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2016年08月31日

ヴィパッサナー瞑想 13  「ジャメヴ」の視点こそ知恵

身体の観察だけでなく
日常の瞬間に注意を向けるということがヴィパッサナー瞑想の中心部分です。

すぐに反応を起こさないということです。

このことはハナムラ先生の提唱する「ジャメヴ」に通じてきます。
「デジャヴ」は初めてきた街なのに以前この風景を見たような気がするという感覚ですね。
「ジャメヴ」はいつも見ているのに違ったものに、新鮮に見えるという感覚です。

いつも見ているものに対して神経は「無かったこと、見なかったこと」にします。
臭い部屋に入っても5分したら臭わなくなります。
嗅覚神経は弱いので、その臭いを無視するわけです。

視覚も同じでいつも見ているものは無視します。

きっとあなたもご主人を無視しているはずです。見なかったことにする。
ご主人も同じです。きっとあなたが髪型を変えても気づかないでしょう。

神経は鈍くなる宿命です。

同じ刺激に対して同じ感覚を起こし、そのまま同じ反応を起こす。
こうした自動化システムは便利ですが
「生きている、今まさに息づいている!」という鮮烈な感覚を失わせ、今を色褪せたセピア色に着色します。

ヴィパッサナー瞑想での身体の観察というメソッドは、やがてその他のことに対しても観察する習慣につながります。

同じ観察でも違う視点でないと意味のないものです。

仏教でいうところの知恵とはソレをどれだけ多様な視点で観察できるかということだといいます。

「ジャメヴ」の視点はまさに知恵なのですね。

病院で癌を宣告された上に余命まで言われた人の体験談に

「帰り道で見た風景はキラキラと見えた」という人が少なからずいらっしゃいます。

自分が死ぬということを実感すると「ジャメヴ」が起きる人がいるのですね。

ところで、わたしにもヴィパッサナー瞑想中の5日目にこれが起きました。

わたしが何を見たのか。

森を観ていて森でない森を観てしまったのです。

いつもの森でなく、森そのものを見てしまった体験です。

続く




posted by 変才冨田 at 15:49| Comment(2) | TrackBack(0) | わたしの哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「反応」する前に「観察」。

先生、「投稿」する前に「確認」、とかするようになりましたか?
瞑想から帰ってから、誤字が少なくなったような。。。

いや、ひとりごとです。失礼しました。
Posted by 吾郎 at 2016年09月01日 12:24
ヴィパッサナー瞑想シリーズのブログをよんでいて、
私も、自分の感情をよく観察するようになりました。

そうすると、
人の課題と自分の課題を混同することがなくなってきたように思います。
寛恕に惑わされずに、今、自分のできることをする、ということになるようです。


Posted by KF at 2016年09月01日 18:35
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