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2018年09月22日

自力について 4

最近このテーマにこだわっているのは
自発性の意味を考えているからです。

心の内燃機関が旺盛に働いている人は何やっても最後は成功します。

皿回しで言えば

だれかに常にケアされないと動けない人は皿ですね。
皿回しをしている人は揺れ始めて落ちそうになっている皿に駆けつけて回します。

そういうリーダーは常にそれに気をとられて一生皿回しを続けます。

どうすれば自動で回る皿回しに交換できるのか。
それができるようになると
本物の教師です。
皿回しを続ける人は ずっと他者を皿のままで終わらせます。


さて


第三回の続きです。

身体に何かの良くない兆しに「気づいた人」はどうするでしょうか。

自己が食べ物に完全依存している存在だと気づいた人は食べ物を改善しようとします。

気づかない人は(大半が気づかない)薬を飲んで治そうとします。
自分の本当の依存先(食べもの)がわからないので
くださいに依存しようとします。
見当が狂っているので完全依存になります。

無自覚状態ですね。これでは本当の改善に繋がらないので未来が見えません。
仏教で言うところの「無明」状態です。
周囲が暗いので見えない、これが無明です

「気づく」というのは狭い意味で「悟る」ということです。

もう一つは症状の兆しにも「気づかない」ということです。
これを仏教では「頓トン」と言います。アホってことですね。

生活を変えないので病状は深刻化します。



整理します。

我々の存在の土台は依存しているということです。
依存しなければ存在し得ないのです。

自分が依存して存在だと気づくか気づかないかが
人生の課題です。

気づいた人から順番に自立していきます。
存在そのものが依存状態であることに気づかない人は
完全依存から抜けだせず生命の自立性を理解できないまま
人生我々終了させます。死ぬときにわかるのかもしれないですね。

完全依存の人は自分は死なないと考え
気づいた人は自分の死を実感します。
実感した人から自発性が弾丸になって放たれます。

posted by 変才冨田 at 01:18| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
皿回しの話ですが、面白いたとえ話です。私もある部分では、皿を回し続けて、人を皿にしてしまうところがあったと思います。
今回は、健康上の事情で、それを強制終了させることにしました。
そしたら、皿の方が、「(私がいたら)自分達でしなくなる。すぐに頼ってしてもらおうとする(依存する)から。いなくていい」と言いました(笑)。
人は本来、自分で回りたいものなんだと思います。
病気とはなんと意味の深いものなんでしょうね。
本来の望みで生きていないことを教えてくれます。
Posted by KF at 2018年09月22日 05:30
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