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2016年09月02日

ヴィパッサナー瞑想 15 ありのままに観るってどういうこと?1

さて、13からの続きです

「森でない森を観る」ってどいう状態だったのかですね。

庭園でボヤーっと蟻を見ていました。

自分の倍くらいある獲物を運んでいます。

上から見ていると右往左往状態で同じところをグルグル回っていてもどかしい限りです。

巣穴に早く戻ってくれと応援していました。

何処に巣穴があるのか追いかけるつもりでした。

こりゃあストーカーですね。

しばらくして、集中は続かないもので妄想に入りました。

すると、芝生が迫ってきて美しい模様に見えたのです。

緑もより鮮やかに3D以上の効果で迫ってきます。

なんだコリャア!

その瞬間に元通りの芝生になりました。

もう一度その鮮やかさを再現したくなって、芝生を見ながらにしてみないというモードにします。

眼は見ているけれど脳は見ていないという感覚にするのです。

そのためには脳は芝生に注意してはいけないのです。

すると再度素晴らしい模様が迫ってきたのです。

凄い!

そう思った瞬間に元の芝生に戻ります。

脳の意識が芝生に注意した瞬間にソレは芝生となるのですね。

それはこういうことです。

脳は「芝生という意味づけ」を芝生に与えて芝生を見るのです。

わたしたちの人間の脳はソレに意味を与えてからそのように見るらしいのです。

虫さんや鳥さん、犬さんは芝生をきっと違って見ているはずです。

そぞれぞれの生き物は自分のフィルターを通して外界を見ているのです。

ソレ、そのものを見ていません。都合の良い見え方をしているだけです。

客観的に見るというのは「観る」ということです。

けれど人は客観的に、つまりものごとを「ありのままに観る」ということができるのでしょうか?




posted by 変才冨田 at 11:18| Comment(0) | TrackBack(0) | わたしの哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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