玄米を食べ続けて50年
マクロビオティックの創始者・桜沢如一先生が、提唱した半断食法「七号食」を何度も実践した結果、「未精製の穀物(玄米・古代米・雑穀米)を好きなだけ食べても7号食と同じ効果が得られる」事を発見、『トミタ式七号食』の普及に努めています。

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2008年04月29日

基本食について3

さらに、最も重要なことですが・・・。

食べ物に魂を入れること。

これが
栄養学と食養学の大きな相違です。

栄養学は食べ物を栄養素という小さな単位に分解し、栄養素のなにが役に立つのかを調べます。
最終的には分子の言葉が出てきます。
かくて食べ物は環境と無縁の存在になりはててしまいます。
食べ物が環境と切り離されるほど、食べる人は環境と切り離されるのです。

「牛乳はなんのためにありますか?」
「はい、骨のためにあります」
この解答、本当はナンセンスなのに現代日本ではナンセンスではなくなっているのです。

「卵やお肉はプロテインスコアが100点満点です。」
これは
たんぱく質に要素分解ですね。

でもこれでは、その卵やお肉が抗生物質漬け、添加物だらけの飼料で出来上がったものと言うことは不問になってしまいます。

また、栄養学の中心はカロリー学説です。
食べ物を食べ物の本質とは無縁の熱量として要素分解します。
これではそれを見て「太るか、太らないか」だけしか考えられなくなります。

ごはんもカロリーの塊にしか見えなくなり、ごはんの本質が見えなくなります。

分解するほど環境と人はかけ離れてしまいます。
いのちは環境で支えられていますから、そうした食べ物の考え方は
いのちと切り離されていくのです。

最初に戻りましょう。

食べ物に魂を入れるとはどういうことなのでしょうか。
考えてみましょう。

ヒントは
関係性です。
世界は関係性で成立しています。
関係性が深くなると愛が生まれます。
関係性とは対象に自己を入れ込むことなのです。
対象に自己を作り出すということなのです。

食べ物に魂を吹き込むとはどういうことなのでしょうか?

posted by 変才冨田 at 00:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 基本食について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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