玄米を食べ続けて50年
マクロビオティックの創始者・桜沢如一先生が、提唱した半断食法「七号食」を何度も実践した結果、「未精製の穀物(玄米・古代米・雑穀米)を好きなだけ食べても7号食と同じ効果が得られる」事を発見、『トミタ式七号食』の普及に努めています。

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2017年08月24日

正しいことはいくつもあるが、真理は、、、

立場によっていくつもの正しいことがある。

立場の数だけ正しさがある。

違う立場の人に自分の立場から「正しくない」

そういったところで相手が理解できるわけがなく、自分の正しさを言い合うだけだ。

あるいはどちらかが口を閉ざしてしまう。

だから自分の正しさを押し付けないことだ。


正しさは相対的なものなので、どれだけの広さ深さで見ているかでクルクル変わる。

では、正しさが無数にあるのならば

どんな生き方だって良いということになるか。

なるわけがない。

正しさというのは自分の立場から生まれるものなので、

正しさという呪縛から逃れる方法は自分を辞める以外にない。

自分の立場という檻から脱出できれば

正しさという意味不明な認知から逃れることができる。

では、僕たちは何を基準に生きれば良いのか。


自分が捨てられる過程で立ち現れて来るもの

それが真理というものだ。

真理は人の立場の属性ではなく、客観的にあるものだ。

真理は手にとってみることはできないけれど、

真理が生み出している各種法則は認識できる。

人間の個々の勝手な観念ではなく

世界の法則を認知することで

判断できるようになりたいものだ。

自分に固執している限り

正しさを争うことになり、自由は見えない。

自分が世界(宇宙)を見るのではなく

世界(宇宙)から自分という生き物を見たいものだ。







posted by 変才冨田 at 00:25| Comment(0) | わたしの哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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