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2017年05月10日

坂爪氏の「ごちゃ混ぜの家」構想 2

坂爪さんの記事のご感想はどうでしょうか。

このblogの読者であればきっと面白いと思うでしょうね。

さて、彼のごちゃ混ぜの家構想は言い換えると家族性は血縁関係だけからしか生まれないのか?

そういう問いかけのようですね。

家族性の特徴に「あなたは居てるだけで良い」ということが挙げられます。

役に立たなくて良いですよ、ということです。

一方に社会的な人の関係性は役に立たなくて存在は許されない、というものです。

会社はまさしくそういうことです。

家族性と社会性はその立っている基盤が違うわけです。

坂爪さんが今さらその家族性を問いかけるのは理由があるようです。

それは現在において急速に「居てくれているだけで良い」という土台が崩れていると感じられたのではないでしょうか。

資本主義社会の仕組みというものは全てを役に立つデザインされたもの、つまり商品化させます。


学校経営とか家庭経営という言葉に代表されるように学校や家庭が会社化してきています。

教育投資という言葉に代表されるように子供は投資の対象になるのです。

子供には投資に見合った活躍が期待されます。

投資された子供には親の役に立つ生き方を求められます。

そういう意味では家族性の崩壊は貧困家庭のみならず中産階級に際立っていると思われます。

投資するからには子供は都合の良いようにデザインされます。

けれどもいくらデザインされようが現実が急速に変化しているので、商品はすぐに陳腐化します。

現実にはそのデザインは役に立たないのです。

デザインされすぎて、あるいはされなさ過ぎて大人になった人達は

役に立たなくて社会から疎外されます。

存在そのものが揺らいでいる人が増加しているようです。

自分は役立たずの存在だから消えてしまっても仕方がない。

「ごちゃ混ぜの家」構想はこうした状況に問いかけているように見えます。

役に立たなくては存在が許されない

そういう人間観は全ての人間観に影響を与えそうですね。

人種や育ちや出自への差別感情、学歴差別、 性差における差別感情

つまり恋愛観にも結婚観にも影響を与えています。

続く


posted by 変才冨田 at 16:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 認め合うということ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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