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2016年06月13日

「足楽です輪」は拡がっています。

冨田先生、こんにちは〜😇
「足楽です輪」大好評です。

筋反射がすごく良いので、皆さん背筋が伸びる感じがするといいます。

私も試していますが、腰の違和感がほとんど無くなり、サクサク歩けています。
感謝です💖
ありがとうございます〜(^人^)

コメント
「足楽です輪」は本当に良いものでした。

短期間の間にたくさんの感謝レポートが寄せられています。


歩くことができれば、次は7号食ですよ!!
posted by 変才冨田 at 18:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月01日

脚をひきずりながらやってこられた女性です。

見れば、右膝が大きく浮腫んでおり痛いそうです。

靴を見ると最悪です。

靴の先端が上に大きく反り返っています。

さらに、踵も削られています。

こういう靴は重心位置を踵に落とすことになり(踵重心)、指は宙に浮きます。

立っているだけでも不安定で怖いです。

横の動きに弱くて、横からぶつかられるとよろめきやすくなります。

なんとか族の靴やそれを真似たものが多くなっています。

良い子の皆さんは、そういう靴は履かないようにしましょうね^^


さて、訊けば右膝の裏が痛い、膝の周辺も痛いということです。

要は「まっすぐに立てない症候群」なのです。

ですから、まっすぐに立つことができれば症状は収まります。

そして、約数秒後です。 結果はすぐに収まりました。

ビフォーでは

歩幅が狭くて肩が横にぶれる危なっかしい歩きが、

アフターでは

歩幅も伸びてさっさと早く歩いていました。

本人「全然、痛くない! 」

そういいながら不思議そうなお顔でした。

原因は踵重心で膝裏の筋肉が異常に緊張して痛み、

それをかばうために膝前に体重を偏らせていたのです。

右が痛いので左足に体重をズンと乗せて、次には腰痛も起こしていました。

すべてが一瞬に良くなったので「魔法?」という感想でした。

だれでもがこういう現象を起こせれば助けられる人は飛躍的に増えるでしょう。

2月16日の東京連続セミナーでは姿勢の望診法を徹底的にします。

これを学んでおけば,どれだけあなたは人の役に立てるでしょうか!
posted by 変才冨田 at 21:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月26日

「姿美人を使って4年です」

「まだ効力があるかどうか見てくださ」

見ると少し縦アーチの部分が削れています。

これは修理不可能です。


靴から「姿美人」を取り出して、テストしました。


驚く事にしっかり力が入っています。


わたし「脳がしっかりと中心軸を学んだみたいね」

彼女は長距離のランニングをやっています。

スポーツで使う人は激しい運動ほどインソールの構造が削れます。

彼女「使ってから脚の内側に筋肉ができました。これまでいくら運動してもそんなことはなかったです。それから股関節あたりが運動をすると痛かったのですがそれもなくなりました」

もう一度「姿美人」を入れてテストしました。

こんどはラクラクで力を入れた監事もないのに「指が吸い付いているような感じです」

ということでやはり効果はちゃんとありました。

posted by 変才冨田 at 19:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月28日

食と動の統合22

「光子体としての自己」


私たちの究極の姿は光の集合体です。

光は身体から絶えず流れ出ています。
生物フォトンといわれるものもそれです。
手のひらと足の裏から放射せれています。

出るばかりでは光子不足となり光子体として、ボデイを維持できなくなります。

光を補充しなければいけないわけですが、
その手段が太陽光を浴びることなのです。

都会で暮らす人は日常的に光不足があり、
その兆候がまず心理的異変となってあらわれます。
欝などがそれです。

初期の欝の治し方は昼間に森や山を散策することです。
十分に太陽光を摂取できると、夜間正常な眠りになります。

ところで心理的異変を起こす人によくあるのは
お米を食べていない、ということがしばしばあります。

これも光との関係です。
お米の種というものはカプセルです。
そのカプセルの中になにが入っているか、ということです。

栄養素が入っているのでしょうか?
そうではありません。
事実としてはそうなのですが
それは真実ではありません。

カプセルの内部に詰め込まれているのは光の凝縮体なのです。
それをビタミンだといったり、炭水化物だといったりしているわけです。
光合成により光をそうした物質に変換したのです。

種を発芽させ、苗を植え込み、長期間光を受け止めます。
野菜はきわめて短期間で、その季節のみの光だけ受けるのです。
お米は長期間光を受け止めます。
お米は光の一時集積所なのです。

お米を食べるということは、多量の光を食べるということなのです。
消化器官を通して内部から組織に投光する、これが食というものの意味なのですね。

白米にして食べるのは光のカケラを食べるということ。
完全な光ではないわけです。

ハウス栽培の野菜はガソリン(これもかつては過去の光の集積した微生物だった?)が主になっており、今現在の光は少ないのです。

続く

posted by 変才冨田 at 22:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月24日

連載21 食と動の統合

東洋医学では「気、血、水」といいますが、私は気の次に「動」を入れたいですね。すなわち「気、動、血、水」です。
先ずは「気」が生じないことには何事も始まりません。「その気に」なってこそ、ですね。そのあとにいきなり体内の血や水に動きが生じるわけではありません。「その気になれば」自発的な動きが生じます。この動きが活発な血や水の動きに発展します。じっとしていては血行が停滞し万病の元というものです。動かないのは自滅行為というものですね。
ところで「気」は内臓(特に小腸と肺)から生じますが、その気の特徴は「動きを命じる」ものです。小腸は食べたい、肺は酸素が欲しい(酸素も食べ物の一種)。つまり食への欲求が気の元になっているのです。食べ物のあるところに小腸を脚で運びます。そして食べ物で血をつくり、消化液やホルモン、酵素など水に溶けた体液が生じます。動きと食は表裏一体のものなのですね。
ですから「気、動(歩き)、血(食)、水(全ての体液)」の順序になるのです。
posted by 変才冨田 at 12:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月16日

連載20 食と動の統合

夜食せず少食にして、歩いて下半身に筋肉をつくり、心地よい疲労が質の良い眠りをつくる、これが低体温の解消法であり運命を好転させる秘訣なのです。
これは同時に血行を回復させ、身体への酸素補給を実現させるのです。

A 体内の不要蓄積物(ゴミ)の出し方
ゴミはなにか、またそれはどれくらいあるかですね。男性なら20歳、女性なら15歳から18歳のときの体重と現在の体重を引き算します。その重量がゴミの量です。大半は脂肪です。これらは内臓脂肪になり内臓を冷やしてしまいます。又血管に付着すれば血管壁を細くしてしまい血圧を高める要因になります。カルシウムと合体すれば動脈硬化となり、これはメスを刃こぼれさせるくらいに血管を硬くさせるのです。血管自体がしなって血流を起こせなくなり、心臓だけに負担がかかってしまいます。

昨日30代の女性が来られて「毎日歩いたらお尻とふくらはぎの形が変わってきました。それに35度台だった体温も36度台になりました」と報告がありました。これは脂肪が筋肉に置き換わってきたわけですね。歩くことで酸素呼吸が活発になり、体温が上昇し、できた筋肉が体温を恒常的に引き上げます。すると酵素活動が活性し代謝が良くなり、排泄作用が高まります。
これであなたの健康度は一段と引きあがるわけです。

B 酸素カプセルを利用する
酸素カプセルに入るとたちまち血行が回復します。体温は一様に上昇します。冷たかった足裏も温度が上昇します。温かい動脈血が行き渡ったからです。酸素も体内に満たされます。特に溶解型酸素が増加しています。溶解型酸素とは血流に依存しない酸素で、酸素カプセル内の圧力が体液中に多量に酸素を溶け込ませます。皮膚の1ミリ下にはリンパ液が流れていますが、ここにも大量の酸素が含まれるのです。皮膚の新陳代謝が促され皮膚もしっとりしてきれいになります。

ここがチャンスというものです。酸素カプセルを利用している方は歩くことで酸素効果を倍加させることができます。脂肪は酸素が無ければ燃えません。歩くことで全身にくまなく酸素を配給して、ゴミだしの力を加速させましょう。

まとめ
1おかずを少なくして特殊玄米「みどりのお米」を食べて腸を働かせ、
2まっすぐに起てる重心調整用インソール「姿美人」を使用して楽なウオーキングを実行し、
3一時期だけ集中的に酸素カプセルを利用して、1,2の効果を倍加させる。
以上でよりスリムになり健康度を引き上げてください。


posted by 変才冨田 at 14:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月15日

連載 19 食と動の統合

A酸素と肝経絡
肝経絡に関するキーワードを以下に列挙します。
筋肉、眠り、策謀(前頭葉)、意識、実行、決断、怒り、緑(青)、クロロフィル、青野菜、眼、のびやかでゆったりした上昇の気、春、朝、
迷い(決断できない)、思春期、性、生殖器、直立性・・・etc

代表的なものは筋肉、眼、肝臓、思索。
これらを貫くものは酸素です。
昼間は脳が酸素を大量に消費します。
脳があれこれ考えて決断をすれば次の実行という段階になります。
実行は筋肉運動を伴い、酸素は血流とともに筋肉組織に流れ込みます。
当然ながら思考には眼からの情報が大きく占めます。
眼にも酸素が大量に必要です。

夜間は筋肉も脳も多量の酸素は必要ではありません。
筋肉や脳の血流が良くては眠れません。
肝臓が多量の血液を呼び戻します。
ですから夜間は眠れるわけです。
寝つきが悪いのは肝が血液を蔵収する力がなくなっているからです。

肝臓は脳や筋肉のことを考えて、眠りやすいように血液を集めるわけではありません。
肝臓は夜間に自己の再生をはかっているのです。
肝臓は化学的大工場です。
翌日への再生に向けて血液、即ち酸素が必要なのです。

夜更かしや夜間無呼吸などがあると、翌日の活動性が弱まり、免疫が落ち込みます。
posted by 変才冨田 at 13:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月14日

連載18 食と動の統合

5 究極の特効的食べ物、それは酸素
ここでは食べ物の概念を広げてみましょう。口から入るものだけが食べ物ではありません。わたしたちの心身に入ってくるすべてのものは食べ物です。空気、光、音楽、色彩、思想・・・、すべて食べ物です。

酸素はなくなれば即死します。ですから最も重要な食べ物です。つまり酸素を吸うという呼吸する力が最も重要なわけです。

知らず知らずに私たちは呼吸が浅くなっています。その理由に歩かないなどの運動不足が関わっているのです。また、日常的な交感神経緊張の心身や就寝時無呼吸なども関わっています。いびきの多い方は酸欠体質になっている恐れがあるのです。

こういう方は睡眠の質が悪く、眼の疲労が取れなかったり、昼間でも欠伸が多くなり、どこでも眠れるという「特技」の持ち主であったりするのです。

@ 健康度は熟睡度に比例する
「免疫は夜つくられる」といいます。夜眠らない人や夜更かしの人は、免疫をつくる力が弱くなります。徹夜でもしようものなら、翌日の体温低下は目を覆うばかりです。現代日本人に低体温が多くなったのは、生活習慣が夜更かし型になっていることと大いに関係すると思います。

