玄米を食べ続けて50年
マクロビオティックの創始者・桜沢如一先生が、提唱した半断食法「七号食」を何度も実践した結果、「未精製の穀物(玄米・古代米・雑穀米)を好きなだけ食べても7号食と同じ効果が得られる」事を発見、『トミタ式七号食』の普及に努めています。

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2017年07月18日

愛する人たちを残して逝くとき

海老蔵さん 辛そうですね。

手紙という高倉健主演の映画がありましたね。

奥さんが逝く時に遺書で遠くの離島郵便局に手紙を送っているので取りに行って見てくださいとありました。

遠路はるばるその手紙をいけ取りに行くのでした。

受け取って、開いてみると

ごく短く

私のことは忘れて、と書かれてありました。

残された人はこれからも生きていかねばならない。

いつまでも死んでいる自分のことに気を奪われてうつ状態になって欲しくない。

そのために

紋切りで

私のことは忘れて

と短文で書かねばいけないのですね。

余計なことを書くと未練を残すのですね。

逝くときに

残された方は

お前のことは忘れない‼️

逝く方も

私のことは忘れないで‼️

ということになりがちですね。


喪失感で相手を鬱にしない

元気に生きさせるという

最後の別れってどういうものでしょう。


下記は10も前に書いたものです。


2006年の記事「いのちについて4」からの引用です。

もう5年前の記事なのですね・・・。

このときと考え方は同じですね。

(進歩してない?)


いのちについて4

1 死について

いのちについて語るときに死について語らねばなりません。生死は表裏一体であるからです。

生とはなにかを俯瞰するとき、その視野に死が入っていなければ生の意味が捉えられません。

人は必ず死にます。生あるものはすべて死にます。

今事務所の外では車が走り、人々が歩いています。話し声も聞こえます。

さまざまなざわめきを作り出している人々ですが、その大半は50年もすればこの世には存在していません。

けれどやはり外では人々のざわめきは変わらないでしょう。流れる川の水は違っても、流れが止まることはありません。

諸行無常ということですね。

世界は常に変化流動のなかにあります。この世界は変化で成り立っているのです。その変化のなかにわたしたちの「生死」があります。

宇宙から眺めれば、個人の生死は真に一瞬で泡沫(うたかた)のような現象です。

宇宙という大海から泡の一つとして生まれた一瞬のいのちです。

そのいのち達が、たまたま同時代という舞台で居合わせています。みんな儚いいのちの仲間です。
その儚さを古人は以下のように謡ました。

「人生五十年 化転のうちをくらぶれば 夢幻のごとくなり 一度生を受け滅せぬもののあるべきか・・・」これは信長が桶狭間に奇襲をする前に舞ったとされる幸若舞です。

「一期は夢よ、ただ狂え」「世の中はちろりにすぐる ちろりちろり」
「ちろり」とはちょっと光がきらめくように過ぎてゆく、という意味です。

儚いからこそ光芒を放ついのちです。

自分のいのちも他者のいのちも、その切なさを感じるとき、愛しく狂おしくなりただただ抱きしめたくなります。


10年前のこと。ある印象的な記憶があります。

「死ぬのが怖い・・・、どうなるのか考えるだけで怖い・・・」

電話口の向こうで、小鳥が鳴くようにか細い声でそう言われたのは末期癌の60代の女性でした。

わたしは言うべき言葉もなく、ただウンウンと聞くのみでした。

けれどいまわのきわの彼女はけなげで立派でした。

息も絶え絶えになったとき、自ら酸素マスクをはずし「みんな、ありがとう。幸せだった!

とっても幸せだった・・・」と、

全員の鼓膜に最後の声を刻み込み旅立たれたのでした。

病室に居合わせた人々の胸は感動で満たされ、その残されたかすかな笑顔をいつまでもいつまでも見つめていたのです。

厳粛な静寂のなか、病室に居合わせた人々を一瞬のうちに温かい渦で包んだ彼女でした。

死する人が生き残る人々を励まし、希望を与えた一瞬でした。

死が避けられないものであれば、死する意義とはこういうものではないかと思ったもの



posted by 変才冨田 at 16:55| Comment(0) | TrackBack(0) | わたしの哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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