玄米を食べ続けて50年
マクロビオティックの創始者・桜沢如一先生が、提唱した半断食法「七号食」を何度も実践した結果、「未精製の穀物(玄米・古代米・雑穀米)を好きなだけ食べても7号食と同じ効果が得られる」事を発見、『トミタ式七号食』の普及に努めています。

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2018年01月03日

マクロビオティックの性の考え方 3

性の解放とは人の経済からの解放とリンクしています。

経済条件で性は拘束されているからです。

女性が男性を選ぶ条件ですが

25歳までは男は顔!
26歳からはお金だと言うのです。

そういう点では男性にとって甘い世の中です。

だって人格を磨くより経済力をつければ女性に選ばれるのですから。

つまり男性もお金に拘束されるのです。

けれど年収が300万円時代です。

経済力のある男性はすでに結婚しています。

経済力のある男性は需要があるけれど供給少なく
過当競争になっており、40歳を過ぎて独身という男女が増えています。

女性の側から見れば何も苦労して家事労働だけが増えるより
今のままで気楽が良いと考え、男性は自信なく沈んでいるだけです。

性の自由は経済力だけではなく現行の倫理道徳の克服もあります。

道徳の「道」とはタオという意味があり、このタオの原型は陰陽です。
陰陽とは人間で言えば性の交流のことで
道とは性の交流、簡単に言えばセックスのことです。

同祖神があります。祀っているものは男女の性器ですね。
道祖神でもあるのです。
これを生命の源と捉えて大切にしています。

では性愛ではなく愛そのものってあるのでしょうか?

皆さんは赤い色の存在は分かるでしょう。


けれどそれは赤いポストであったり、赤い布であって初めて認識できます

赤そのものだけでは存在できません。

愛も同じです。

人が存在しないところには愛も現れないですね。

愛は関係性において現象するものです。

男女の性に起因して愛は存在します。

だから性愛なのです。

性は遺伝子の継続欲求を具現化するものです。

(同性愛のことは別に書きます。ここでは、その存在は自然界によくあるミスコピーとしておきます。本道は男女の性差における愛です。こんなこと書くと炎上するかもしれないですね)

では、性愛は社会性があるのか、社会的なものが作用するのかということです。

性愛は環境の影響を大きく受けるのでしょうか。

不倫というもの。

これは起きてあたりまえのことです。

遺伝子の欲求は宇宙の意思なので倫理道徳では制御できません。

制御できないので社会的な圧力を加えるのです。

けれどその不倫のニュースが耳目を集めています。

一夫一婦制では包みきれないものがあって、こぼれ落ちるものが不倫です。

男はいつでも精子を配りたい。

女は卵子のコストと子育てのコストがあるのでより吟味したい。

これでは乱婚になります。

そうです。
おそらく人類の婚姻形態は

狩猟生活とリンクして乱婚を出発点にしている。

その方がお互いに都合が良いからでしょう。

夫が一人だと亡くなるとたちまち庇護を失い困ります。

誰の子かわからないのは都合が良いのです。

男たちみんなの庇護を受けられるのです。

男たちにとっても、誰の子かわからないけれど自分の子である可能性があることで満足です。

なぜなら遺伝子の伝達以前に生存しなければいけない。

生存するには若い世代を増やすことの方が有利です。

男たちは女の奪い合いという競争をするようなことは飢えと隣り合わせではできない。

性をお互いに共有し合うのは都合が良かった、というよりそうなるのは必然的です。

ではお互いの遺伝子を生存させる競争はどこでしていたか。

女性に生殖器の中で精子が戦っていたのでしょう。

これには男性性器の形から説明されているようです。


では、なぜ一夫一婦制が現代の標準になったのか。

それは剰余生産物が産まれたからです。

余分な食べ物はどこかに仕舞っておける。

そうなるためには腐らない食べ物が必要でした。

穀物の発見から栽培に移行した時

私有財産がこの時に生まれ

私有財産の継承と遺伝子の継承が一致して
一夫一婦制が生まれました。

私有財産が子育ての裏付けになったので乱婚で男たちに守られる必要性が薄れてきたのです。

男も完全に自分の子であるという保証が得られました。

農耕は広い土地を必要として土地の私有制も生まれました。

定住が始まります。

移動する民と定住する民は存在基盤が違うのです。

考え方も文化も違うのです。

農耕は生存に有利です。

穀物は貯蔵できるので飢餓対策ができました。

狩猟時代が200万年
農耕時代は2万年

身体の生理は圧倒的に肉食時代に作られたので
人は肉食に適応しているという糖質制限食からの意見もあります。

僕は2万年の適応を過小評価しているとい考えています

貯蔵ができたことで生存数が増え、剰余の食べ物が労働から解放し文明文化の基礎を作った。

つまり穀物食が人を社会的な動物、すなわち人間に進化させたと考えています。

穀物食に適応するために生理的仕組みも短期間で変更しましたが、それ以上に

考え方をドラマチックに変えたのです。


(なんとなく書いてはきましたが、こんな話はおもしろいでしょうか)



長い


posted by 変才冨田 at 10:51| Comment(0) | わたしの哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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