玄米を食べ続けて50年
マクロビオティックの創始者・桜沢如一先生が、提唱した半断食法「七号食」を何度も実践した結果、「未精製の穀物(玄米・古代米・雑穀米)を好きなだけ食べても7号食と同じ効果が得られる」事を発見、『トミタ式七号食』の普及に努めています。

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2015年06月22日

21日間の認証のためのミッションについて 2

以下は21日間のミッションに関係する話です。

観察と認証は同じ意味を持っています。



その晩、家に帰ると妻が夕食の準備をしていた。私は彼女の手を握り「伝えたいことがあるんだ」と言った。彼女は何も言わずイスに座り、そして静かに食べ始めた。苦痛そうな眼差しをしていた。

突然、僕はどうやって口を開ければいいのか分からなくなった。でも、僕の考えを伝えなければ。
「離婚したい。」

僕は落ち着いて口にした。彼女は僕の言葉に特に反応もせず、ただそっと「なぜ?」と尋ねてきた。
僕は彼女の質問に反応しなかった。それにより彼女は怒った。箸を投げ、叫んできた。「あなたは男じゃない!」

その晩、僕らは喋らなかった。彼女は泣いていた。もちろん、彼女は僕らの結婚に何が起こったのかを知りたがっていた。でも僕は彼女に満足のいく答えを与えられない…。
ただ、僕は新しい恋人のジェーンしかもう見えないんだ。だからもう妻のことを愛していない。妻には、哀れんでいるだけだ…。

深い罪悪感に包まれながら、離婚の同意書にサインをした。彼女に家と車、そして私の会社の株を30%渡すことにした。

だが、彼女はそれをチラリと見ただけでビリビリに破いてしまった。10年間一緒の人生を歩んできた彼女は、僕にとってもはや「他人」となっていた。彼女に、無駄な時間と資源、労力を過ごさせてしまい申し訳なく思ったが、僕の心はもうジェーンを愛してしまっている。

彼女は僕の前で、大声で泣いた。それは、僕が見たかったものだ。「泣く」ということは一種の「解放」だと僕は思っている。ここ数週間、僕の頭から離れなかった「離婚」という考えが、やっと今明確になったような気がした。

次の日、僕はとても遅い時間に帰宅した。妻はテーブルで何かを書いていた。その日僕はジェーンと一緒に過ごし、クタクタに疲れていたため、夜食もとらずにすぐに寝た。
僕が起床しても、彼女はまだテーブルで何かを書いていた。気にならなかったし、僕はくるりとターンしてもう布団に戻った。

朝になって、彼女は「離婚の条件」を言ってきた。
「何も欲しくはないけれど、ただ離婚まで1ヶ月間ちょうだい。そしてその1ヶ月はできるだけ普段通りの生活をしてほしいの」

彼女の理由はシンプルだった。息子が1ヶ月後に試験を控えているのだ。彼女の願いは、僕らの離婚で彼を混乱させたくなかった、ということによるのである。
これには賛成だった。でも、彼女はそれ以外にもう一つだけ条件があった。「結婚式の日に、花嫁の部屋に抱き上げて運んでくれたことを思い出してほしい」というものだった。

最後の1ヶ月間は、毎日ベッドルームから玄関まで抱き上げて運んでほしい。そう言う彼女に、僕は彼女が狂い始めたのかと思ったよ。一緒に過ごす最後の日々に耐えられるよう、僕は彼女のリクエストをのんだ。
妻の「離婚の条件」をジェーンに話した。彼女は大声で笑い、まったく意味のないことね、と言った。

妻がどんなことをしたところで、離婚をしなきゃいけないのに。軽蔑するようにジェーンは言った。
僕が離婚の意思を伝えるまで、僕らの間にはボディコンタクトが一切なかった。だから、初日に彼女を運んだとき僕らはお互いぎこちなかった。息子は僕らの後ろで拍手をしながら言った。「パパがママを抱きかかえてる!」

 その言葉は、僕に痛みをもたらした。

ベッドルームからリビング、そしてドアまでの10メートル以上を歩いた。彼女は目を閉じ、「離婚のことは、息子には伝えないで」と静かに述べてきた。僕はうなずき、そしてなぜか少し動揺していた。
僕は彼女をドアの外まで運んだ。彼女は仕事に行くためのバスへ乗りに行った。僕は1人で会社まで車を走らせた。

2日目は、僕らお互い少し慣れていた。彼女は僕の胸にそっと寄りかかり、そして僕は彼女のブラウスから漂ってくる香りを感じた。この女性のことを、もうずっと見ていなかったんだなぁ。
彼女がもう若くないことに気付いた。顔には小じわがあり、髪には白髪まで! 僕はこれまで、一体なにを彼女にしてあげられただろうか…。

4日目。彼女を持ち上げたとき、僕は彼女に対する親近感が戻ってきた気がした。
彼女こそが、僕が10年間一緒に過ごしてきた女性だ。
5日目と6日目。親近感がより強く強くなってきたと実感した。ジェーンにはこれを伝えなかった。日が経つにつれ、彼女を運ぶのに慣れてきた。もしかしたら、毎朝こうして運んでいるから筋力がついたのかもしれない。

ある朝、妻は服を選んでいた。たくさんの服を試してみたが、ちょうどいい大きさのものを見つけられなかったようだ。「ああ、私の服、ぜんぶ大きくなちゃった」
突然、彼女がやせ細ってしまったことに気がついた。だから彼女をカンタンに運べたのか!
猛烈に苦しくなった…。彼女は痛みと苦みを彼女の心に押し込めていたのだ。無意識のうちに私は手を伸ばし、彼女の頭に触れていた。

息子がちょうど来て、「パパ、ママを運ぶ時間だよ」と言った。彼にとって、彼の父親が母親を運ぶことが、彼の人生の重要な一部分になっていたのだ。
妻は息子に近寄りギュッと抱きしめた。最後の瞬間に気が変わってしまうのではないか、そう恐れた僕は目をそらした。

彼女を抱き上げ、いつもどおりベッドルームからリビング、そして玄関まで運んだ。彼女の腕がやさしく、そして自然に僕の首を囲んでいた。僕は彼女をしっかりと抱きしめた。まるで、結婚式の日のように…。
だが、軽くなってしまった彼女に、僕は悲しくなった。

最後の朝、彼女を抱きかかえるとき、僕は上手く足を動かせなかった。すでに息子は学校へ行っていた。僕は彼女をきつく抱きしめ、述べた。「僕らの結婚生活には、こうした親密さが欠けていたね…」
会社へ車を運転した。到着し、車のロックもせずに飛び出した。少しでも遅れたら僕の気が変わってしまいそうな気がして。

ドアを開けてくれたジェーン。
「ジェーン、すまない。もう離婚したくないんだ」

彼女は驚き、私を見て、そして私の額に触れた。「熱でもあるの?」そういった彼女の手を頭からどけた。
「ごめん、ジェーン。僕は離婚しない、と言ったんだ。僕らの結婚生活は退屈だったが、それはきっと僕と彼女の両方が、日々の小さな幸せの大切さを分かっていなかったからなんだ。お互い、もう愛していないわけじゃなかった。結婚式の日に彼女を抱きかかえ運んだように、死がふたりを分かつまで、僕は彼女を抱きしめるべきなんだ」

彼女は突然目を覚ましたように見えた。僕にものすごいビンタをし、ドアをバタンと閉め泣き出した。僕は階下へ行き車で去った。

道中、花屋で妻のために花束を注文した。カードに何を書くかと尋ねてきた店員の少女に、僕は微笑んで言った。

「死がふたりを分かつまで、僕は毎朝あなたを抱きかかえます」
その日の夕方、僕は花束を抱えながら家についた。笑顔のままで階段を駆け上り、そしてベッドに横たわる妻を見つけた。

―――死んでいた。

僕の妻は「ガン」を患っていた。僕がジェーンとうつつを抜かしていた数ヶ月、彼女が病気と戦っていたことに気づきもしなかった。

自分がもうすぐ死ぬということを知っていた彼女は、息子の目に「妻を愛する夫」として映るように振舞っていてくれたのだ。全ては、僕を助けるために。

日々のほんの些細な幸せが、一番大事なんだ。マンションや、車や、財産や、銀行にあるお金が大事なんじゃない。

それらは「幸せになるために環境」を作る「助け」になるかもしれないけれど、「幸せそのもの」にはならない。幸せは、自分自身で作るんだ。

だから、あなたは配偶者や友人らと過ごす時間を大切にしてくれ。ほんの僅かなことでいい。相手を大切にしていると、伝えるんだ。信頼関係を、築くんだ。
そして、幸せな結婚生活を過ごしてほしい。
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