玄米を食べ続けて50年
マクロビオティックの創始者・桜沢如一先生が、提唱した半断食法「七号食」を何度も実践した結果、「未精製の穀物(玄米・古代米・雑穀米)を好きなだけ食べても7号食と同じ効果が得られる」事を発見、『トミタ式七号食』の普及に努めています。

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2009年08月01日

夏の思い出5

その場所は大峰山のとある旅館の前の広場で、夜の8時でした。

大阪の小学校では林間学校は大峰山と決まっていたのです。

夜8時に集合をかけられたので、時間は今も覚えているのです。

月も出ていなかったので真っ暗です。
最初はほとんど手探りで広場に出たのでした。

空を仰ぐと、それこそ魂の底から震えてしまうような星空。
満天の星・・・。
降るような星空!

眼が慣れてくると星明かりだけで周囲が見え始めました。
あっ・・・、いる・・・。
その女の子がすぐ側に立っているのです。
星空を仰いでいました。

僕も同じようにして空を仰ぎ見ました。
満天の空、暗黒のそらに魂から吸い込まれそうな感覚になりました。
そのとき初めて生死について考えたように思います。

なんとチッポケな僕のいのち!
そんな思いがよぎりました。

膝がガクガクと本当に震えていました。

そこへ
「トミタクン・・・、怖い」
その子が僕の手に触れて、触れたと思うまもなく手がつながったのです。

僕がその子の手を握ったのか、逆だったのかよくわかりません。

動転しました、僕は。

一瞬誰かに見られたら困る・・・。
そんなことも考えたような気もします。

間もなく整列の号令がかかり手はほどかれて、女の子は離れてゆきました。
僕が離れたのかもしれません。

彼女とは6年の夏までそれっきりでした。

でも、あの夜の手の感触はずっと残っていました。


(なんでこんなことを書き始めたのかと思います。
人は誰でも甘酸っぱい初恋の思い出をもっていると思います。
還暦近くになって一種の回帰現象が起きたのでしょうか。

あの日の夜の出来事は唯一今の私につながる事件でした。
星空を観て畏怖という感情を初めて体験しました。

いのちのはかなさも感じてしまい、これが後年の強迫神経症の原点でした。
おそらく畏怖心とその事件の心の動転がない交ぜになって
強烈な痕跡を残したのだろうと思います。

今、生死や命について考えている土台はこの時にあったのです)




posted by 変才冨田 at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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