低体温はあらゆる疾患の温床になります。アレルギーも低体温が遠因になっていることでしょう。それが証拠に鼻水でぐしゅぐしゅになっている人が温泉で湯に浸れば、ほどなく鼻水は止まるのです。また眼のかゆみなども同じです。眠りが浅いので夜間に眼の血行が悪くなってしまうのです。起きたときから血行回復する必要があり、回復時のかゆみなのです。

最近急に視力が衰えたという方や眼精疲労が取れないという方は、免疫が弱くなっている現象と考えてください。まずは良く眠ることを優先させましょう。

また、低体温は基礎代謝を低めます。つまり、あらゆる酵素活動が低下し日常的な排泄力が弱められるのです。ゴミの体内蓄積、これを排泄するためには身体に一時期ウイルスや菌の力なども借りて嵐を起こさねばならなくなります。これが症状なのです。
posted by 変才冨田 at 20:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月12日

連載17 食と動の統合

4 食と動の統合
飽食とは万病の原因であり、これは結果的に無意識の自傷行為になっています。歩きの少ない人は自滅行為が日常化しているといえます。両方とも運命を自ら悪くしている行為なのです。

したがって運命好転の秘訣は食を改め、よく歩くことが根本になります。実際にジッとして考える人は建設的、積極的思考が弱くなります。ロダンの「考える人」というブロンズ像の作品がありますね。

あれは題名が間違っていると思うのです。「思い悩む人」としたらピッタリですね。ジットしている姿そのものが不幸を表現しています。おそらくこの人はマイナス思考に囚われてしまっているでしょう。思い悩むようなことが多いとジッとして考え込む、その結果、運動不足から血行を悪くし、筋肉を弱体化させるのです。

 考えごとは歩いてすることです。動いていることそれ自体が幸福な形ですから、プラス思考に自然になるものなのです。勇気も湧いてくるというものです。

posted by 変才冨田 at 21:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

連載16 食と動の統合

C「特別な玄米」
玄米食は非常に健康に役立つ、これは周知されるようになりました。そこで玄米食に挑戦する方も増えてきました。ところが炊き方が難しい、固い、まずいということであえなく挫折される方も多いのです。

この玄米はそうした従来の玄米の欠点が無いばかりか、たいへん美味しいのです。しかも白米と同じ炊き方ができるので、今ある白米と半々で炊くことができるのです。

この玄米はは早く取り入れた未熟なお米なので青い粒や小さな粒の多い玄米です。粒が小さいのでお茶碗一杯の量は通常の玄米の2倍以上食べることになるのです。つまり、栄養の宝庫である胚芽を二倍以上食べた計算になります。栄養代謝が良くなるわけです。そのせいで肥えすぎている人はスリムになります。特にバランスの良い繊維が多く、そのお陰で腸の蠕動運動が盛んになり、お腹が温まり、お腹から痩せてくるのです。腸は7メートルあり、腸も運動をしたがっているのです。いっせいに蠕動運動が起きるだけで余剰カロリーを消費でき、お腹が温もり、代謝が高まるのです。

この玄米をしっかり食べて、おかずを増やさない食生活を確立していただきたいと思います。
posted by 変才冨田 at 21:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月11日

連載15 食と動の統合

あらゆる症状のすべては自分自身の考え方や生活習慣から生じたものなのです。
自然である心身は長年の歪を取り除こうとします。つまり排泄です。排泄のときに苦しみが伴います。

何日もの便秘の人が排泄時に脂汗を流す苦しみと同質なのです。症状を甘受し、同時に食毒を溜めないような食習慣を実行することです。

posted by 変才冨田 at 16:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月09日

連載14 食と動の統合

足りなければ玄米ご飯を増やして、おかずは増やさないようにします。

B最適体重へ!
女性は18歳から15歳、男性は20歳のときの体重を思い出してください。現在の体重と引き算してください。いかがでしたか?8kg以上のオーバーは危険水域に入っています。危険水域とは浄化作用が生じる水域に入ったという意味です。不必要なゴミが溜まっていますので、生命反応としてそれらを排泄する働きが起きるのです。排泄の不快感がさまざまな症状となります。人はそれを病気と言うわけですね。ですから病気は有難い心身の浄化作用なのです。難が有る、これを「有難い」というわけです。人は病気になったとき、それが運悪く偶然なったと思うわけですが、それは虚妄というものです。
すべては自分自身の考え方や生活習慣から生じたものなのです。
posted by 変才冨田 at 22:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月08日

連載13 食と動の統合

ごはんに多く占める炭水化物は、からだの内部で燃やされた後にできるゴミは水と二酸化炭素なのです。尿と汗、呼気で排泄は簡単ですね。ごはんはクリーンなエネルギーなのです。ごはんを少ししか食べない食事は毎日少しずつゴミを溜め込む食事なのです。

白米を止めて玄米にすれば結果的にはおかずが少なくて満足できるようになります。なぜなら玄米はほぼ完全栄養食品だからです。ですからおかずで不足分の埋め合わせは少しだけなのです。

マッチをイメージしてください。白米を食べることは、先端の赤い燃やす部分を捨てて軸だけ食べることと同じです。軸だけでは燃えませんから燃やすための赤い部分をおかずで補給することになるのです。

玄米を食べるということはマッチ全体を食べることです。炭水化物を燃やすにはビタミンB1が必要です。マッチの赤い部分、つまり胚芽にこれが含まれているのです。胚芽には微量栄養素も含めて、人の代謝が健全に営まれるための必要物質が多量に存在するのです。

