玄米を食べ続けて50年
マクロビオティックの創始者・桜沢如一先生が、提唱した半断食法「七号食」を何度も実践した結果、「未精製の穀物(玄米・古代米・雑穀米)を好きなだけ食べても7号食と同じ効果が得られる」事を発見、『トミタ式七号食』の普及に努めています。

ブログ記事も8000を超えました!


2018年01月25日

マクロビオティックと性 2体位の陰陽

さっきの長い記事の反響がけっこうありました。

アバターの体位がなぜ陰陽なのか教えてくれという 笑

けっこう食いつきの良いテーマでした。笑

形の陰陽について
横に長いのは陽
縦に長いのは陰です。

その意味で陽性の男が横になって
陰性の女が縦になって自然な姿です。

陰性の女性がさらに腕を天に伸ばして縦の陰性を強め
手のひらで広大な宇宙の陰性から降り注ぐ陽性の意思を受け止めます。
陰性が陽性を惹くのです。

女性の方が宇宙の波を受け取れるのです。
女性が宇宙の波動を受け止めて陰性に加工する事で
陽性に横たわった男に情報を少し渡せます。
少しです 笑

一方正常位はどうか。

これは野菜の重ね煮と同じ原理 笑

陰陽の衝突と交流がスムーズです。

宇宙を組み込んだ(宇宙とのコミュニケーション)ものではなく
マイホーム的なものです。


もう一つの質問は
チャクラとの関係です。
チャクラの流れを良くするという治療面が主のセックスもあります。
ヨガをしているご夫婦であれば良いですね。
これについては機会があればまた書きます。


このブログでここまでセックスを連呼して体位のことまで書いたのは初めてですね。
ずいぶん昔に合宿時に深夜の夜学で話したこともありました。
posted by 変才冨田 at 23:59| Comment(0) | わたしの哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マクロビオティックと性 精神性の発展

 性行為などで感染する梅毒が若い女性らに広がり、国立感染症研究所の集計によると2017年の患者数は、現行の集計方式となった1999年以降で初めて全国で5千人を超えたことが分かった。うち3割を占め、患者数が最多の東京都は感染拡大に歯止めをかけるため、18年度から検査態勢拡充などの対策に本腰を入れる方針だ。
引用終了
検査体制の強化が梅毒の感染の歯止めになるのでしょうか。

風俗で働く女性の検査を義務化でもして感染確認されれば業務停止でもする対策でしょうか。

都市圏で梅毒が流行る理由は風俗が良く利用されているからでしょう。

かなり以前にみじかな男性数名に訊いてみました。

風俗体験者は半分を超えていました。

女性のみなさんはこれってどう思われますか。

ある既婚の女性がご主人から感染させられたという相談がありました。

ご主人は風俗のリピーターです。

「男ってそういうものだから浮気されるよりはマシ」
こういう感覚の女性は多いのでしょうか。
彼が風俗に通うのは浮気ではないと考えるのですね。
乙武さんの不倫問題で奥さんはその点の理解を示されていましたね。

男性が風俗に通うきっかけは
最初は上司に連れて行かれて、、、、、
が最多でした。

さて 、ここで感染した男性が別の風俗の女性に感染させて
次に恋人や奥さんに感染させてと拡大して5,000人を超えた。
おそらく潜在患者はこんな数ではない。
恐ろしい数になっているでしょう。

余談ですがベートーベンも梅毒であったという報告があります。
難聴はこれが原因だとも。
母子感染説がありますが
ベートーベンの日記に「愛を伴わない肉の交わりは虚しい」という記述があり、この時に感染したのかもしれないですね。

日本では遊郭のあった頃は花柳病と言われていましたが
これは淋病のことなのかどうか。

元々梅毒はアフリカに起源があって奴隷売買とともにヨーロッパに感染が拡大したそうです。
野口英世はこの研究で有名です。

さて
ここで言いたいことは
性の哲学です。
ここでも「人はパンのみにて生きるにあらず」が登場します。

パンは必要だがそれだけではないよね、と言っているのです。
パン無くしては生きられないけれど、パンを求める過程にパン以外のものを見つけようと言っているのが聖書の文言です。
まぁ、聖書においては神の僕として生きるという意味なのですが。

人は経済動物として生きる
社会的動物として人間には文化がある。
経済動物として生産力をアップしてきて、その先に文化を創造する余力をつけたわけです。

いくらお腹が減っていても人間は路上に投げられたパンは食べません。
本能は食べたいのだけれど発達した本能である良心はそれを許さない。
高邁な人格を身につけるほど食べません。

文化とはお皿や箸のことです。
パンのみにて生きるにあらず
お皿や箸はパン以外のものです。

長々と前提を書きましたが性においても同じです
「人はセックスのみにて生きるにあらず」
なのです。
ではセックス以外のものとはなんでしょうか
ソレは「愛」と表現されているものです。
「愛」の概念はキリスト圏のもので私たちにはわかりにくいものです。

江戸時代のキリシタンも聖書のlove がわからなかった。
そこでlove を「お大切な人」と訳しました。

皆さんはどういう感覚でしょうか。
「愛」が、わたしにはわからない」という若い女性がいましたが、
正直なところそういう感覚は皆さんにもないでしょうか。

それよりも「あなたは大切な人です」と表現した方がしっくりこないでしょうか。

明治大正昭和初期の文豪たちにも「愛 love 」がわからず悩んだ形跡があり、とうとうキリスト教に入信した作家も大勢です。

さて
知らない異性が風俗で出会う性の交渉には
パンはあってもソレ以外のものがない。
肉欲のみです。

それよりも大切な人との性の交歓は本能の悦びを高みに引き上げ感激的なセックスになります。

人は性欲から出発しますが、生きる過程で人が人間へと進化するにつれて
愛というものを創造したのです。

愛への希求は進化した人々の証明です。

その限りにおいて不倫とかの良し悪しのジャッジは意味のないものになります。

75歳で毎日毎日三回のセックスをするという和歌山の男性が実在します。
しかも若い美人女性ばかりで三回とも違う相手だというのです。
一回40万円がセックスの対価だそうです。
これまでに三十億円を使ったそうです。
そんなある日そのうちの女性が6,000万円を盗んで消えたそうです
それで事件になってこの男性が有名になったようです。

(この男性の身体を調べてみたいものです 笑)

きっとこの男性は大切な何かに出会っていないのです。
したがって満足がなく猟奇的なセックスの数だけ増えているのかもしれないですね。

こうした男性の同タイプが風俗通いをしているのでしょう。


マクロビオティックにおいてはセックスは「ムスビ」という宇宙的な交歓と捉えており
神聖な行為です。

道祖新は男女の性器をシンボルにしていますね。
非常に性に対しておおらかな時代の痕跡です。


だからといって
それが現代の風俗につながっているわけではありません。

確かに古代社会においては群婚でした。
女性は同時に多くの男たちと交わっていた証拠が遺伝子的にあるようです。
それは優秀な遺伝子を遺す機能と子を作って部族が栄えるための
生存に関わる行為でした。これに是非はないですね。

けれど生産力の発展が人を人間に高め
今日の「大切な人とだけ」という歓びに性を高めたのです。

貞操というなんだか古い概念は
単に私有財産を継承するためのもので愛とは全く関係しないものです。

愛あるセックスは男女の高い精神的なコミュニケーションです。

このコミュニュケーションを最高のものにするには
男性の身体の陽性力とそれに見合った陰性の高度な陰性の精神性
女性の身体の陰性な力とそれに見合った陽性な精神性が
衝突することで宇宙の片隅での宇宙の意思が実現します。

アバターという映画にジャングルの中の小さな空間でこのシーンがあって素晴らしいものでした。
騎乗位は陰陽のすがたで女性の腕は天に向きその手のひらは宇宙の気を受け取るアンテナになっていました。







posted by 変才冨田 at 18:18| Comment(0) | わたしの哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする