たちは仕事に対してどのような構えが必要でしょうか。

次回からこの点を中心に書きます。

posted by 変才冨田 at 15:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月26日

「そうか、もう君はいないのか」城山三郎著

この書名に惹かれる人はある程度歳を重ねた人かもしれませんね。

この本に挿入されている詩をご紹介します。

そして、ご一読をお願いします。

テレビの番組を思い出しました。

二匹で手を取り合って子育てをしていた狐のオスがある日から巣に帰ってこなくなりました。

それからしばらくして相棒が変わり果てた姿で骸を晒していました。

その衝撃を受け止められずに立ち竦む女狐の表情が忘れられないです。

城山さんは妻を亡くして家に帰らなくなり、ずっとマンションの仕事場で住んでいたそうです。

通夜も告別式もしない。したとしても出ない。喪服も着ない。

お墓を決めても、墓参りはしない。

そう宣言されたそうです。

IMG_2610.JPG
posted by 変才冨田 at 16:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月24日

「決めたのに実行できない」 これにはワケがある

質問

先生、先日のセミナーに行かれなくて本当に残念でした。
内容を見て、まさに自分が今、「決めた事が出来ない」と言う状態なので、お聞きしたいです。
何かを変えたら、行動出来ますか?


購買心理の7段階は、まさに決めて実行するときの心理的プロセスなのです。
買い物を決めるのも、仕事の方向を決めるのも同じだったのです。

購買心理の研究を深めれば良いのです。

注意 興味 連想 欲望 比較 決定
満足 紹介
このうち何が最も重要でしょうか?
posted by 変才冨田 at 00:22| Comment(1) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月19日

仕事とは何か 1

お金を稼げる働きであれば、それは「仕事」と言えるのか。

お金をいくら稼いでも「仕事」とは言えない職業は多い。

日本の巨大ゲーム産業の会社の社長と大勢の幹部が

ギャンブル場視察に韓国を訪れていました。

全員が高級な背広にネクタイ姿でしたが、彼らは決して「仕事」はしていない。

第一、自分の子供に胸張って自分のやっていることを話せるのか。

最近ギャンブル場を作ろうとしている議員さんたちが多くいる。

そんな人たちに税金を払っているのかと思うと腹立たしい。

彼らは決して「仕事」はしていない。

では、いったい「仕事」とは何か。





posted by 変才冨田 at 15:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月10日

どうしようもないことはある

セミナーの休憩中にたくさんの相談が寄せられました。

いろいろ身体的にお困りの様子がありますが

食を変えてよく歩けば改善されるものばかりで不可能な病はないのです。

病があって立ち直る気がしない、それで展望も持てずに気が病む。

これが病気の正体です。

若くて就活が3月から始まるという女性ですがかなり太ってしまっています。

7号食を実行すればいいのですが「砂糖の入った甘いものを止める自信がない」

そこで立ち止まっしまうのですね。

これが病気なのです。

「甘いものを止める自信が無い」などというのは、まるで自分には決定する力がありませんと言っているのです。
まるで自分の身体の動きを天候のように考えていて、どうしようもない身体と感じて、意思を働かせられないというわけです。
これが「病気」であってかなり深い病気です。気が病んでいるのですね。
自分で決められるということができないと思い込んでいるのです。
これまであまりにも「自分で決めてこなかった」のでしょうね。

僕もさじを投げます。
非常に重い「病気」ですね。

認知が入りかけた、脳梗塞でしびれる、脚が冷え切っている、蕁麻疹がひどい・・・
こういうのはいくらでも手立てがあります。
本人がなんとかしたいと思っているけれど手立てが判らないだけですからね。


posted by 変才冨田 at 21:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月26日

感じる力 1

五感を鍛えることは色彩豊かな人生を築き上げる必須条件です。

その五感が鈍いと長生きしても人生の意味を失いますね。

実は毎日見るもの聴くもの、全て感動が含まれているのです。けれど、わたしたちの神経は今よりも過去や明日に囚われており輝いている今を無視しています。
過去への後悔と未来への心配で、感度が鈍くなっているのです。