A一食のイメージ
ごはん、お味噌汁、ひじきやきんぴらなどの一品、メインの野菜と豆か豆の加工食品中心の料理や時々魚介類。お肉は月に多くても3回程度。
つまり、昭和30年代頃の一般家庭での食卓ですね。目標はこのあたりですが、その頃の欠陥は白米食であったことです。白米を玄米に変えるだけですね。その頃は成人男性で年間140kgの米を食べていました。現在は70kgで半減しています。増えたのは肉、乳製品、小麦食品です。

posted by 変才冨田 at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月31日

連載12 食と動の統合

3 真っ直ぐに立てるようになったら、次は「食」だ!
なんのために私たちは歩くのでしょうか。いえ、脚はなんのためにあるのでしょうか。

それは食を得るためです。植物は一箇所で留まっていられるのは根で土から養分を取り出しているからです。動物は動いて餌のあるところまで移動します。脚は植物でいえば根に当たる腸を餌のあるところまで連れていく役割なのです。

ですから、脚の能力と食の量は比例させなければならないのです。歩いて、お腹が減って、食べる。動いた量や質で食べ方や量を考慮します。動きもしない人がたくさん食べるから身体に異常が起きるのです。分不相応という考え方は、ここに原点があるのです。分不相応は不幸の元です。要するにバランスを良くしましょうということですね。

真っ直ぐに立って歩くと重心が臍下丹田に落ち着きます。へそ下三寸ですね。これはへその奥三寸の場所です。この場所は小腸の最も大切な場所なのです。活性化する場所です。胎児の時代はへその緒が腸につながっていた場所です。ここでお母さんからもらった血を自己の血に作り変えていたのです。真っ直ぐに立てることでこの場所が活性化します。食べたものがスムースに血に変換できます。したがって「何をどの割合で食べるか」がいっそう重要です。

小腸が欲しがっている食べ物の割合は歯の構成で表現されています。小腸は全身の細胞の代表として食べ物の割合を欲求しています。その具体的表現が歯の構成なのです。臼歯は62.5%、これは穀物や豆を食べるための歯です。つまり穀物や豆を一食の割合としては半分以上食べて欲しいということなのです。

でも、みなさんの一食の割合はいかがでしょうか。ご飯が少なくておかずが多いのではないでしょうか。実はそれが慢性疾患の呼び水になる食べ方なのです。身体の欲求どおりに食べていないのです。なぜ、身体の欲求どおりに食べられないのか・・・。その原因の一つは白米食だからです。粕(カス)は逆読みすれば白米ですね。カスを食べているから、おかずで足りない分を補給するのです。おかずの質は油脂類やたんぱく質が多すぎて、結果的に余分なものが多くなり、ゴミを身体に溜め込むことになります。
おかずがごはんよりも多くなる原因です。

posted by 変才冨田 at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月29日

連載11 食と動の統合

では、どこがおかしいのか・・・。重心がおかしいのです。
前述の文をもういちどあげておきます。

「そしてバランスを成立させるためには必ず中心があるものです。それを東洋哲学では中庸と称しています。左は陽性であり、右は陰性です。この三つの働きが互いに連携されているときこそが、すべてが正常に運行しているのです。

ヨットが進んでいるときは、その帆柱は左右に揺れ動いています。その左右の揺れを中心に引き戻す働きがなければ転覆してしまいますね。この中心を作り出しているのは帆柱ではありません。ヨットの重心なのです。

図5を見てください。左右の脚の中間、つまり股下の直下に重心があります。
そこが中庸の場所です。足は交互に左右が動きます。陰陽の脚の運びの中心に股下の重心があるのです。これが左右どちらかに移動していると、もはやおかしくなるのです。頭頂部から会陰(股下)を結ぶ直線の延長が股下直下でなければいけません。つまり地面に対して鉛直(90度)にならねばならないのです。その延長線には地球の中心があります。重心が左右にも、前後にも移動しては体重が逸れてしまい、エネルギーのロスになり歩行自体がおかしくなるのです。歩行はできても身体のあちらこちらにひずみをつくります。それが、やがては疲労をつくり、痛みに直結してくるのです。

また、真っ直ぐに立てない状態は内臓の収納が悪くなり、内臓血行のアンバランスをつくりだすのです。「真っ直ぐに立てていない」という状況を変えないでマッサージや整体など部分的治療のみに精を出すのは浪費です。真っ直ぐに立てるようにする手立てを実行した上で、そうした治療が長い効果を発揮するでしょう。
真っ直ぐに立つ方法は第三章を参考にしてください。
posted by 変才冨田 at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月28日

連載10 食と動の統合

2 真っ直ぐに立つことの深い意味
あなたは真っ直ぐに立てていますか?真っ直ぐに立っている人だけが上手に歩くことができるのです。上手に歩ける人だけが複雑な動きが可能なのです。私たちは複雑な身体機能やそれを実現するための装置をもっています。

人間の骨の数は200本以上、筋肉は400種類以上あります。これらが密接に連携を保ちながら、さまざまな動きを実現させています。この連係プレイは姿勢が悪い状態ではうまくいきません。特定の筋肉にだけ重力をかけて、怠ける筋肉も生じます。これが長期間続けば「痛み」に発展するのです。痛いだけでは済みません。内臓への血行不順をも生じさせることにもなります。

こうしたことはあらゆる組織にも生じます。まっすぐに立てていない組織は仕事が偏り、超忙しい人と暇な人を作り出します。人は自分の機能を100%使っているときだけが「幸せを感じる」ものなのです。怠けていては決して幸福感はやってきません。
身体だって同じです。使ってほしいのです。使ってもらえない組織は不幸を感じます。からだのどこかが不幸感をかこっているようでは、全体としても不幸になるのです。

