玄米を食べ続けて50年
マクロビオティックの創始者・桜沢如一先生が、提唱した半断食法「七号食」を何度も実践した結果、「未精製の穀物(玄米・古代米・雑穀米)を好きなだけ食べても7号食と同じ効果が得られる」事を発見、『トミタ式七号食』の普及に努めています。

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2018年05月25日

お米を食べること 1 その意味1




しばらく食について書いてみます。

特に穀物食の中でもコメについて論究したいです。

現代日本は糖質制限食などの暴論があり

これについても批判を加えたいと考えています。



食べものの持つ本質は「いのちを維持すること」にあります。

決して娯楽の為ではありません。

いのちを維持するためには、それがすぐ側にあるということが重要です。

滅多に手に入らないものであれば生命の危機です。

すぐ側にあるというありふれたものであることが重要です。

人類は保存できていつでも食べられるものを主に食べてきました。

その需要に適っていたもの、それが穀物です。

収穫が多く保存もできる。

これを手に入れたことで人類史が始まったと言えるのです。

食べ物が手に入るかどうかわからない不安感は文化的な生活とは程遠い状況ですね。

洞窟に残された壁画は私たちから見れば文化芸術ですが、

書いた人は「イノリ」の一つであったでしょう。

カタカムナ風に言えばイノチは血(チ)はイノって得られるものという直感でしょう。

イノリのリ(離)は動物のチを離して自らのチにするという意味があります。

イノリはイノチに直結する行為であったわけです。

動物は逃げるし、群に出会えるチャンスはそうないのです。

動物食は不安定だったわけです。

穀物を手に入れたことで食は安定し余剰時間ができました

生活の余剰が文化なのです。

ヨーロッパの人々は肉食だと言いますが、誤解です。

後年になって肉の保存法ができました。

それは生かしておくことが保存法だったのです。

家畜のはじまりですね。

けれど家畜の餌が必要です。

草を食べる牛馬の餌として牧草を育てました。

人間の消化器官は牧草のセルロースは不消化で栄養にならないのですが、
牛馬はそのセルロースを食べる消化できました。

つまり

植物→牛の組織→人間が食べられる

そんな手間をしないで最初から穀物を食べれば良さそうなものですが、

寒冷の土地では牧草しか育たなかったのです。

そういう意味で理に適った食の流れであったのです。

ところが現在は、、、、、

続く

posted by 変才冨田 at 16:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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