玄米を食べ続けて50年
マクロビオティックの創始者・桜沢如一先生が、提唱した半断食法「七号食」を何度も実践した結果、「未精製の穀物(玄米・古代米・雑穀米)を好きなだけ食べても7号食と同じ効果が得られる」事を発見、『トミタ式七号食』の普及に努めています。

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2016年09月04日

仕事の本質 3  本能的欲求と自己犠牲の関係

コメントがありました。
>KFさん
>
>自分のことばかり考えているのは欠乏マインド、それは分かります。
>
>だけど、いくつか疑問にぶつかります。
>他に貢献するように働くことと、自分の健康を維持することのバランス。
>
>好きなことをして、まずは、自分が幸せに生きなければ、周囲のだれも幸せではない(幸せにできない)のじゃないの?ということです。
>その根底に、他のためにもなるということが、入って来ているのでしょうかね。
>エゴギョウを螺旋的に上昇するものと考えるといいのかなあ〜。
>いつも難しく思います。
>過敏性大腸症候群の子のお母さんが、自分の幸せを第一に考えるようになったら、子どもも治ってきたようです(高校生です)。
>
>自分の幸せをどこに位置づけるかということでしょうか。
>
>わかんない〜。
>
回答
根底、元に在るのは「自己」です。
赤ちゃんは「自己」主張してお母さんを振り回します。
究極の利己主義者ですね。
僕は「赤ちゃん」が大嫌いです。
僕は「赤ちゃんにならくて良かった」とほっとしているところです (笑)

さて、この利己主義者である赤ちゃんに睡眠時間まで妨害されて振り回されているお母さんのことを例にとってみます。

ただ、例としてはあまり相応しくないのです。
というのは「我が子」は延長された自己でもあるからですね。
けれど第一段階の説明としては適当です。

さて、
お母さんは大変な苦労をしています。
けれど「苦労が楽しい」という状態です。

自分でも満足しているわけです。
問題ないですね。
苦労が少しも楽しくならない、そういう状況で虐待が発生しますよね。

そうなる原因にお母さんの欠乏マインドがあります。
これが大きいと自己犠牲と感じるのです。
我慢せねばということになりますから、毎日が不機嫌になります。


恋愛は自己犠牲の練習になります。
満足な恋愛をすると子供を産む資格が与えられ
自己犠牲が楽しくなるのです。

さて、あなたが難しく感じるのは
自分を満足させたいという本能的欲求と高次な心の働きの関係だと思います。
これは次回



posted by 変才冨田 at 14:21| Comment(1) | TrackBack(0) | 認め合うということ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
高次の心の働き・・・そうなのでしょうか・・・。

話ずれますけど、
>苦労が少しも楽しくならない、そういう状況で虐待が発生しますよね。そうなる原因にお母さんの欠乏マインドがあります。
これが大きいと自己犠牲と感じるのです。我慢せねばということになりますから、毎日が不機嫌になります。


不機嫌になってしまった親が見ない、よその子を見ないといけない仕事って、それに向いてなかったら、不機嫌になります。相手が一人じゃないから・・・(笑)。ま、相手にしてないけど。
Posted by KF at 2016年09月04日 21:40
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