たとえば足の親指です。使っていますか?第一指(親指)はなぜ太いのでしょうか。第五指(小指)はなぜ親指の三分の一程度の大きさなのでしょうか。その理由は人類の歴史のなかにあるのです。体重を親指側にかけて歩いてきたのです。それが歩行のエネルギーを無駄に使わないからなのです。身体はもっとも効率を旨とします。無駄な動きをしないようにできているのです。長年の親指側への負荷が太く力強くしてきたのですね。したがって親指を使わないという歩行は親指の不幸です。その不幸は必然的に足首が固くなり動きが悪くなります。足首の不幸ですね。足首が柔軟に動かないようではふくらはぎが伸縮しません。ふくらはぎの不幸です。その不幸は下半身の血液循環の不幸につながり、心臓に負担がかかり心臓が不幸となります。最終的には脳の血行不順が生じ、足指の不幸が全体の不幸への道につながってしまうことになります。その逆に足指が使えるだけで全体が快調になるのです。

ところが最近は体重が小指側にかかってしまっている人が増えたのです。これが歩いて疲れるという原因なのです。2万歩以上の歩行をすれば疲れるのはわかりますが、せいぜい1時間くらいしか歩いていないくせに疲れるのは、どこかおかしいからです。
 では、どこがおかしいのか・・・。重心がおかしいのです。
posted by 変才冨田 at 18:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月27日

連載9 食と動の統合

さて、表を歩いていただいたAさんが帰ってこられました。ニコニコされています。
私「いかがでしたか」(笑)
Aさん「階段が嘘みたいに軽かったです。それから体が親指側にのっていました。親指に力がかってに入っていました。なにか腰が伸びたようで楽(笑)」
私「よかったですね。では、今度はかかとを床に着けたままでしゃがんでください」
スッと座れるようになっています。
Aさん「え〜、嘘みたい!楽にできます」
私「では、こんどは身体をねじって、首もねじって後ろをどこまで見れるか試しましょう」
両方とも楽にねじれることがわかりました。
それから二十分くらい立ったままでいろんな話をしました。
私「ところで、もう長い間立っていますが、どうですか?」
Aさん「そういえば、めちゃくちゃ楽です。こんなに立っていたら座りたくなるのにぜんぜん平気です(笑)」
私「今あなたはお腹で立っているので楽なのですよ。いままでお腹が立つことに協力していなかったのですね。お腹がいつもお休みになっているので、時々腹が立つ状態になるのです(笑)」
いかがでしたでしょうか。いつもの事務所の風景を実況中継風に書いてみました。文中にインソールの話が出ていますが、これについては別の章で詳しくご紹介します。
posted by 変才冨田 at 03:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月24日

連載8 食と動の統合

これでは負担が大きく、筋肉が緊張しっぱなしですよね。これがあなたの長年の腰痛の原因だったのです」

私「最初の見極めテストは合格ですね。このテストで力の入らなかった場合は、基本的にインソールをお勧めしていません。では次のテストです。これをあなたの靴に入れて歩いていただきます」
この方の靴はパンプスなので、パンプス用を入れてみます。

「これから歩きますが、まずは階段が安心して下りられるかどうかをみてください。事務所を出たら信号まで歩きますが、体重がかかとから親指側に乗って、親指から体重が抜けていくかどうかを観察してください。そうなるようになっていますから、そうしようとしないで普段どおり歩いてくださいね。観察だけです。最後に階段の上がりが来たときよりも軽くなっているはずです。観察してください。では、いってらっしゃい」

ほとんどの方は年齢に関係なく力が入りますが、インソールの上に立っても力が入らない方もいらっしゃるのです。この理由には二つ考えられそうです。一つは長い寝たきりの後で筋肉が少なくなっている。もう一つは、テスト用のインソールがまったく合わないくらいに足裏に特殊事情がある。

後者であるかどうかを調べるテスト方法を考案しています。このテストはテスト用インソールが無い場合も使えるので便利です。
足裏を見せていただき図3の場所を指で強く押します。両足に同じことをします。脳にその場所を刻印するようなつもりで圧します。なかには「痛い!」という方もいらっしゃいます。それくらい強く押すのです。
再び立っていただき両腕を前へ出していただきます。「さっきと同じように私が両腕を押さえますが、下げられないように抵抗してください。意識はさっき押した場所に置いてください。意識を置くだけで体重がそこに乗りますが、意識的にそこに、そこに全ての体重が落下するようなイメージをもってください。

するとたいがいの方はしっかり抵抗できるのです。抵抗できた方はインソールをつくれば効果が得られます。それがわかるのがこの見きわめテストなのです。テスト用では、その場所に体重が乗らなかったことがわかります。その場所(スイートスポットといいますが)に無意識で常に体重が乗るためには三つのアーチを備えたミラクルインソール「姿美人」でないとできないことなのです。その人用のマイソールができあがれば、その場所に体重が落ちるようになっています。

スイートスポットに体重が乗ること、それは正しい重心に決まったことになるのです。重心が正されるとなにが起こるか。これがウオーキングに奇跡をもたらす基本的条件なのです。そういう意味では日常の歩行は重心が狂っているのでマイナスの奇跡が生じているといえます。上記のチェック項目は全てが重心を狂わせた歩行の結果なのですね。外反母趾や魚の目など、だれも意識的に作ろうとしていないのにできるのは、ある意味不思議で奇跡的です。
posted by 変才冨田 at 20:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月23日

連載 5,6 食と動の統合

連載 5,6
3 重心とバランス
 今からお話することは、おそらく人生全てにあてはまることです。それどころか宇宙自然界の事象から社会にまで貫徹する法則のお話なのです。

