玄米を食べ続けて50年
マクロビオティックの創始者・桜沢如一先生が、提唱した半断食法「七号食」を何度も実践した結果、「未精製の穀物(玄米・古代米・雑穀米)を好きなだけ食べても7号食と同じ効果が得られる」事を発見、『トミタ式七号食』の普及に努めています。

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2017年06月24日

若い働き人に告ぐ 働くことが憂鬱ですか?

働くことが憂鬱だという人がいます。

働いていないともっと憂鬱になるのにそう言うのです。

問題点は自分だけがそうだと思っているところです。

多くの人は働くことが憂鬱だと知らないのです。

土曜日が最も快活で日曜日は明日からの出社を考えて憂鬱が始まり、月曜日が最も憂鬱な曜日です。

月曜病ということです。

火曜日から諦めて耐えて土曜日が待ち遠しいです。

多くの人がそのようになっています。

サラリーマンマンという奴隷状態がそうさせています。

本来人は拘束されることが嫌いなのです。

したくないことを「させられる」憂鬱ですね。

起業家はどうか?

この人たちも憂鬱は変わりません。

クライアントに拘束させられ、彼らに希望に沿ってさせられているのです。

多くの人が憂鬱ですね。

けれど多くの人はそれを口に出しません。

大人だから言わないのです。

未熟な人は口に出します。

働くことが「罰」を受けている感覚は

休みが多いほど良いということになるし、

1日の仕事の中身に隙間を作りたくなるのです。

労働は密よりも疎が良いということになります。

そういう人の思考法に「能率」という言葉は違った意味になります。

仕事を端折る(はしょる)ことが能率になります。

外形として仕事をしたようになっておれば良いのです。

本来の仕事とはワークとミッション(魂や志し)が統合されたものですが、

仕事を罰として感じている人はミッション抜きの能率を考えます。

作業の背景にあるもの、つまり全体性の中で個別の作業が本来生じているのですが、

ミッションの抜けた作業にしてしまうと部分的なものだけがパーツとして視野に入っているだけなので、能率よくするほど肝心なものが抜け落ちます。

さて、働くことが憂鬱だと公言するようになると

困った事態が生じます。

経営者は積極的に仕事を任せることに不安感を増して

仕事を任せなくなり、極めて限定的な仕事だけ回すことになります。

その結果、経験値が得られなくなり暦の上だけで年齢を重ねることになるでしょう。

それだとその仕事さえ誰かに奪われかねません。

いつでも交代可能な仕事をしているからです。

あなたにしかできない仕事を得るには

その仕事を生じさせている全体性を知って、そこにも嗅覚を伸ばさねばなりません。

全体性を知ることは周辺が明るくなってよく見えるということです。

目の前が暗いのは目の前の部分だけにスポットライトをあてているからです。

先が見えないことをしているから憂鬱になるのです。

自分の人生全体と仕事の未来を含めた全体性を重ねることです。

これが憂鬱から脱出する建設的なやり方です。

これをもする気になれないのであれば、あなたは一生憂鬱な生き方を選ぶことになるでしょうね。





posted by 変才冨田 at 15:20| Comment(0) | TrackBack(0) | わたしの哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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