玄米を食べ続けて50年
マクロビオティックの創始者・桜沢如一先生が、提唱した半断食法「七号食」を何度も実践した結果、「未精製の穀物(玄米・古代米・雑穀米)を好きなだけ食べても7号食と同じ効果が得られる」事を発見、『トミタ式七号食』の普及に努めています。

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2017年03月15日

使命としての仕事選び 4


野生動物の心象風景はどうなっているか。

おそらく、いつも食べ物のイメージを持っている。肉食動物ならシマウマなどのイメージがいtも渦巻いている。
繁殖期になればメスのイメージが頭から離れないだろう。

捕食活動(食欲)に生殖活動(性欲)に睡眠欲求などの三大欲求からのイメージで突き動かされているはずだ。

なんだ、これなら自分たちと同じではないか、そう思いませんか。

野生動物と人間の違いは、これら三大欲求にいろいろとデコレーションしている。

装飾音符付なのだ。

どういったデコレーションが付いているか。

動物は投げ捨てられたパンでも食べるけれど、人間は食べない。

手で食べないで箸やスプーン、お皿などで食べます。

その前には煮たり、焼いたり、蒸したり、切り分けたりします。

けれど飢えの極限にさらされれば食べる。これは人間が維持できなくなって動物になったからだ。

このデコレーションを聖書では「人はパンのみにて生きるにあらず」といっています。

性欲もそうですね。

単なる交尾ではなく恋愛とかの手続きを必要とします。

それを抜きにしてお手軽に性風俗店に通う男性もいますが、まだパンだけで生きている姿です。

箸やお皿、ふかふかのお布団や愛と言うものは全て「パン以外のもの」ですね。

それらを一括して文化といいますよね。

人間は文化的動物なのです。

「生きがい」とはこの文化活動を指します。

人が他者を助けるのも「文化」なのです。

これら広い意味での文化活動が足りなくなると、人は悩むのです。

火性で生じた人と言う動物は火性20点満点です。そして洗練されていません。
完全な利己主義で生きています。

20点満点というたくましさがこれからの生きる力になっています。

土性での過程で育てられることで徐々に人間になっていきます。
「おしめ」などは最初に接する文化でしょう。
なにが「快」で、なにが「不快」なのかを区別できるようになります。

文化とは人を次元の高い「快」に導く。

文化に接すると人は高い次元に導かれる。

人間とは動物のようにパンを必要とするけれど、パンを求める行為の内部にパン以外のものを発見し、創造しようとする。

そういう活動を阻害されると人間は疎外された感覚となり鬱にもなるし病気にもなる。

逆に云えばそういう症状になるのは、それだけ人間的活動を希求しているからにほかならない。

眠る時間まで削りそのほかは全て搾取的労働に強いられている人は、そういう症状で抗議している。

そういう意味では鬱も病気も広い意味での文化的抗議なのでしょうね。

こうした我々人間の本質を活かす仕事こそが必要です。

その仕事は安全なものではないのです。
続く






posted by 変才冨田 at 16:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 認め合うということ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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