 “バランス”この世界は全てがバランスで成り立っています。バランスという言葉から連想するのはヤジロベイやサーカスでの綱渡りですね。左右に振れつつ落ちません。回転する駒も遠心力と求心力のバランスで回っています。男と女の数もバランスの一つです。家計の支出もバランスです。収入少なく支払いが多いでは、バランスが保てませんから破産します。自律神経もバランスです。交感神経というアクセルと副交感神経というブレーキのバランスで生理が進行します。右脳と左脳もバランスで統合された脳の働きが起きています。さまざまな現象の背後には“バランス”が存在しでいます。

 そしてバランスを成立させるためには必ず中心があるものです。それを東洋哲学では中庸と称しています。左は陽性であり、右は陰性です。この三つの働きが互いに連携されているときこそが、すべてが正常に運行しているのです。

 ヨットが進んでいるときは、その帆柱は左右に揺れ動いています。その左右の揺れを中心に引き戻す働きがなければ転覆してしまいますね。この中心を作り出しているのは帆柱ではありません。ヨットの重心なのです。あなたは人生の重心をどこに置いていますか。もし重心が設定されていないのならば、その人生は左右に振れすぎ転げてしまうでしょう。あるいは流行に左右されるだけの散歩のような人生となるでしょう。あなたの会社はどこに重心が置かれていますか。もしも不明確なら経済情勢だけに左右され、翻弄されるでしょう。

 そしてあなたの歩行を疲れさせているのはこの身体の重心の狂いなのです。

 ではあなたの重心はどこにあるのでしょうか。さきほどのチェックは一つでもあれば、それは重心が狂っていますよ、という信号なのです。
 たとえば7,8,9,10,13,15,20,22にチェックが入った方は体重全体がかかとにかかっているのです。11,12,14,16,17,21,23,24にチェックを入れた方は体重が脚の外側にかかりすぎているのです。両方にだぶっている場合は二重苦になっており身体が(つまり心が)悲鳴を上げています。
 では、正常な重心とは足裏のどこにかかるものなのでしょうか。

次に当研究所でよくあるお客様とのやりとりを再現しながら説明しましょう。
4 腰痛の女性(43歳)
 実は、今から書くことは今日のお昼に研究所を訪ねてこられた女性とのやりとりです。
 その方を紹介された方と訪ねてこられました。かなり太り気味の女性です。
私「きょうはどのようなご相談ですか」
女性「腰痛なんです。5年位前からぎっくり腰をよく起こしています。それに偏頭痛をよく起こします」
と、言いながら左の腰をさすっています。
私「じゃあ、そのままの姿勢でできるだけからだをねじって首もねじってどこまで後ろを見れるか試してください。はい、では反対側も・・・」
左側が右よりも動きが悪いことを確かめます。
私「次はそのままの姿勢で靴のかかとを床につけたままでしゃがんでください」
Aさん「どうしてもかかとが離れそうになります。後ろにひっくり返りそうになります」
いくつかのテストをしてからだの拘束度を見た後・・・
私「では、これからいくつかテストをしてみます。それで体感がよければOKですから、インソールをオーダーされることをお勧めします。そうでなければお勧めしません。別な手立てを考えてみましょう。偏頭痛も姿勢の狂いからきていることもあります。では、そこのマットに靴を脱いで立ってください」
私「後ろから声をかけられたら、きっと右に振り向くでしょうね」
Aさんはなんどか左右に振り向いて「そうですね、左は動きにくいです」
私「左の肩が右より前に出ているからです。捩れがあるということですね。それから脚を組むときに右足を上にして組むでしょうし、左を下にして横          になりますよね」
Aさん、思い出す様子で「はい、そうしていますね。えー、どうしてわかるのですか」
私「姿勢を見ているとわかります。では、目を閉じてください」
すると彼女は左右に揺れ動きます。この場合は左右重心位置が狂っているのです。右にうんと振れてから左へ揺れ戻しています。前後に動く人の場合は多くはかかと重心になっています。Aさんはそのうちに頭部が楕円を描くように振れています。頭が楕円を描く場合は両方の狂いなのです。
この場合は左の腰痛があり、かばっているので右の膝痛に発展する可能性もありそうです。
私「では今から、この姿勢が筋肉系の働きによくない影響を与えているかどうかを調べます。右手で親指と人差し指で輪をつくってください」

posted by 変才冨田 at 22:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

連載7 食と動の統合

私「では今から、この姿勢が筋肉系の働きによくない影響を与えているかどうかを調べます。右手で親指と人差し指で輪をつくってください」
これはO(オウ)リングテストといわれるものですが、この場合は大きな力を調べるので筋反射テストの範疇になります。(参考図1)

私「しっかりと力を入れて私にはずされないようにしてください」
私が相手のくっついている指先をはずそうとします。相手は顔をゆがめて頑張ります。これでその人の生きてきた癖もわかるのです。スッと急に力を抜く人がいます。あきらめが良いというか、淡白な性格ですが、これは姿勢の関係で頑張れないということもあるのです。必死で負けまいと頑張る人は、文字通りどのようなことも努力しようとします。また、勝ち負けにこだわる性格的な面もあります。
この女性は、やってみると力はありますが指は離れました。
私「力はありますね。腕力に頼って生きてきたかも」(笑)
Aさん「そうかも」(笑)
私「では両腕を前に水平に出してください。(私が腕を下げようとしますので、下げられないように抵抗してください。(参考図2)
最初は一生懸命に抵抗しますが急に力が抜けて、カクンと腕が下がります。これは、それ以上抵抗すると腰に障るので脳が無意識に力を抜くのです。多くの人は二の腕の上部に力を入れます。そこが痛いという人も多いようですね。腕は頑張っても腰から折れて崩れる人も多いです。これはお腹に力が入らない人の特徴です。
私「やはり腰が良くないようですね。指の力とはぜんぜん違っていますね。アンバランスですね」
私「足のサイズは何センチですか」
Aさん「24センチです」
その人のサイズのテスト用を床に敷きます。
私「このインソールの上に立ってください」
Aさんがその上に立ちます。
私「どんな感じですか」
Aさん「気持ちいいです。土踏まずが心地いいですね」とニッコリします。

