玄米を食べ続けて50年
マクロビオティックの創始者・桜沢如一先生が、提唱した半断食法「七号食」を何度も実践した結果、「未精製の穀物(玄米・古代米・雑穀米)を好きなだけ食べても7号食と同じ効果が得られる」事を発見、『トミタ式七号食』の普及に努めています。

ブログ記事も8000を超えました!


2018年07月14日

7号食レポート 終了後の基本食について

7号食より重要な基本食

7号食後の基本食は持続的に行うものなので重要です。

7号食を「打ち上げ花火」みたいな位置づけではダメですよ。

基本食
1 毎日最低でも玄米ごはんは二杯は食べる。
2 おかずを食べ過ぎると玄米ご飯の量が減ります。
  おかずとごはんの量は同量か、ご飯の方が多いということが重要。
3 できるだけカタカナ料理を止めて和のレシピにする。
4 小鉢には必ずひじき、切り干し大根をつけておく。
5 お味噌汁も毎日最低でも一杯。
6 必ずゴマ塩振りかける。
7 外食するときに、これは浪費か生産的かを対話する。
8 お菓子を買うときにもその対話をする。

以上で1年でかなりスリムになり健康になれます。


また、7号食はどれくらいの間隔でやれば良いかは
人によって、そのライフスタイルによって違います。

外食(害食)の多い人は年4回程度でしょう。

人生の決断時期に迫られた時にもどうぞ。

http://www.bl-oosaka.org/各種商品/
posted by 変才冨田 at 23:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人生の起結

76D9D858-1866-4DB7-A58E-9A37DABA5185.jpeg

起承転結

二日前のことです

このようなお顔で

世界という遊園地にご来園になりました

途中では

笑う 怒る 嫉妬する 恨む 勇気を出す 怯える

それはそれはいろんな無数の表情を浮かべ

世界を堪能することでしょう

そして 最後に

このようなお顔で園を去ることでしょう

posted by 変才冨田 at 17:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

お金の認証 3

前回に「猫に小判」と書きました。

前回書いたのは無駄なモノについてでした。

そしてイメージが重要だということも。


具体的なイメージがないから買っても使えないのですね。

あなたのイメージが鮮明でなくボヤーとしているということです。

ボヤーとしているので使いもできないものを買うのです。

あなたイメージが無駄イメージで満たされているのです。

雑イメージで迷っているのですね。

したがって幾らお金があっても意味を失います。

お金を道具として見えていないのです。

では

お金を認証するとはどういうことか。

道具で道具を創るイメージです。

猿は道具を使えますが、石という道具で枝を削って棒を作れません。

その棒を使ってなにをするかというイメージが豊かにあれば

枝を見て棒のイメージが湧きます。

そのイメージに近づける為に無駄な枝をイメージで無くします。

削ぐための道具として側に落ちている尖った石に気づきます。

その瞬間を「引き寄せ」というわけです。

引き寄せとはイメージができている人だけに起きる現象です。

別な表現をすればイメージに自ら

「引き寄せられている」ということですね。

石を引き寄せたわけでなく引き寄せられてのです。


イメージこそが運命の「石」と出会わせたわけです。

石は常にそこにあったのです。

棒のイメージがなかったので石に気づかなかったのです。

「気付き」とはそういうものです。


気付きを得るには最初のお腹から発する意欲が重要です。

意欲はイメージで生まれます。

イメージは意欲で生まれます。




イメージには「今現在から直近」に浮かぶものと

「未来が見える」ものにわかれます。

ここでは未来のイメージに注目します。

今現在に対応するイメージは生命体から生まれ、

未来のイメージはもっと高度です。

次回は高度なイメージの作り方について書きます。


posted by 変才冨田 at 15:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

お金の認証 2

自由へのイメージを持たない人は
道具を使うイメージを持っていないということですから
お金を自由自在に使えない。

サーフィンを例に挙げます。

海を自由に滑るにはボードという道具が必要です。

けれどあなたにはそんな欲求がないとしたら、側にあるそのボードは意味をなしませんね。

無駄ですね。

そうした無駄なモノが家にないですか?

それは買う前に使うイメージがなかったのです。

「猫に小判」ということですね。

お金よりも大切なものはイメージなのです。



お金が自由をもたらすわけでなく
このイメージこそが自由の根っこです。


子育てに必要なことはイメージを豊かにさせることです。

その為には禁止することが出来るだけ少ない方が良い。



親はお金を子に遺してはいけない。

自由への欲求を育ててしまえばそれでOKだ。
あとは豊かなイメージを作り上げるのは子自身でやるだろう。

posted by 変才冨田 at 11:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

活きる目的は自由の拡大 2 お金を認証する

さて
なにが不自由をもたらすのか。

@ お金がないこと

お金がなくったって自由に活きられるという反論はあるでしょうr

けれどあなたが都市生活者であればお金と自由の関係は切り離せない。

綺麗事は無しです。

森で生活している場合でも素手で鳥や獣はを捉えるのは難しい。

弓矢や棒や刀があればと思うでしょう。

それらの道具は森の生活者にとっては「お金」です。

農耕も同じです。

鋤や鍬があれば農作業は楽になって収量も増えます。

鍬や鋤が「お金」です。

現代日本の多くの人は都市で生活しています。

都市生活者にとっての弓矢、棍棒、鋤や鍬が変化したもの、それがお金です。

それが取り上げられると八方塞がりですね。

弓矢も鋤鍬も自由を得るための道具と同じように
お金は自由を得るための道具です。

そうです、お金は道具です。

弓矢を上手に使いこなせることと同じように

お金を自由自在に使いこなす人が自由人です。


「お金がないからできない」という人たちがいますが

きっとお金があってもしないでしょう。

何事か為す人は今お金が無くともイメージがあります。

イメージでお金を自由自在に道具として使っています。

自己である生命体と生命体が包み込まれている共同体に建設的な

イメージであればお金は引き寄せられてきます

全ての道具は使いこなせる人に集まってきます。

生命体と共同体が自由を拡大できるようにお金という道具を使いましょう。

そうなれば生命体と生命体を包み込む経済体が構築できます。



したがって

お金が欲しいと切望する根本には「自由が欲しい!」という欲望が息づいているわけです。

お金が欲しい!=自由が欲しい

最大多数の人々の人生の目的は自由を得ることにあります。


その自由をもたらす可能性のあるお金を得ようとすることは
崇高な行為だと言うことです。

続く



posted by 変才冨田 at 09:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする