玄米を食べ続けて50年
マクロビオティックの創始者・桜沢如一先生が、提唱した半断食法「七号食」を何度も実践した結果、「未精製の穀物(玄米・古代米・雑穀米)を好きなだけ食べても7号食と同じ効果が得られる」事を発見、『トミタ式七号食』の普及に努めています。

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2013年02月16日

ライスワークかライフワークか、それは動物と人間くらいの違い

仕事には3つのステージがあるといいます。

1ライスワーク お金のため

2ライクワーク 好きだから

3ライフワーク 使命感

なかなかうまいですね。

これは人間の発達段階のことですね。
2は1を否定しているのではなく、1を土台にして引き上がっています。
3も1,2を肯定した上で発展しています。

人はパンのみにて生きるに非ず、とはパンも必要だけどねっていっているわけです。

あなたは3つのうちどの段階でしょうか?

わたしのライフワークは今の仕事の先にありますが、今の仕事を土台にしていますので

むろん、今の仕事もライフワークだといえます。

ライフワークだと言えるようになったのは40台後半のことです。

みなさんも焦らないでください。

ライフワークだという時の別な表現があります。

「生まれてきてよかった、あなたに会えたから」

と同じです。

「生まれてきてよかった、この仕事ができて」

そう言えるもの、これがライフワークです。

以下は以前の記事です。

動機について20
動機とは動氣のことであって、氣が先行して動きが生じるものですね。

「その氣」がなければ動(どう)にもならないのです。

東洋医学では「氣・血・水」といいますが、本当は「氣→動→血→水(リンパなどの体液や細胞内水」なのです。

身体的な動きがなければ血も水も動きようがありません。

けれど「動き」は氣の量やその方向性に左右されます。

「その氣」の無い人を「その氣に」させるのは難しいものです。

これは対人関係のみではなく自分自身の動かしようの難しさをみなさんは日々感じているはずです。

そこで一般的には「利」や「理」を説いて自分や他者を動かそうとします。

「利」とはパンのことであり、「理」とは聖書にある「パンのみにて生きるに非ず」のことです。

「パンのみにて生きるに非ず」の意味は、

人という動物はパンも必要だけれど、

社会的動物の人間なのだから「パン以外のことも必要だよね」と同意を求めているわけです。

「利」と「理」どちらが大切で根源的なものかというと

もちろん「利」なのです。

パンに触発されて、パンを求める道程のなかでパン以外のものを発見します。

パンのために就職するわけですが、その職場(食場)で生きがいを見つけるわけです。

最初からパン以外のモノを探してはいけないのです。

もっとも人間にはその育ちから向き不向きがあります。

その職場で自分に向いているモノをみつけることです。


ここで重要なことは

そこで1年経過して食べられないのであれば対策を立てねばなりません。

漫然としていては年齢だけ重ね、大切な時を失ってゆきます。

そこが向いているのであれば、それを続けることです。

続けるためには食べられなければ無理というものです。

別に食べる対策を講じなければいけないでしょう。

そして3年を経過してもそこで食べられないのであれば

そこに分岐点があると知らねばなりません。


起業の考え方。

起業したい人は多いです。

最初からお金を借りて起業するのはだめです。

自分で我慢して資金を溜めて起業することです。

その我慢が忍耐心を鍛えてくれます。

その忍耐心が起業の資格になります。

お金の稼ぎ方を知らないうちに使い方だけを知るのはだめなのです。

我慢することが起業の資格なのですが、我慢できるかどうかはあなたの「夢」の質とボリュームにかかっています。

できうればその「夢」の質が個人や家族の枠を突破して無数の人々と共有できる「夢」であることです。

共存できる夢は実現できるのです。






posted by 変才冨田 at 23:03| Comment(1) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
せんせーありがとうございます><**とても響きました!

ご無沙汰しておりましたので、近々またお会いしに行きたいと思います^^*
Posted by N. at 2013年02月21日 06:22
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