ほとんどの方はいろいろ感想を言ってくれますが、時々首を傾げて「よくわからない」という人もいらっしゃいます。これは非常に重要な問題が出ているのです。足裏が変化した影響を受けてなんらかの身体的変化がおきているのですが、それを察知できない状態になっています。こういう人は意識が強く、努力と頑張りで生きてきた人です。そのぶんだけ身体の変化に鈍感です。こういう人は身体が疲れて悲鳴を上げても、それが意識化できないのです。ある日突然糸が切れたようにして倒れます。数ヶ月頑張って数日突然休むというパターンになります。こういう人は意識が常に外向きになっています。自分よりも他者優先の生き方が目立ちます。また人生は「勝ち負けであり、競争だ」という人生観の方が多いようです。自分の身体的変化の声をよく聞いている人は適当に手を抜けますし、休みます。

私「ではさっきと同じテストをします。Oリングしてください。グッと力を入れてみてください」
このとき「あれ、不思議!すごく力が入っているみたいです」と感想を述べる人もいらっしゃいます。スポーツマンやかつてスポーツをしていた人に多いですね。これは、スポーツをしていた人は身体内部の観察力を培ってきたからだと思います。感性の豊かな人もわかります。
この方の場合は首を傾げています。やはり意識化が強すぎる人なのですね。

私「前頭葉の意識は気がついていないようですが、もっと奥の脳はわかっているかもしれません。ではさっきと同じように、私がはがそうとしますから抵抗してくださいね」
すると見違えるように力が入っています。
Aさん「えー、うそー」
こうした反応はよくあります。「さっきと同じ力ですか。さっきよりも力を入れていないのではないですか」と私を疑う人も多いのです。
そういう場合は「あのね、人を疑わないで自分の感覚を信じてくださいね。本当はさっきよりも力を込めているのですよ」と言います。
そうなのです。意識化の強い人は自分を信じていないのです。自分を信じていないので他者優先になっているのです。
私「さっきは指と腕の力だけで抵抗していたのですが、今はつま先から腰背中や肩まで、すべての筋肉が指先の力に手を貸しているのです」
私「では、さっきのように両腕を上げてください。抵抗してくださいね」
すると今度は鉄筋が入ったように少しも落ちません。まるで別人です。
Aさん「信じられないです。この敷いているモノのせいですか」
Aさんを紹介した女性「不思議やろー。みんなこうなるから何度見てもおもしろいわ」(笑)

私「このインソールの上に立った瞬間に姿勢が改善されて、その結果個別に働いていた筋肉が相談できるようになり、脳が力の入れ方がわかるようになったのですよ。もう一回やってみましょう」
Aさんの腕はやはりしっかりしています。そのままAさんに確かめます。
私「お腹に力が入ってるってことがわかりますか」
Aさん「わかる、わかる、力入ってます!」
私「では、インソールからおりてください。無しでもう一回やってみます」
もう一回両腕を前に出してもらい、さっきと同じテストをしようとします。
私「さっきできたからできそうな気がするでしょう?」(笑)
Aさん「はい、できそうです」(笑)
・・・、ところが
Aさん「アレッ、ぜんぜん力が入らない。お腹に力を入れようとしたのに、変ですね。もう一回してください!」
それでもだめで、再びインソールの上でするとしっかり力が入ります。
私「つまり、あなたのいままでの立ち方はお腹を使っていなかったということなのです。重心が狂っているとお腹に力が入らないのですよ。ではいままでどうやって立っていたのか・・・。背中と腰の筋肉だけ使って立っていたのです。
posted by 変才冨田 at 21:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月19日

連載4 食と動の統合

「私は事故で脚に障害をもっています」「生まれつき脚に異常を抱えています」
だからといって幸せになれないわけではありません。あなたが現在もっている動物としての機能を使い切ればよいのです。人と比べないのです。自分の現在の機能を使いきっているかどうかなのですね。自己の能力を使い切っているかどうかが、幸せの定義なのです。誰かと競争して勝つことで幸せになれるわけではありません。今の自分を卑下して理想の自分と競争させてもいけません。今の自分がキチンと機能しているかどうかなのです。
 では、キチンと機能させるにはどうすればよいのでしょうか。いえ、なにがあなたの機能を出し惜しみさせているのでしょうか。
 その原因は二つあります。
 一つは重心が狂っていること。もう一つはお腹です。
 では、“重心の狂い”についてお話します。それこそがあなたの機能を使いきれない理由であり、毎日不快にさせる原因なのですから。重心が正常になれば、今すぐに満足感がやってくるのですから。
posted by 変才冨田 at 18:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月18日

