玄米を食べ続けて50年
マクロビオティックの創始者・桜沢如一先生が、提唱した半断食法「七号食」を何度も実践した結果、「未精製の穀物(玄米・古代米・雑穀米)を好きなだけ食べても7号食と同じ効果が得られる」事を発見、『トミタ式七号食』の普及に努めています。

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2008年07月17日

中心軸について2

はじめに
「中心軸」が明らかになるとなにが得られるでしょうか。
幸福な生きがいある人生が得られるのです。

人は自由を求めてきました。
自由を求める=幸福を求める ということです。
では
自由になった=幸福になった
ということになるでしょうか。

逆に言えば
「人は常に制限されていたし、ということは常に不幸でした。」
ということになりそうですが、これは正しいでしょうか。

また、テーマである「中心軸」はこうしたことにどう絡んでくるのでしょうか。
posted by 変才冨田 at 00:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 心の目的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
大変面白いですね。

自由でない時は、自由にさえなれば幸せになると、人は信じて疑いません。
それは、戦後モノがなかった時代に、豊かになりさえすれば幸せになれると
疑って止まなかったのと似ているのかもしれません。

わたしは不自由な時代もモノのない時代も、それほど知ってはいませんから
偉そうなことは言えませんが

自分が生まれ育ってきた時代よりも、更に価値が多様化し
更にモノが豊かに溢れる時代になってきたのを見て
それに伴って人が幸せになってきたかというと、とてもそうは思えません。

マザーテレサは、日本人の心の貧しさは、道端で死んでいくカルカッタの人々以上である
と言われました。

そのように考えると、人が幸せに生きていくのに外界の環境は
それほど関係は無いのだと思われます。
そして、どのような環境でも幸せに生きる秘訣というものがあり
そこに、「中心軸」という、人を貫くものが深く関わってくるように感じます。

この軸は自分で立てるものでありながら、人が生かされているように
自分の中に立てられるものでもあるのかもしれません。
天と地とに支えられるように真っ直ぐに立つ軸であるのでしょうから
天と地があり、その力があってこそ立つのかもしれません。
そのように考えると、生かされていることにますます感謝が溢れます。

人は自然を忘れると狂う、と言ったのは作家の藤原新也さんだったと思いますが
自分の軸を真っ直ぐに通し支えてくれている天と地の力を感じて生きることが
人が幸せに生きることには欠かせないのでしょう。
それは、天と地への感謝、ひいては自然界とその産物、すべての生き物、
すべての摂理への信頼と感謝なのでしょう。
Posted by さくらみるく at 2010年03月01日 08:43
「天と地とに支えられるように真っ直ぐに立つ軸であるのでしょうから
天と地があり、その力があってこそ立つのかもしれません。」

その通りで
一例を挙げれば食べるという行為です。

だれに教わったわけでもなく
生まれてすぐに乳を求めます。

腹が減るようにつくられています。

それこそが天地に生かされていることだと思います。



Posted by 変才 at 2010年03月09日 00:42
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