玄米を食べ続けて50年
マクロビオティックの創始者・桜沢如一先生が、提唱した半断食法「七号食」を何度も実践した結果、「未精製の穀物(玄米・古代米・雑穀米)を好きなだけ食べても7号食と同じ効果が得られる」事を発見、『トミタ式七号食』の普及に努めています。

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2017年11月15日

ご飯を食べるが如く人を食べよ

前回にコミュニュケーションのあり方について書きました。

対話とはお互いに変化を促しあって、結果として両者ともに元の立ち位置に戻れなくなる。
すなわち思考の発展が刻印されて、もはや以前のレベルに戻れなくなるということです。

料理もコミュニュケーションです。
小豆とカボチャを鍋に置いただけでは対話はできませんね。

対話に至るには条件があります。

そう、水に浸けること。
それだけでもダメですね。
そう、熱を加えて煮ることです。

鍋と水に熱を加えて「対話の場」が生まれ、
それは小豆とカボチャが変性する場です。

小豆とカボチャのいとこ煮の完成ですね。
もはや小豆とカボチャは元に戻れません。

それどころか、元々両者に無かった性質が生まれていますよ。
これを食べると(対話すると)糖尿病が改善するのです。

糖尿病という波を起こしている場にいとこ煮の場が入り対話が始まります。
料理とは素材を切ることで、調理とは素材同士のそれぞれの波を混合して
、つまり対話してもらうことです。
塩と熱によって素材は混濁し変性します。

対話には鍋と水という場だけではダメなんですね。

二人が部屋(鍋)に居るだけではダメで、なんらかの共有している
方向性(水)があり、そこに熱が加わると対話に至ります。

お互いの熱意で変性場が出来上がります。

料理も調理も人の対話も同じです。

もう一つ重要なことがあります。

続く
posted by 変才冨田 at 17:54| Comment(0) | わたしの哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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