連載3 食と動の統合

 では、その脚という幸せの根っ子の状態を今チェックしてみましょう。

□にチェックを入れてください。
□ 1 30分も立っていると座りたくなる。
□ 2 観光地に行くとすぐに喫茶店を探す、ベンチを探す。
□ 3 近距離でもタクシーを利用したくなる。
□ 4 階段は使いたくない。
□ 5 帰宅して脚を揉みたくなる。
□ 6 足が重い、だるい、痛い。
□ 7 脚がつる。
□ 8 静脈瘤がある。
□ 9 かかとが痛い。
□ 10 かかとがカサカサしている。
□ 11 足裏にタコ、豆、魚の目などがある。
□ 12 足の小指が腫れているように浮腫んでいる。爪が発育しない。
    小指の外側にタコができている。
□ 13 足指の全部がすんなりと床についていない。
□ 14 外反母趾がある。
□ 15 足の腹(指の下方、はえぎわの下のふくらみの場所)が厚く硬い。
□ 16 肩にねじれがある。どちらかの肩が前に出ている。
□ 17 片方の肩が下がっている。
□ 18 首が真っ直ぐに立っていない。傾いている。
□ 19 首が凝る。
□ 20 首が前に出ている。
□ 21 膝が痛い。
□ 22 足首が固い。
□ 23 O脚になっている。X脚になっている。
□ 24 立っているときつま先が外に開いている。閉じている。

 いかがでしたか。
 一つでもチェックがあれば、それは脚の機能が「満足」できていない証拠です。「満足!」、<足が満ちる>とあるではありませんか。満足感とは足の機能を使い切ったときにこそやってくる感覚なのです。それこそが幸せの感覚なのですね。脚がだるいとき、やる気も萎えませんか。脚が萎えるとき、そのときこそが気力も萎えるときなのです。

「運命」という言葉、「命を運ぶ」と書きますね。命を運ぶもの、それは脚なのでした。最終的にその人の運命を決するものは脚なのです。
ならば目標は脚を丈夫にして、いくら歩いても疲れないばかりか、もっともっと歩きたくなる状態にもっていってあげれば、運命を転換し、自分を幸せな状態にすぐにできるのではないでしょうか。
 先ずは、あなたの人という動物としての機能を使い切ることから始めるのです。
posted by 変才冨田 at 20:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月17日

連載2 食と動の統合

 2 今、たった今から幸せになる方法
 幸せには根っ子があります。根っ子とは、人という動物としてその機能を100%使えているかどうかということです。動物はその機能を使い切っているときが幸せなのです。たとえば鳥は翼をもっていますね。いくらエサを与えられていても籠の中では翼を使うことはできません。ですからその鳥は幸せではありません。
 先ほどテレビ放送で老人がリハビリを受けているシーンを見ました。長い入院生活で足腰が弱ってしまい日常動作ができないようになっています。リハビリの功あって一人で床から立ち上がれるようになりました。その瞬間、その老人の顔つきまでが力強く変化しました。その顔は幸せの根っ子から生まれたものなのです。
 さて、みなさんは自分の身体的機能を使いきっていますか。身体的機能の大部分は脚にあります。なぜなら、腰から下の筋肉は全体の70%を占めるのです。
なぜそんなにも筋肉を集中させているのでしょうか。脚には生きていくうえで重要な任務をもっているからです。脚の機能や状態にこそあなたの現在の幸せの根っ子が存在するのです。
posted by 変才冨田 at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

食と動の統合

(1)「元気に歩いて、玄米を食べれば、それでいいじゃないか」
 1 いつもの研究所の風景
 さっきまで暗い顔をしていた方がニコニコして当事務所の階段を上がってきます。
 「階段がね、とっても楽です。来たときには一歩一歩足を揃えてでないと上れなかったのに、普通に昔みたいにあがれました。歩いていてもかってに足が前へ前へと進みます。とっても不思議です。今、すごく背中が伸びたみたいで楽です」

 なるほど姿勢がさっきとは違って真っ直ぐになっています。
 いったい何が起きたのでしょうか。研究所にその方が来られてからわずか10分後の出来事です。私はいっさいその方に触れてもいないのです。外気功師が杖をついた人に気功治療を施し、その結果すぐに杖なしで歩き出す…。それと同じことが当研究所ではしばしば起きます。
 昨日は外反母趾が障って「すごく痛いんです」と訴える若い女性が紹介されて、足取り重が重い様子で来られました。外反母趾でも痛まない方は大勢いらっしゃいますが、少しの曲がり具合で神経に触れる痛みを覚える方も多いのです。でも1分後にはニコニコします。「痛くなーい。ふしぎー、ホラ、こんなことしても痛くない!」と言いながら足にいろんな動きをさせて確かめています。いままで余程苦労をしたのでしょう。このままでは歩けなくなるかもしれないという不安もあったのでしょう。ところが当研究所の周囲を歩いて戻ってきたときは、やはりニコニコしています。そういう姿を見ると、その人だけでなく私も幸せな気分になるのです。

 さて、最近は若い方も大勢研究所を訪れるようになりました。今は別に困っていないのですが、かといって将来の予防というわけでなくやってきます。もっと今よりも自分をよい状態にしたいのです。私もこうした目標をもち向上欲のある人たちは大歓迎なのです。
 みんな姿勢が変わり、歩幅も伸びかっこよく歩き始めます。よくある感想をいくつか思い出すままに書いてみましょう。
 「身体が軽くなった」「いくらでも歩けそうな気がする」「立ち仕事なので嬉しい」「これから歩くのが楽しみ」「腰が伸びて楽です」「腰が痛くて八百屋をやめたけど、やめるの早かった」「膝の痛みがなくなった」「足が高く上がる」
「つまずかなくなった」「タコの痛みがなくなった!」などです。
 なぜこうした現象が当たり前のようにして起きるのか。私は身体に一切触れているわけではありません。もちろん気功師でもありません。

詳しくお話しましょう。これからの私の話が、もしかしたらあなたの未来を力強く切り開く力になるかもしれませんから。
posted by 変才冨田 at 22:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 食と動の統合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする