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2017年04月26日

世界を喪失しつつあるという感覚

最近僕の意識に不思議な流れが生じていますよ。

思春期にありがちで非常に青臭いことですが、

自分が自分であるということが不思議でなりません。

世界をこの独特な自分という感覚容器で日々感じているのですが、

この受容器を失えば全てを失うということが腑に落ちてしまい
困っています。

この感覚受容器の性能次第で世界が褪せばんだり
鮮烈になったりするのです。

老界に達するということは感覚の衰えを伴いますので、
日々世界は私から遠ざかるということになります。

いわば死というものが現実には毎日起きており

日々世界を失っているわけです。

例えれば
みなさんのポケットから歩くだけでお金がこぼれ落ちていると想像してください。

ポケットを抑えたくなり、それでもダメということが分かったら歩こうとしなくなりませんでしょうか。

僕が困っているわけが想像できましたか?

これは思春期に対して
老秋期の感覚でしょうか。

ポケットを抑えるような抵抗をしているわけですが
世界を失ってしまいそうな気分というのは切ないですね。

なぜなら世間的なことに意味を見出せない状況は
全ての意欲にも意味づけを失うからです。
存在を根底で意味づけする世界を失う感覚は困ります。

posted by 変才冨田 at 19:55| Comment(1) | TrackBack(0) | わたしの哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
先生の感覚が衰えたとしても、他の人よりは、充分鋭敏脱と思いますが?、言われている感覚は分かります。

人間は、そういう感じをどうやって乗り越えるのでしょうか。
それはどうでもいいことかも知れません。
もしかしたら、感覚が衰えているのではなく、世界との境目がなくなっているのかもしれあせん。

人間に、第6感を超える、第7感はありますか。
違う境地なのかもしれないです。
わからないけど。

私なら、お金が落ちたら、歩くのをやめないで、ポケットを縫うか、戻って拾いに行くか、あとから誰かに拾ってもらうかすると思います。
それもまだ若いってことでしょうか。

歩くのをやめても別にかまわないとも思います。
歩いて来てもらったらいいんんじゃないですか。

しらんけど(笑)。


Posted by kf at 2017年04月27日 22:07
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