玄米を食べ続けて50年
マクロビオティックの創始者・桜沢如一先生が、提唱した半断食法「七号食」を何度も実践した結果、「未精製の穀物(玄米・古代米・雑穀米)を好きなだけ食べても7号食と同じ効果が得られる」事を発見、『トミタ式七号食』の普及に努めています。

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2008年12月21日

意識と心1

意識、精神、心、魂・・・、こうしたものの判別は数年前に試みたことがあり、今でもその判別はおおむね正しいと思っています。

心は内臓から出発し、精神は背中側から出発する。
この二つの潮流は頭という先端で合流し、渦を巻き脳になる。

その渦巻きの最先端で前頭葉が出現し、そこから社会的脳としての前頭葉に言語が生まれる。

前頭葉で言語が生まれ、この単語の並び方が意識というものを生み出す。

内臓とは静止する植物性由来であり食と性の相がある。この変転が心を生み出す。
精神とは移動する動物のいわば「心」であり、どこへどのような構えで向かうかという姿勢のありようを精神という。

まっすぐに立つのは体壁系としての背中側が担っているのだが
我々の根源は内臓にあるので、内臓に支えられなければ正しくまっすぐに立つこともできないし、どこへ向かって進むのかさえわからない。

このことは重心軸が正しくなったときのみお腹の中心に力が入り、その結果体壁系の運動がスムーズになることからわかる。
力の入れ方が楽になり、しかも力が入り易くなる。
(このあたりは重心調整用インソールをお使いの方はわかるでしょう)

精神は内臓の食と性の相に指示され(あそこに餌がある、あそこに素敵なメスがいる)、それを実現するためにある。
頭とは内臓神経と運動神経が交流して渦を巻いている現場であり
、そこで交流し精神は方角がわかるというものである。

ある心構え、姿勢を持つ精神が目標を実現させるために他者との協同を学びその結果として言語、つまり意識が生まれた。

意識とは社会的な脳なのである。

こうしたことを平たく言えば
内臓で食欲と性欲が生まれ、それを実現するために内臓を食と異性の居る場所へ連れて行く役割を持つものが体壁から分化した手足です。





posted by 変才冨田 at 02:49| Comment(0) | TrackBack(0) | いのちについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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