玄米を食べ続けて50年
マクロビオティックの創始者・桜沢如一先生が、提唱した半断食法「七号食」を何度も実践した結果、「未精製の穀物(玄米・古代米・雑穀米)を好きなだけ食べても7号食と同じ効果が得られる」事を発見、『トミタ式七号食』の普及に努めています。

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2008年02月25日

共時性についての一考察3

なぜわたしがこのテーマについて書き始めたか。

おそらくそれは全体と個の関係を常々考えているからだろう。

それは、相談者の個々の症状を聞いてから、常にその症状を起こした全体性の状態を考えているからだ。
症状を全体性から捉えなおし統合的に説明しようとしている。

この場合は全体性に因果性を観ており、
ばらばらに見える個々の症状に共時性を観ようとしている。

症状に「意味のある偶然」を見ようとしており、
全体性に因果性を発見した時「意味のある必然」とするのだ。

因果性と共時性は統合されるものであって、別々に存在するものではない。
そう思っている。

さて、共時性の不可解なゆえんは因果性が遠く背後に隠れているからだ。
まだ症状と全体性の関係はわかりやすい。

こういうことがあった。
ある日のこと出張先で北海道の栗かぼちゃをたくさんの人に食べさせたいと思った。
その日それを食べてその甘さに感動したからだ。
どうやったらたくさんのかぼちゃを手に入れるかを考えながら事務所に帰った。

事務所に帰ってみると、なんと机に栗かぼちゃが座っている。
今日このかぼちゃが4トンあるけど買ってくれないかと置いていった人がいる、ということだった。



posted by 変才冨田 at 00:40| Comment(0) | TrackBack(0) | わたしの哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする