玄米を食べ続けて50年
マクロビオティックの創始者・桜沢如一先生が、提唱した半断食法「七号食」を何度も実践した結果、「未精製の穀物(玄米・古代米・雑穀米)を好きなだけ食べても7号食と同じ効果が得られる」事を発見、『トミタ式七号食』の普及に努めています。

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2017年09月27日

自己存在の認証の仕方は二つ

自分が存在していることで誰かが助かっている。

それが実感できることで人は勇気が出ます。


では、実感できない人はどうか?

実感できるような行為を無意識にも、意図的にもすることになります。

これが過剰な言動になり、つまらないトラブルを生みます。

「私があんたのために○△してあげた」

と口に出さない場合でも、自分がこれまでに夫や子供、両親に対してあるいは友人知人、

会社や同僚や上司部下の為にどれだけのことを「してあげたか」を数えている人もいる。

数えないまでも「してあげたこと」はフラッシュバックのようにして時折思い出す。

そういう人に限って「してもらったこと」はすっかり忘れてしまっています。

してあげたことを表現して自己存在の証明をすることと

してもらったことを表現して他者の存在理由を証明すること

果たしてどちらが自己の存在感を感じられるか?

皆さんはどう考えますか?


さて、

自己の行為が他者の役に立てれば良いなあと

淡々とやることです。

淡々とやっているのですぐに忘れます。

していただいたことも感謝して

その後はすぐに忘れた方が良いでしょう。

全ては過剰にならないように、と考えます。



posted by 変才冨田 at 15:28| Comment(0) | 認め合うということ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする