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2018年07月01日

努力したからといって幸せになるとは限らない 1


これは小学校に貼ってあったそうですね。4F309220-2B75-4779-8292-1AEABBB10110.jpeg
これが会社であればさらに面白いです。
動物園の動物に向けての張り紙であればさらにユニークです。

ラクダのお父さんが子供に言いました。
ほら見てごらんお父さんの蹄を。

これは砂漠やひどい石ころだらけの荒地でもガンガン歩けるようになっているのだよ!

子供
すご〜い
僕たちって頑丈にできているんだね!

お父さん
それだけじゃあないよ。
背中の二つのコブを見てごらん。
ここには水と栄養が詰まっているので炎天下を飲まず食わずでも
疲れもしないで歩けるのだよ。
しかも背中にいつも重い荷物を背負っていても平気なんだよ!

子供
すご〜いネエ、僕たちって。
早くお父さんみたいに大きくなりたいなあ。

お父さん
うん、大きくなれよ。
早くお父さんみたいになってご覧。

子供
、、、うーん、でも、訊きたいことがあるんだ。

お父さん
なんでも訊いてご覧。

子供
僕たちって、動物園にいるんだよね。
こんな身体ってなんの意味があるのかな。

お父さん
立ち去る


さて
努力していろんな資格を取ったからって何にも役立っていない人が多いのです。
ラクダのお父さんのように威張れるかもしれませんが。

表題の
「努力したからといって幸せになるとは限らない」

これはあまりにも当たり前すぎる事実なのですが、
この当たり前のことを両親は子供に語りません。

努力すれば良いことがあるって教えます

大人って嘘つきですね。

大人もこの真実を見ないようにしているのかもしれません。


以前にも書きましたが
努力と結果を直接結び付けない考え方が必要です。

ビリヤードを想像してください。

複雑な球の動きを計算して突きます。
名人であれば次々に計算通りのスコアを出します。

これは努力が報われる世界です。

この世界もビリヤードのようなものですから、
キチンと目的を狙って突けば良さそうに見えます。

ところが問題は突く人が無数で同時に突いていることです。

自分はしっかり計算して努力して鍛えた腕で突きます。

ところがどうでしょう。
他の人が突いた球が自分の進行中の球に横合いからぶつかってくるのです。

個人の努力では報われない世界にいるのです。

では、腕を鍛えたり計算能力を高めるのは無意味なのか?

小学校に掲示されたこの文章をもう一度読んで見ましょう。

努力できていること自体が幸せなのだ、とありますねw

なぜそういえるか。

努力できるのは展望があるからです。

展望もない状況では努力して打開するということ自体の発想ができないでしょう。

努力できるということは
あなたが展望のある環境に存在しているからです。

そういう環境に暮らしているという幸せがあるのだということです。

では展望の持てない社会環境下で生きている人たちは幸せになれないのか。

そう単純ではなさそうです。

皆さんはどう思いますか

続く
posted by 変才冨田 at 23:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

努力したからといって幸せになるとは限らない 1

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これは小学校に貼ってあったそうですね。
これが会社であればさらに面白いです。
動物園の動物に向けての張り紙であればさらにユニークです。

ラクダのお父さんが子供に言いました。
ほら見てごらんお父さんの蹄を。

これは砂漠やひどい石ころだらけの荒地でもガンガン歩けるようになっているのだよ!

子供
すご〜い
僕たちって頑丈にできているんだね!

お父さん
それだけじゃあないよ。
背中の二つのコブを見てごらん。
ここには水と栄養が詰まっているので炎天下を飲まず食わずでも
疲れもしないで歩けるのだよ。
しかも背中にいつも重い荷物を背負っていても平気なんだよ!

子供
すご〜いネエ、僕たちって。
早くお父さんみたいに大きくなりたいなあ。

お父さん
うん、大きくなれよ。
早くお父さんみたいになってご覧。

子供
、、、うーん、でも、訊きたいことがあるんだ。

お父さん
なんでも訊いてご覧。

子供
僕たちって、動物園にいるんだよね。
こんな身体ってなんの意味があるのかな。

お父さん
立ち去る


さて
努力していろんな資格を取ったからって何にも役立っていない人が多いのです。
ラクダのお父さんのように威張れるかもしれませんが。

表題の
「努力したからといって幸せになるとは限らない」

これはあまりにも当たり前すぎる事実なのですが、
この当たり前のことを両親は子供に語りません。

努力すれば良いことがあるって教えます

大人って嘘つきですね。

大人もこの真実を見ないようにしているのかもしれません。


以前にも書きましたが
努力と結果を直接結び付けない考え方が必要です。

ビリヤードを想像してください。

複雑な球の動きを計算して突きます。
名人であれば次々に計算通りのスコアを出します。

これは努力が報われる世界です。

この世界もビリヤードのようなものですから、
キチンと目的を狙って突けば良さそうに見えます。

ところが問題は突く人が無数で同時に突いていることです。

自分はしっかり計算して努力して鍛えた腕で突きます。

ところがどうでしょう。
他の人が突いた球が自分の進行中の球に横合いからぶつかってくるのです。

個人の努力では報われない世界にいるのです。

では、腕を鍛えたり計算能力を高めるのは無意味なのか?

小学校に掲示されたこの文章をもう一度読んで見ましょう。

努力できていること自体が幸せなのだ、とありますねw

なぜそういえるか。

努力できるのは展望があるからです。

展望もない状況では努力して打開するということ自体の発想ができないでしょう。

努力できるということは
あなたが展望のある環境に存在しているからです。

そういう環境に暮らしているという幸せがあるのだということです。

では展望の持てない社会環境下で生きている人たちは幸せになれないのか。

そう単純ではなさそうです。

皆さんはどう思いますかえ

続く
posted by 変才冨田 at 23:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする