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2017年04月26日

存在の認証と役に立つという認証の関係について2

若い頃の話です。

ある会社にハンテイングされました。

私「御社が期待するような成績が出せないかもしれませんよ」

相手「いや そんなものは期待していませんよ。冨田さんが居てくれれば凄く明るい雰囲気の良い社内になりそうです。それだけで良いので、たとえ売上なくても良いですから来てください」

忘れやすい性格なのに、妙に鮮明に覚えているのはどうしてでしょうか。

僕のセールス能力を評価されたのではなく、人格を認めてもらったのですね。

世の中にはどんどん役に立つものが生まれており、周辺は役に立つもので溢れていますね。

そうなると自分も役に立つべきものという想念が湧いてきます。

デザインとは役に立つものです。

一方アートは実用にはなりません。

みなさんは自分自身や人生をデザインしますか?
アートしますか?

デザインできなかった時
つまり有用になれなかった時

自分は役立たずだから居ない方が良いと考えてしまいますね。
存在の否定です。

自分はポンコツの出来損ないだと考えるのは、
役に立てないという自己への失望感ですね。

会社では有用性を求められるのですが、
家庭はその対極ですから
居てくれるだけで良いという基地になっています。

その家庭が会社のように有用性を求められたら
役に立つことを証明せねばならなくなります。

その結果、自分の存在価値を証明をするために余計な仕事を増やし、
ストレスフルを自ら作り出すのです。
役に立つことを証明しないと安心感ができないというのは、それだけで不幸ですね。

posted by 変才冨田 at 19:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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