玄米を食べ続けて50年
マクロビオティックの創始者・桜沢如一先生が、提唱した半断食法「七号食」を何度も実践した結果、「未精製の穀物(玄米・古代米・雑穀米)を好きなだけ食べても7号食と同じ効果が得られる」事を発見、『トミタ式七号食』の普及に努めています。

ブログ記事も8000を超えました!


2017年11月21日

自然医学と生き方

自然医学の考え方の根本は奈辺にあるか。

自然医学は未来を考慮に入れないということがあります。

なので、自然療法を実行する人は

「私の病気はいつ治るか?」と訊いてはいけない。

自然医学の本質は

治るか治らないか?

そういう問いかけ自体が無意味なのです。

なぜなら、自然医学の対象は「今のみ」にあるからです。

自然医学は「今」の何を対象とするのか?

それは「今、不快でない」という感覚や感情を対象とします。

未来の感覚や感情を対象にしないのはあたりまえのことで、

未来は未だ来ていないのでコントロールできる範囲ではないからです。

もちろん過去も同じです。

意識でコントロールできないことは自然医学の対象になり得ません。

従って、自然医学は死んでからのあの世のことは口にしませんし、

過去のトラウマも一切問題にしません。
、、
「今」という生きている時だけを重要視します。

それ以外は「妄想」とみなします。

目的は「今!不快でない状態」を作り出すことです。

今、楽しいという状態も目的にしません。

なぜなら、「楽しい」という状態とは不快でない状態と同じなのです。

癌やアトピー性皮膚炎や重病を闘病中の方は、

これからどうなる?

それに焦点をあてないことです。

どうなるかわからない未来のことを煩うことは

妄想に身を委ねて却って良くない状態を作ります。

妄想とはコントロールできないことに囚われている状態をいうのです。

日々不快でない状態を連続することです。


そうやって考えると自然医学の考え方は生き方全般にわたりますね。

友人知人や親子、夫婦などの人間関係で生じる不快も

実はコントロールできない相手をコントロールしようとして不快を生み出します。

コントロールすることで未来の結果を期待しているからです。

そもそも期待とか希望も未来の想定概念ですね。

希望や未来が自己都合から発している場合は妄想になります。

今を生きる、というのは今を不快に生きないということです。


ということが自然医学の論理なので、その療法や生き方が確かなのかという根拠(エビデンス 科学的根拠)も問題にしません。

今を不快でない状態を日々連続させることで、結果として治病という現象が起きるのみです。

それは身体という自然が勝手に起こすのです。

私たちは自然をコントロールできませんが、自然力が当たり前に生じるように舞台は作れます。

人間には人参を作ることはできませんが土を作ることはできます。

同じように病的になった組織や細胞は自然が仕方なく必要で作ったものですから

私たちには消すことができません。

けれど、私たちは土でできているのだと思い至った時、

篤農家のようにもう一度ふかふかの土を作り出すような心構えで身体という大地に取り組めば

病的な組織や細胞は元に戻るのです。

同じ意味で冷たい硬くなってしまった心も

ミネラル豊富な水と太陽光を与えることで

柔らかな心を取り戻せます。

不快な心とはブルドーザーで土を固めたからです。

良い言葉と良い行為こそが柔らかな弾力ある心に撒く肥料です。

身体と心は一体のもですから

篤農家のように身体と心に接しましょう。

それが日々を不快でない状態を作るのです。

私もそのように生きようと思いますよ。








posted by 変才冨田 at 13:36| Comment(0) | わたしの哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。