それを忘れさせるかのようにわたしたちの狩猟本能を刺激するのが「ポケモンGO」ですね。
こうした流行は過ぎ去ってみれば「なんであんなものに狂っていたのか」と思うはず。
意味のない蒐集本能はやがて飽きられます。
そして、飽きたころに次のバージョンが発表されることでしょう。

パチンコ中毒よりも質が悪いのは事故に他者を巻き込むからです。

こうした無意味なものは次々と鈍い神経に働きかけ人生に消費的、浪費的な時間を加えて行きます。

それらを「つまらないこと」と感じる力が失せているようで怖いですね。

みんなが同じことに夢中になれば「右ならへ!」の号令がそのうちかかりそうです。
posted by 変才冨田 at 23:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月22日

なぜ結婚が必要なのか

結婚とは必ずしも愛情が土台にはなっていません。愛情とは関係のない行為なんです。

江戸時代から近世にかけては愛情よりも生活基盤の確立の優先で結婚がありました。

独り所帯よりも二人の方が経費が安く付いたからです。

そして生活しているうちに情愛の念を育てたはずです。

そして子ができて夫婦は現代人と同じように子育てに必死になったことでしょう。

昔は子を生かすために、今は子をよりよく活かすために。


さて、現代の結婚事情です。

女性は30代になると

なんの理由で結婚するのか判断できないまま、取り残される不安感が後押しして

結婚の意味づけができないまま相手を見つけようと焦ります。

意味づけができない人は

相手の条件に意味を付けて結婚相手を探す人もいます。

これは一般的で多いでしょう。

そういうわけで

男性医師が多く参加する合コンは女性が多く出席するそうです。

これは売春婦が高級ホテルのロビーに出張ってくるのと変わらないでしょう。

違うのは長期売春契約が結べる相手を探しているか、一夜だけの契約かの違いです。

結婚相手の条件次第というのは「結婚が愛情を基盤にしているわけではない」という証拠です。

だから良くないというワケではありません。

結婚してから情愛が湧くことは大いにあります。

結婚生活という深いかかわりが基盤になって愛情は育つものです。



posted by 変才冨田 at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マイナス発想の原因は自分へのつまらない肯定が原因になっている

プラス発想を勧めるセミナーを受講してきた女性です。

「わたしは気が付いたらマイナス発想になっていて・・・」

わたし「マイナス発想は必要ですよ。マイナス発想は制限なのです。

制限とは踏み台のことですから、マイナス発想が強いほど強く踏み出せるのですよ。なければ飛べなくなりますよ。」

このあたりは別題の「自由と制限「をお読みください。


なにごとにつけ「プラス発想」は必要と云われますが

視野の高いプラス発想でありたい。

単に「ついてるついてる」と連呼するようでは子供の遊びと同じです。

人は全体としてつながっていますから自分だけついていることを願うのは現実的ではないでしょう。

戦争で生き残っても、それでついていたと考えるのは低いプラス発想ですね。

親兄弟友人たちを失ったわけですから決して点いていたわけではないのです。

真実はついていなかったのです。死なずにすんだのはついていたのではなく

ついていない度合いが小さかっただけです。

全体の運命が部分の運命を決するので、個々人は社会の動きを注視すべきでしょう。

十年後の自分がどうなっているのかは

自分の意志だけではどうにもならないことが多くあります。

日本全体がついているようにすることが必要なのです。

自己啓発セミナーなどの欠陥は運命というものをあまりにも個人だけの動機に重きをおきすぎだと私は批判します。

むしろ個に閉じ込めた幸福論はこれからの社会には有害であると思っています。

個の幸福のみを願う利己主義者が増えるほど社会は悪化するからです。

幸福という概念を人間関係性のみで論じたり、経済の豊かさの実現などに閉じ込める有害さがあるのです。



TPPはそういう意味では日本全体が一方向への動きをいっそう加速するので

視野の高いプラス発想ができるようにしていただきたいと思います。

これからTPPの問題点についていろんな角度から述べたいと思います。

続く

以下は上の文章のマイナス発想は「制限」なので必要という説明

「自由と制限」の関係

火性と金性の物語 自由は制限によって発展する1

火性と金性の物語とは、この世界の全ての物語なのです。

その中の大きなテーマは「自由と制限」です。

制限とは大きな枠ですね。その枠の中で自由があります。
その枠によって中身は肯定的に守られています。

これは卵の殻と胎生の関係です。

殻は中身の命を肯定して守っています。

そのなかで胎生は自由に大きくなっていくでしょう。

けれどある時点で殻が邪魔になるでしょう。

胎生が成長して殻の中で飽和したわけです。

このとき殻は胎生に対して否定的に働きます。

これは突然の事態です。

その飽和する一瞬前までは胎生を守っていたのですから。

殻と胎生は突然敵対的になります。

胎生はこの殻を壊さない限りは死んでしまいます。

殻は永遠に殻であることを自己肯定する限り胎生を殺さざるをえません。

殻という制限を胎生が感じた瞬間、苦しみがやってきます。

感じるようになった原因は成長したからです。

人が苦しみを感じる原因はこういうところにもあるのです。

成長したことで制限を感じることができるようになって、同時に苦しむことが始まるわけです。

なにが制限になっているのか、自分のなにが成長したのかを検討するときです。

卵の殻に相当するものはなになのかを考えるときです。

殻を壊した先には新しい世界が待っています。

その世界であなたは再び成長し、飽和した時さらに大きな制限の殻を感じる時がやってくるでしょう。

わたしたちは無限に成長するのです。

今年91歳の女性がいらっしゃいます。彼女は昨年立て続けに古典に関する本を書いています。

彼女は70歳の時を黄金期であったと言い、世界中を飛び回っていたそうです。

そのおかげで今は何冊も本を書けるのだといいます。

50歳で英語を学び、その時「もう歳だから・・・」などとはこれポッチも思えなかったそうです。

老化とは「もう歳だから・・・」と思った人にだけやってくるものなのですね。

追加

マイナス発想とは自分への「これ以上進んではいけない」という制限です。

そういう意味でいまだそこに留まって熟させなければならない子がいるわけです。

制限はその中身のなにかを肯定的に見ているのです。

プラス発想とはその肯定している内容を否定することから始まるわけです。

自分の中身のなにを肯定しているのかを観察することです。

つまらない感情で自分の小さな欲を肯定しているのです。

小さな欲の否定こそがプラス発想の最初です。







posted by 変才冨田 at 22:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月02日

「らしさ」とは目的で形成されるもの

以下は過去の記事からです。

民族的な「らしさ」もある。

農耕民族らしさ、牧畜民族らしさなどですね。

こうした「らしさ」は風土がつくったものです。

その地で暮らすためにもっとも合理的な方法で慣習が決まり、それが民族独自の「らしさ」をつくります。

その「らしさ」は働き方に応じた生活慣習の繰り返しで強化されてきました。

つまり、収穫という目的のために「らしさ」が形成されてきたのです。

この連載のテーマはまさしくそこにあります。

「らしさ」とはあなたの内部にもともとあったものではなく「目的」にこそあるのです。

幼児はお母さんに可愛がってもらうという目的のために、そのライフ・スタイルをつくります。

対象であるお母さんの性質が幼児の対応の仕方を決めていきます。

お母さんが情緒不安定であれば、幼児は天候をみるように心配しながらお母さんの表情を読み取ろうとします。

それは水性のライフ・スタイルになり「らしさ」が固まってきます。

両親の仲が悪くていつも夫婦喧嘩を目の当たりにしていれば結婚そのものに疑問を持つ大人になるでしょう。

結婚する意味がよくわかっていないのに、みんなが結婚すれば「自分もしなければ」と思います。

けれど本音はしたくないのです。

建前と本音が葛藤を起こしたとき、結婚できないような異性を好きになったりして本音と建前の折り合いをつけるのです。妥協ということでしょうね。

不安の正体はこの葛藤なのです。

人はむしろ「らしさ」から遠ざかっているわけではなく、あなたの日々の決定にこそ「らしさ」が実現しているのです。「らしさ」や「ほんとうの自分」はどこかに仮想としてあるわけでなく、今のあなたそのものなのです。

日々、「らしさ」を実現するために目的に近づこうとしています。

「本当の自分がわからない」「自分探し」などと言いますが、それがあなたの「らしさ」なのです。

「決定的な事態を避けたい」「責任ある立場になりたくない」「責任は避けたい」

そうしたことを実現するために「迷いやすい」という「らしさ」を日々発揮しているのです。


さて、「らしさ」は変えることができます。


目的を変えれば「らしさ」も変わるのです。
posted by 変才冨田 at 23:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月12日

電通広告十訓  消費者というだけでは貧しい

http://blogs.yahoo.co.jp/izumibun/39489760.html
倉本聡さんの文章です。
竹槍訓練をさせられた。殺人のための訓練です。

兵士になれるかどうかのポイントは、人を殺せるかどうか。これを何も知らない阿倍さんたちが論ずること自体に怒りを感じます。

国のために死ねますか、という問いに、イエスと答える日本の若者は15パーセントだそうです。

先進国のドンケツです。

これで日本の若者が軍隊に入ったらどうなるか。世界最悪の軍隊になるでしょう。

僕たちの世代にはまだ「家族のために戦おう」という気力は多少ある。

でも若者にはありません。2014年、自民圧勝。理由は経済政策。金のために安倍を支持したら詐欺だった。

戦争法案はわれわれの責任です。

中略

資本主義では、壊れないものは作ってはいけない。日本は再生産して豊かになるんだ、と僕は教師に教えられました。それまでは、使い込んで接ぎ当てで分厚くなった靴下が僕らの自慢でした。価値はそこにあった。

資本主義では、使ったものは価値が下がります。浪費の奨励です。

当事電通の唱えた「広告戦略十訓」。




1.もっと使わせろ

2.捨てさせろ

3.無駄使いさせろ

4.季節を忘れさせろ

5.贈り物をさせろ

6.組み合わせで買わせろ

7.きっかけを投じろ

8.流行遅れにさせろ

9.気安く買わせろ

10.混乱をつくり出せ



日本人はこれに素直に従って、ブレーキとバックギアがない、日本というスーパーカーが出来上がりました。

動物で言えば、カツオ、マグロのような回遊魚。

それに慣れた日本人の豊かさは、リッチというだけです。

ヨーロッパでは真の文明社会の定義は「エコノミー、エコロジー、カルチャー」の三つの柱が支えていくものとされています。

日本はただ、リッチだけ。

コメント
人の豊かさはお金のみで語れるのではなく、品性の問題が土台にある。
品性は浪費家には育たないし、教養を積み上げる文化に重層的に洗われていないと品性は育たない。
それには時間的ゆとりがないとどうしようもない。

早朝家を出て家族が眠る頃に帰宅するような社畜では「豊か」な人生とは程遠い。

そういう心の貧しさは「人を殺せる」軍人にはなれるかもしれない。

倉本聡さんは「これで日本の若者が軍隊に入ったらどうなるか。世界最悪の軍隊になるでしょう。」
というけれど、支配階級は「今の若者だから洗脳は簡単で人殺しマシーンは教育で可能」と考えていることでしょう。

戦前の日本の一兵卒のほとんどは農家出身でした。
軍隊に入れば「喰える」ということだけでしたが、入ってみれば見事に殺せる人、殺されてもいい人になりました。

ところで、この電通の広告十訓にはめられたと感じる人は多いのではないですか?

消費者になってはいけない。
浪費的、消費的から生産的、投資的な人生に方向を変えよう。
軍隊は国民が貧しいという条件で成立します。

posted by 変才冨田 at 16:23| Comment(1) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月02日

「言葉やない、気持ちが入っている・・・」

この鍵かっこの中を読んでください。

演劇のセリフをどうこなすかという話ですが・・・。

IMG_0862[1].JPG

言葉の意味内容は気持ちが入ってこそ伝わるということですね。

もう一つはその劇の「大きなテーマが自分の中に入っていればセリフは自然と出てくる」
これはすごい言葉です。

わたしたちも自分の人生のテーマが自分のなかに定着していれば言葉は自然に紡がれるということですね。

人生の中心軸に沿った言葉は気持ちも入っています。


posted by 変才冨田 at 19:14| Comment(1) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月21日

ハナムラチカヒロ先生の提唱する風景異化問題1

ハナムラチカヒロ先生は風景のデザインをやってきましたが、ある時見ている人の心の状態で同じ風景が違って見えると考え、観る側をどう変えるかという視点で「まなざしのデザイン」を提唱されています。

これは三つ考えられ

1 風景を作り変える。
  土木工事という力技で変えるわけです。

2 観る側の身体を変える。
  これは体調を変えることで、違って見えるようにします。
  たとえば酸欠の人が酸素カプセルで酸素を吸入すると風景が明るくキラキラ見えることがあるのです。

  7号食の体験も同じですね。いつも見ている食べ物は変化していないのに、お味噌汁の一杯が感動させてく  れます。

3 観る側の心が変わる。
  癌を病院で宣告された人が一歩病院の外に出ると、全てがきらきら見えたと多くの体験があります。
  癌で余命を宣告された男性ですが、旅行先での体験があります。
  早朝に小高い芝生の丘に上がると風が今までになく感じられ、ふと素っ裸になって芝生の上に横たわったそうです。全身をなぜてくれるような風に感激し味わったそうです。しばらくすると小雨が降ってきて、その雨の小粒が身体にぽつぽつと当たる感触にも感動し
つくづく「生きたい!」そう思えたそうです。
それまではいつも「死にたい」が口癖だったそうです。

この連載では心の変化で「あたりまえのものが実はあたりまえではなかった。そして最終的に当たり前が素晴らしいのだ」と、どう気づくかというテーマで書きたいと考えています。

この連載は「心の目的」のカテゴリーに加えます。
皆さんもそのような体験があればコメントに投稿してください。

posted by 変才冨田 at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ハナムラチカヒロ先生の提唱する風景異化問題1

ハナムラチカヒロ先生は風景のデザインをやってきましたが、ある時見ている人の心の状態で同じ風景が違って見えると考え、観る側をどう変えるかという視点で「まなざしのデザイン」を提唱されています。

これは三つ考えられ

1 風景を作り変える。
  土木工事という力技で変えるわけです。

2 観る側の身体を変える。
  これは体調を変えることで、違って見えるようにします。
  たとえば酸欠の人が酸素カプセルで酸素を吸入すると風景が明るくキラキラ見えることがあるのです。

  7号食の体験も同じですね。いつも見ている食べ物は変化していないのに、お味噌汁の一杯が感動させてく  れます。

3 観る側の心が変わる。
  癌を病院で宣告された人が一歩病院の外に出ると、全てがきらきら見えたと多くの体験があります。
  癌で余命を宣告された男性ですが、旅行先での体験があります。
  早朝に小高い芝生の丘に上がると風が今までになく感じられ、ふと素っ裸になって芝生の上に横たわったそうです。全身をなぜてくれるような風に感激し味わったそうです。しばらくすると小雨が降ってきて、その雨の小粒が身体にぽつぽつと当たる感触にも感動し
つくづく「生きたい!」そう思えたそうです。
それまではいつも「死にたい」が口癖だったそうです。

この連載では心の変化で「あたりまえのものが実はあたりまえではなかった。そして最終的に当たり前が素晴らしいのだ」と、どう気づくかというテーマで書きたいと考えています。

この連載は「心の目的」のカテゴリーに加えます。
皆さんもそのような体験があればコメントに投稿してください。

posted by 変才冨田 at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月21日

精神一統何事かならざらん!

IMG_0476[1].JPGIMG_0477[1].JPGIMG_0478[1].JPGIMG_0481[1].JPG
切ったガラスの蓋は平気でした。
陶器の方がもろいガラスに割られた原因は、陶器が油断していたからです。
お前を割るぞ!という気配を感じさせないで割るのがコツです。
この応用としては消しゴムを探すと消しゴムも警戒するので見つめられないのですが、えんぴつを探してみるのです。すると消しゴムは「俺じゃない・・・」ということで油断するわけですね。
簡単に見つかります。
posted by 変才冨田 at 14:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月13日

「自分の声を取りもどす」ということ

「自分の声を取り戻す」

この言葉からみなさんはどんなイメージが湧くでしょう。
posted by 変才冨田 at 18:52| Comment(1) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月07日

エゴギョウからの映画の鑑賞1

今日は良かった!

映画っていいですよね。

映画をエゴギョウの視点で鑑賞すると得られるものが大きいです。

そして、感動もひとしおです。

火性だけでも感動はするのですが、そこに木性が加わると感動に深さが加わるのです。

そして作家の本当に云いたいことが良く伝わってくるのです。

エゴギョウの学びにはホント役立ちます。
posted by 変才冨田 at 23:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月18日

塚田農場での夜学

今から夜行バスで帰阪するところです。
今日のまとめ

ピーターの法則について
その役職に就任して期間が長い人は無能のレベルに達している。
何故なら有能であった人は早く昇進するからだ。
けれど昇進した人でもどこかで無能のレベルに達する。
無能のレベルに達したところで、昇進が止まり、そこの役職が長くなる。
その結果、会社は無能者ばかりになってしまうのだ。
会社の業務がスムースに流れなくなってトラブル続出というよく見かけるところになる。

無能のレベルに達しても降格がないので無能集団が出来上がる。

これがピーターの法則と云います。

では無能のレベルに達してしまったらどうするのか?
有能を発揮する方法はないのか。

ここからがセミナーの中身です。

続く
posted by 変才冨田 at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月24日

社会的使命

先生へ 今日もありがとうございました。 また、皆さんに調査用紙についてお話できて、 子どもたちの様子を知っていただいたことも楽しい経験でした。

調査用紙、企業研修でも使っていただけるみたいなので、 月曜日か火曜日に、職場から、最新のデータを送らせていただきます。

また、何か発見があったらお教えください。 全体に調査することも考えてみます。 ちょっとびっくりしたのは、文科省の「心のケアの」発表が当たるかもしれないので、先生が全国で発表して・・・と言われたことです。

一応断っているのですが、どうなるかわからないので。

終了
みんなの悩みの解決になることに自分のしていることが役立つ。

それに気づくことが「使命」なんです。

「使命」を感じるとき、それは天からあなたが「指名」されたということですよ。
posted by 変才冨田 at 00:46| Comment(3) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月01日

自分を好きになる方法2

自分が嫌いだと考えている脳というのはどうなっているでしょうか。

おそらく「感動できない脳」になっていることでしょう。

脳は自己成長します。

自己成長に欠かせないもの、それが感動です。

ですから子供は日々感動しているのです。

逆に感動できない脳は自己崩壊をきたします。

痴呆症などというのもこれだと思うのです。

あまりにも内部の子ども性を否定して生きてきた人は、最終的に内部の子供が暴走して子供がえりを起こすことでしょう。

自分が嫌いなどと言っていても、感動できる体験をしているのなら、それは大丈夫。

感動できる脳は自分が好きなのですから。


さて、若くても感動とは程遠い生活を過ごしている人も多いです。

そういう人は若くても広い意味で痴呆症になっています。

鈍感とは痴呆への一里塚なのですから。

それに身体への鋭敏さも重要です。

筋反射テストで自分の体に起きた現象を信じられないという人もいるのです。

意識化の強い生き方をしている人々です。

自分の考え一つで体も心も支配できると信じている脳のあり方です。

こうした支配性の強い考え方も感動とは遠い生き方になります。

エゴギョウ的に解釈してみましょう。

火性の子供心が痴呆にならない根っこです。

そして、土性の他者に対する共感能力も重要です。

この二つの心は感動するために存在しています。

逆にキチキチと他者や自分を律する金性が高いと自由性を損ないますので感動が遠くなります。

水性のおそれ心から生じる臆病さに支配されている生き方をしている人も自由を損なっていますので

毎日が憂鬱になり感動できない心をつくります。


もう一度言います。

感動の真っ最中を経験している脳は高揚感があり、自己創造の真っ最中でもあるのです。

感応できる体験にこそ「自分が好き!」があるのです。

ですから誰でもワンパターンの生き方や行動をしていてはいけません。

ワンパターンは脳にとっては繰り返しの体験ですから「その体験は無かったこと」になります。

もちろん技芸の分野ではこの繰り返しが必要です。

繰り返すことで脳に刻み込みがされて長期の記憶化ができるのです。

楽々こなすことができるようになった脳はさらに高次の世界へあなたを連れていくでしょう。












posted by 変才冨田 at 20:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする